ナナメの夕暮れ

久しぶりのnote。

これまでは書きたいことがいくつかあって、下書きに入れたそれをちょこちょこ書き足しては、投稿していっていた。
なぜだろう、ここのところそれが無くなってしまったのは。

緊急事態宣言が全国に出され、日本中に自粛ムードが漂っている。
いや、実際には自分の周りではあまり変化がないので漂っている「らしい」というのが正しいのか。

これまで全く聞いたことのなかった「ソーシャルディスタンス」なんて言葉も頻繁に耳にするようになり、時差出勤やテレワークを導入する企業も増えているらしい。テレワークには全く無縁なので、羨ましいなーという思いで毎朝めざましテレビを見ている。

プロ野球も開幕しないし、ふらっと街へ行って気になっていたカフェに行くこともできない。
しょうもない飲み会やよく分からない会議も中止になる。…これは、ありがたい。無いなら無いで、問題ないんじゃなかろうかって風潮になることを期待してきる。

兎にも角にも、週末自宅で過ごす時間が増えた。

とはいえ、もともと家にいることが大好きなタイプの人間なので、さほどストレスは感じていない。

ただ、スマホの画面を覗く時間が長くなり、なんとなくそれにも飽きてきたので、本でも読もうかと思うようになった。

昨年転勤して、車通勤となった。車内が無音なのは味気ないけれど、運転中はテレビの画面を見ることはできないし、音楽を流すのも悪くは無いのだがそれにも飽きてしまった。

じゃあどうしているのかというと、深夜ラジオを聞いている。
特にオードリーのオールナイトニッポンが面白い。
しょうもない話ばかりだし、同じエピソードトークも多い。
そして、オープニングトークが長い。2時間番組なのに45分くらいがオープニングトークである。ただ、テレビでは見られない2人のトークがとても面白い。今ではすっかりリトルトゥース (オードリーのオールナイトニッポンのリスナーの呼称)である。そんなこともあって、オードリー若林の「ナナメの夕暮れ」という本を読み始めた。
毎週ラジオを聞いているので、若林が物事をナナメから見ていることや、物事の考え方については、ある程度分かっているつもりだった。でも、読み進めているうちに、若林が世の中の出来事に対してこんなにも考えていることに驚いた。私は、自分を色々考えすぎるタイプだと思っていたが、それ以上に若林はめちゃくちゃ考えていた。
・なぜ自分は人見知りなのか
・なぜ他人の目が気になるのか
・なぜ大勢の飲み会に行きたくないのか
・なぜ野心のある人は、自分の価値観を押し付けてくるのかetc…

読んでいるうちに泣きそうになった。
内容に共感できたのもあるが、自分の場合はこうだなとか、自分はこう思うなみたいなことを考え出して、ベタな言い回しだが感情が揺さぶられてしまった。
文章を読む時間だけでなく、自分の考えを整理する時間もプラスされ、読み終わるまでにかなり時間がかかってしまった。

そして、気づいた。
noteに書きたいことが無くなっていたのは、物事に対して疑問を持たなくなっていたのが理由なのではないかと。
2月、3月はめちゃくちゃ忙しく、毎日を乗り切ることで精いっぱいだった。
一日の中に何かを考えている「余白」が無かった。

理由が分かってすっきりしたのとともに、書きたいことが出てきた。そのあたりはまた次のnoteで。

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