貨幣の疑問

世界中の商品と呼ばれるものと世界中の貨幣、どちらが多いのだろうか。

もともとお金、貨幣は商品と交換可能、同等のものと見做されるからこそ価値を持っているのではないだろうか。ならば総量は同じであろう。

ただでお金はお金と交換できる。円からドル、ドルからユーロのように。

となると貨幣ある種商品として扱われるため貨幣と商品どちらが多いかと言われたら貨幣の方が多いのだろうか。貨幣までが商品になるのなら、人は何のためにこれを集めるのだろう。

また貨幣の不思議は、同じ貨幣であるにも関わらず、ある商品を買う際に、単位や場所、時間が違えば必要な量は変わる。

価値が時間、空間的を変えれば変わるのが不思議である。これも交易のために必要となる貨幣の需要と供給のバランスから生まれたのだろうか。 

日々貨幣は価値が変わり、勝手に増えたり減ったりする。まるで自己増殖と自己破壊を繰り返す細胞のようだ。

この辺のことをBSの欲望の資本主義で何回見ても忘れてしまう。


最後に、いわゆる資本家と言われる人たちは貨幣にに何を見出しているのか。何を目的にそれを集めるのか、小市民の私にはなかなか想像の及ばない世界である。


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