覚えられない男

 うちの父親は昔から洋画が好きで、放送されると毎週かじりついて眺めている。中にはしょーもない映画も多く、外国人さえ出てりゃ何でもいいのかと思ってしまうほどだが、当人は面白いらしい。

 しかしその血を受け継ぐ筆者は、どうも洋画に興味がない。日本映画よりも、どうもストーリーが頭に入ってこない気がして、最後までのめり込んで観たことがほとんどない。

 その理由に、最近になって思い当たった。どうも筆者は、人の顔(特に外国人の顔)を覚えられないのだ。登場人物が多い錯綜したストーリーだと、こいつは誰で何をやった奴だっけとなり、途中で理解を投げ出してしまうのである。

 最近観た「ボヘミアン・ラプソディ」は登場人物も少ないし、もともとクイーンのメンバーの顔も知っていたし(ブライアン役の人よく似てましたね)、だいたい音楽メインの映画なので、さすがに面白く観ることができた。しかしミステリーだのメロドラマだのになると、どうもいけない。

 邦画の場合、日本人の顔はふだんから見慣れているし、もともと顔を知っている俳優が多いので、洋画ほど頭に入らないということはない。だが、全般に映画を見て感動することが少ないので、たぶん顔を覚えられないことが影響しているのだと思う。

 なんでも世の中には「相貌失認」というものがあり、これは全く人の顔を覚えられず、鼻や眉毛の形なんかを頼りにかろうじて人を見分けるのだという。ブラッド・ピットがこのケースらしいが、交際相手を見る限りちゃんと美女は見分けているようだから不思議である。

 筆者の場合、相貌失認に当てはまるかどうかはよくわからない。親しい人や有名人の顔は普通に覚えているし、何回も会えばさすがに顔を覚える。髪型が変わったらもう見分けがつかない、などということもない。だが、つい5分前に会った人が、どんな髪型をしていて、どんな顔立ちをしていたか、よほど印象的な人でもない限りまず覚えていない。というわけで、たぶん顔の長期記憶はできるが、短期記憶が苦手というタイプなのではと思う。

 特に学会などで何十人もの人に一度に会うと、すぐ記憶領域がオーバーフローしてしまう。別の機会に突然声をかけられたりすると、知っているふりをしながら会話の内容を必死にさぐり、たぶんあの人だろうと見当をつけながら何とか話をつなぐ――というようなことを、何度も経験してきている。

 一方で、一度見た漢字はだいたい忘れないという便利な特技はあるし、中日・森野将彦選手の背番号遍歴(56→7→8→16→8→31→30→7→75)のような死ぬほどどうでもいい情報はしっかり記憶しているので、決して記憶力全般が悪いというわけではない。要は偏っているのである。

 話を聞いてみると、人によって数字だったりエピソードだったり、記憶しにくいジャンルはさまざまあるようだ。筆者もあまり便利とはいえないが、どうにかこの脳味噌で生きていく他はない。

 たぶんみなさんの周りにも、大なり小なりこういう傾向の方はおられると思う。できれば、こいつ誰だっけという顔をされてもムッとせず、ああこの人も顔を覚えられない人なのかなと思って、優しく接していただければ幸いである。

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