セサル・ポルティージョの『伝説のフィーリン』

 マテオ・ストーンマンのアルバムを紹介した前々号の原稿で、キューバのセサル・ポルティージョのことを少し書いたら、その後、驚くべきCDが発売された。「伝説のフィーリン」というポルティージョの日本編集盤だ。
 僕がセサル・ポルティージョという歌手のことを知ったのは2010年に「フィーリン」というドキュメンタリーを映画館で見たからだった。キューバにフィーリンと呼ばれる音楽があることは知ってはいたが、ポップ化した現代型のボレロという程度の認識。甘ったるい歌謡性は、僕の苦手とするところで、一度も良いと思ったことはなかった。
 ドキュメンタリーを見ても、その印象は変わらず。だから、映画の大半は退屈な内容だったのだが、ただし、1940年代にそのフィーリンの基礎を作ったとされるセサル・ポルティージョの古いモノクロ映像には強烈なショックを受けてしまった。ギター一本のボレロの弾き語りで、こんなお洒落なことができるのか、1940年代にこんなスーパーな音楽家がいたのか、と驚愕した。
 それからというもの、しばらく、ポルティージョの音源を探しまわった。が、これが無いのだ。CDは1991年のライヴ盤のみだという。何とかそれは聞くことが出来たが、他に手に入ったのは、わずかな出演シーンがある映画のDVDくらい。キューバ盤のコンピレーションLPに収録された演奏もあると知ったが、当然ながら大変なレア盤で、ネットでジャケットを眺めるのがせいぜいだった。
 ところが、それから2年が過ぎた頃、突然、「伝説のフィーリン」という22曲入りのCDが発売された。ほとんど録音を残していない謎の音楽家、ポルティージョだが、未発表音源やカセットで発売の音源等がキューバのレーベル倉庫で発掘されたのだという。14曲は世界初CD化だそう。やはり、日本人のコレクター熱は凄い。
 最大の聞き物は、60年代のオーケストラをバックにした録音。70年代以後の録音は弾き語りで、ジャズ的な洗練を持った彼のスタイルがよく分る。ただ、かつて映画で見た映像の艶っぽさに比べると、さっぱりとしている感は否めない。フィーリンという形式の中に、彼自身をあてはめてしまったからかもしれない。1940年代や50年代、つまりキューバ革命以前の音源はどこかに残っていないのか、と問いたくなる。

 世界的に見ても、彼の弾き語りは当時、最先端にあったはずだ。ジョアン・ジルベルトが彼の弾き語りスタイルを完成させるのは50年代半ばだから、それよりもずっと早い。と考えると、ポルティージョの初期音源が残っていたら、これは音楽史上の事件にすらなるだろう。いや、たぶん残ってますよね。そして、次の編集盤が出ますよね。そんな思いに身をよじる日々である。

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