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宗教的トラウマ症候群:今こそ理解を

この記事は宗教的トラウマ症候群(Religious Trauma Syndrome、略してRTS)の専門家、マーリーン・ウィネル博士が2011年にイギリスの認知行動療法学会のCognitive Behavioural Therapy Todayに三回に分けて発表した論文の日本語訳です。

今回の記事は第一部で、第二部、第三部はこちらになります。

日本でも「宗教二世」という言葉は話題になりましたが、一時の流行語で終わらせず、当事者に対する支援の拡大と質の向上が続いていくべきでしょう。そのためにも、海外で宗教被害の問題がどのように論じられているか、支援者や当事者が知り、その情報を活用していく事が望ましいと考えています。

特に自分は一般的には「カルト」とカテゴリー分けしづらい、いわゆる伝統宗教のキリスト教(福音派ではありますが)の二世ということで、宗教二世問題のサバイバーであることを認知するのに多くの時間がかかりました。そのため、宗教的トラウマ症候群というコンセプトがキリスト教原理主義サバイバーの当事者の間から生まれたというのは注目に値します。

この情報が少しでも宗教二世の皆さんの役に立つことを願っています。

宗教的トラウマ症候群:今こそ理解を

Marlene Winell, Ph.D.

「とてもとても苦しくて、私が育った宗教には絶対戻りたくありません。でもこれ以上恐怖と絶望の中に生き続けるのもごめんです。狂ったように恐ろしい思いを誰にも分かち合うことができず、まるでジャングルの中でたった一人、なたを持って歩いていかのようです。」

「何年もの間、うつ、不安、怒りの中で苦しみ続け、一年前にはついに精神科に一週間入院もしました。今はバラバラになった破片を拾い集めて、なんとか意味あるものにまとめようとしています。私の全てがずたずたで、ぐちゃぐちゃで、混乱しています。」

宗教的トラウマ症候群(以降RTS)に苦しむ人々の口からこのような言葉が出てくるのは珍しいことではありません。宗教でトラウマ?宗教は人を助けるもので、悪いものではないでしょう?そう考える人も少なくありません。子供の頃に信じていた教えを手放すのは、サンタクロースをあきらめる程度のことで、少し寂しいけれど、自然な成長の過程だと思うかもしれません。

しかし、宗教の教えを植え付けられることはその人の人生に深刻な悪影響を及ぼす可能性があり、支配的な宗教から脱会することはトラウマ的な体験にもなりうるのです。宗教から離れるとき、自分とは何か、他人とどう関わるのか、人生とはどういうものか、未来をどう捉えるのかといった、現実の全てが根底から覆されることになります。このプロセスに馴染みのない人にとって、当事者がどれほどの恐怖を経験し、どのようなケアを必要としているのかを理解するのは難しいでしょう。

私自身もこの問題を認識するまでに長い時間がかかりました。原理主義的なキリスト教からの回復について、自分自身の経験を書いたことから始まり、すぐに同じ困難を抱えていたのは私一人ではないことに気付かされました。多くの人がこれまで無視されてきたこの苦しみについて語り合いたいと望んでいたのです。それから20年以上、宗教からの回復を必要としているクライエントに寄り添い続けてきて、セルフヘルプの本も執筆しました。

メンタルヘルス・コミュニティは宗教が引き起こすトラウマについてはっきりと認識すべきでしょう。拒食症、PTSD、双極性障害などにはっきりと名前をつけることで、当事者が自分を責めることなく、適切な治療が受けられるようになったように、RTSにも向き合う必要があります。インターネットはRTSの体験談や助けを求める声で溢れています。元信者のためのフォーラム(exchristian.net)やYouTubeを見れば、いかに多くの人が苦しみと絶望の中にいるかが明らかです。テキサス自由思想大会(Texas Freethought Convention)で行った私のRTSについての発表に対して、ある人にこんなコメントをいただきました。

「本当にありがとうございます。何百万人もの人が宗教によって苦しんでいるんですから、これはとても重要なことです。本当の問題は宗教的な虐待なのにも関わらず、多くの人がその苦しみを理解されず、別の問題についての治療を受けてしまっています。やっとこの問題について語る人が増えてきました。」

RTS治療の壁

宗教の教えや実践そのものの有害性について問題提起をするのは、タブーを犯しているように見えるかもしれません。私たちの住む現代社会は、言論の自由、集会の自由、信教の自由を尊重しています。他人に危害を加えないのであれば基本的に好きなようにして良い、という一般原則は、国が定める法律や、人々の持つ倫理観も反映されているでしょう。日曜日に子供を教会に連れていくことを犯罪であると思う人は少ないはずです。宗教に関する被害はカルトと呼ばれる極端な団体によって引き起こされているものであって、カルト教団の中で習慣的に行われている虐待について聞いたことがある人も多いでしょう。多くの宗教団体にとって、宗教は基本的に良いものであるという無批判的な意見が広まることは都合の良いことなのです。

しかし、マインド・コントロールや感情的虐待は、カルトにしか見られないものではなく、多くの大規模宗教団体によっても当たり前に行われているのです。宗教が善良なものであるというイメージがあることで、問題はより悪質なものになります。大きなコミュニティがあり、そこで行われていることが当たり前になってしまえば、被害者の声が聞かれることはありません。

私たちセラピストが持っているマニュアルでは、この問題に対して適切な診断を下すことができません。よく使われる心理社会的なストレスの原因のリストにさえ、宗教を失う事によって引き起こされる変化、喪失、混乱についての言及はどこにもありません。しかし、宗教からの脱会は人生最大の危機にもなりうるのです。これは現代を生きる私たちにとって非常に大切な情報です。というのも、近年は記録的な数の人々が伝統的な宗教団体から離れていっており、多くの人々が苦しみを訴えているからです。

私たちが用いるアセスメントには盲点があるようです。 伝統的に、心理療法の現場ではクライエントの家族関係、病歴、学歴、職歴、家族や親戚のアルコール依存や精神疾患など、その個人の経歴について掘り下げていったとしても、宗教的背景について深く尋ねることはあまりありません。しかし、もしクライエントが週に何度も支配的な教会に通い、宗教的な学校で、場合によってはホームスクーリングで偏った教育を受け、長年にわたって厳格な信仰や行動のルールに従わなければならなかったとしたら、これはその人の心に多大な影響を与えることは間違い無いでしょう。

治療におけるもう一つの障害は、RTSに苦しむ人の多くが、心理学を世俗的で邪悪なものであり、恐るべきものだと教えられきているということです。助けを求める声をあげている人は、実際に苦しんでいる人のごく一部でしか無い可能性も高いでしょう。独善的で、社会から隔絶された宗教の多くでは、うつ病や不安症などの精神的な問題は、神への信仰が足りないことや、罪を犯している証拠だとみなされる事もあります。宗教的なカウンセラーや牧師たちが、罪の告白をすることや、より従順に神の命令に従うことを治療法として勧めたり、世俗的なメンタルヘルスの専門家による解釈は危険であると警告したりするケースもあります。神は「偉大な医者」と呼ばれ、人間は神以外から助けを得るべきではないとされ、疑いを持つことは間違っていて、真の探求では無いと言われます。さらには、心の治療を受けることは自己中心的な甘えであると捉えられることもあるのです。欲求を満たすことは罪深いことであると教えられ続けたRTSの被害者は、一体どうやって自分のニーズに向き合っていけば良いのかわからない事もしばしばです。私が関わってきたクライエントたちも、私と最初のコンタクトを取る前に、罪悪感、恐怖、周囲の無理解など、様々な困難を乗り越える必要がありました。

RTSとは何か

「罪悪感と絶望感に苦しめられ、宗教を手放そうともがき苦しんでいます。同時に、壮絶なアイデンティティ・クライシスと強烈な胸の痛みと戦っています。こんな目に遭っているのは世界で自分だけなのではないかと感じています。調子の良い日もありますが、悪い時は本当に最悪です。この状況を乗り切れるかわかりません。」

RTSは、権威主義的で独断的な宗教から離れ、その中で受けた傷に向き合うことに苦戦している人々が経験する一連の症状です。脱会する人は、その人にとって大切だった信仰が打ち砕かれたり、支配的なコミュニティやライフスタイルから抜け出たりすることになります。RTSの症状は、病気や死に直面して、恐怖や無力感を感じることによって生じるPTSDの症状とよく似ています。原因となる出来事は一回限りのこともあれば、長期的な虐待であったりもします。RTSの場合、特に子供に対して慢性的な虐待がなされるのに加えて、集団から離れることは大きなトラウマ的体験となります。PTSDと同じようにその影響は長く続き、脅迫的な思考や否定的な感情、社会的機能の障害やその他のあらゆる問題が起こり得ます。

RTSのトラウマは二段階に分けて考えることができます。第一に、厳格な宗教の教えや実践はそれ自体が有害で、生涯にわたる精神的ダメージを与える可能性があります。多くの場合、宗教は男性中心的で抑圧的な環境を生み出しやすく、感情的・精神的虐待に加え、肉体的・性的虐待が行われることもあります。

第二に、宗教を離れるということは、ある意味一つの世界から別の世界へと移ることであるため、非常に大きなストレスとなります。多くの人にとって、これは社会的支援のネットワークを突然失うのを意味するのと同時に、自分の人生をゼロから再構築するという課題に直面しなければなりません。脱会する人はこのような事態に対処する準備ができているとは限りません。社会から隔離された宗教の中では、世俗の世界を恐れるように教えられるのと同時に、自立したり自分の頭で考えることは好ましくないとされるからです。

RTSによって起こりうる主な障害には以下のものが含まれます。

  • 認知的障害:混乱、意思決定や批判的思考の困難、解離、アイデンティティの混乱

  • 感情的障害:不安、パニック発作、抑うつ、自殺念慮、怒り、悲しみ、罪悪感、孤独感、意味の喪失

  • 機能的障害:睡眠・摂食障害、悪夢、性的機能障害、薬物乱用、身体化

  • 社会的・文化的障害:家族や社会的ネットワークの断絶、就職困難、経済的困難、社会への適応困難、対人関係障害

RTSの深刻さを理解するには、当事者たちの声に耳を傾けるべきでしょう。

「あらゆることに対して罪悪感を抱えていて、写真、像、テレビなどで宗教に関連するものを目にするとパニック発作や苦痛に襲われてしまいます。当時は望んで信仰の道を歩んでいたと思っていましたが、今思えば洗脳のようなものだったのでしょう。宗教の影響を振り払うのは本当に難しくて、ずっと悪夢が続いているかのようです。」

「宗教は私の心の奥深くまで刻み込まれ、根付いていました。宗教がどれほど強く私の世界観に影響を及ぼし、浸透していたかを説明するのは難しいです。原理主義から脱会する最初の一歩を踏み出した時は本当に恐ろしくて、何度も自殺しようかと考えました。今はその状態から抜け出すことができましたが、まだ世界の中での自分の居場所を見つけられていません。」

「カルトのような生い立ちから自分を解放するため、自己嫌悪や凄まじい恐怖を克服するのに、何年もかかりました。今でも宗教の中で育った事の後遺症として、悪夢や被害妄想に悩まされていて、私の人生にネガティブな影響を及ぼし続けています。」

「私にとって世界は不気味で恐ろしい場所でした。カルトを脱会した人にはあらゆる悪い事、厄介な事が起こると信じ込まされていたので、それらが私の身にも起こるのでは無いかと恐れていたのです。」

「今でも人を信頼するのは難しく、人と親しくなることに違和感と困難を感じています。」

「夫は私が教会を離れたことを受け入れる事ができず、結婚21年目にして離婚を言い渡されました。」

「父は私にいつも私は地獄に落ちるだろうと言ってきました。遂に両親は私に連絡するのも止めてしまいました。」

「全ての友人を失いました。家族との絆も失いました。国も失ってしまいました。この悪質な宗教のせいで私はあらゆるものを失って、心の底から怒りと悲しみが込み上げてきます。新しい友人を作ろうと頑張ってみましたが、うまく行ったことはありません。孤独です。」

RTSの症状の程度は人それぞれで、様々な要因に左右されます。RTSのリスクが最も高いのは以下のような人々です:

  • 宗教の中で生まれ育った人(宗教二世)

  • 外の世界と隔離されていた人

  • 自ら熱心に信仰していた人

  • 非常に支配的な宗教に属していた人

重要なことは、RTSは現実に存在するものだということです。性的虐待や自然災害による被害は理解されやすいかもしれませんが、宗教もそれらと同様に有害になり得るのです。多くの人が助けを必要としている今、宗教を批判する事はタブーであるという風潮を問いたださなければなりません。

出典:Winell, M. (2011) Religious Trauma Syndrome (Series of 3 articles), Cognitive Behavioural Therapy Today, Vol. 39, Issue 2, May 2011, Vol. 39, Issue 3, September 2011, Vol. 39, Issue 4, November 2011. British Association of Behavioural and Cognitive Therapies, London. Reprinted at Journey Free website: https://www.journeyfree.org/rts/rts-its-time-to-recognize-it/

※ 翻訳はマーリーン・ウィネル博士本人から許可を得て行っています。


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