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自己肯定感 大学生日記#7


自己肯定感

確実に俺が子どもだった頃には世間で多く語られていなかった言葉。
最近では、これを高めるってだけで本になり売れる本になる。これを高めることが幼児養育には大事らしい。

昔、母がこんなことを言っていたことを思い出した。
「○○(名前)が自己肯定感高くて良かった」
その当時は、そうなんだ。俺って高いんだって納得した。

しかし、自己肯定感という言葉が自分にしっくりくるようになった今日この頃、俺はそんな高い人間なのと疑問を持つようになった。

あるネットの記事を思い出した。

自己肯定感が高い人の特徴
・成功経験が多い
・自信を持っている
・前向き
・失敗を恐れない
etc.

うん、自分が当てはまる節はあるけど、下の2つはメンタルの持ちようにはどうにかなる。
問題なのは上の2つ。
俺は、人生で1度たりとも大きなことを成し遂げたことないし、大舞台ではことごとく負け組。1度として大きな成功を収めたことはない。

なのになぜ俺は高いと思われるような人間になれているのだろうか。

自信

そもそも、俺には全くもって自信がない。

自信持って発言してるよね。自信持って指導してるよね。堂々としててすごい。
俺のことよく知りもしない人たちがよく言ってくる。
自信なんてまるでない。いつも怖いし、緊張してる。特に大勢の前で話してる時は唇が震えてるのがいつもわかる。
自分の一言で物事が決まってしまったり、その人の将来を決めてしまう可能性があるから。自分の発言には、いつもそれ相応の責任と覚悟を伴う。
怖いに決まっている。
ただ、その発言に怖さが表れていたら、緊張が表れていたら、簡単に受け入れて貰えないだろう。
だからこそ、その怖さや緊張を払拭するためにも下準備を欠かさない。めちゃ調べてから、対話をする。

偽自信

下準備によって自信があるように見せる。いわば“偽自信”と言ったところだろうか。
この偽自信によって俺自身は自信があるように見せる。そうしたら、耳を傾けてくれる人も多くなる。これが、俺の魅せ方である。

この魅せ方によって、人には自己肯定感が高いように見えてるのかもしれない。
俺は無知であることを知るたびに悔しく思う。だからこそ、この悔しさを晴らすためにも調べる、そして知る。
知らないことは恥ずかしいことではないが、悔しいことではある。ただ、その度に俺は一つ賢くなれたと思うようにして切り替える。だからこそ、向上心は尽きない。いつでもチャレンジャー精神で無知であることを自覚しながら、色々を吸収していきたい。


どうやら、自己肯定感を高いと見られるのは、俺自身の姿勢からなのかもしれない。
一生を共にするであろう偽自信と一緒にいろんなことを成し遂げていこう。

ナイスだ、バイエルン

バイエルン、よくやったぞ。der Klassikerの勝利はでかい。
というか、形容詞の名詞化ってmaskulin mit dem Artikel des NominativsってKlassikeになるんじゃないのって辞書で調べたら、そもそもKlassikはただのfeminines Nomenらしいです。一つ勉強になったぞ。
ってのは脱線で、Harry Kaneのことは純粋な点取り屋じゃないから好きじゃないってずっと言ってきた自分を殴りたい。彼は紛れもないストライカーだ。プレミアリーグ観てないから、アシスト数多い時ってどんなシーズンだったんだろうか。まあ、今も多いか笑
Kaneさん、これからも頼ることになると思います。Kaneに何とか1つでも多くのタイトルを撮らせてあげよう。バイエルン。

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