老いてゆく国で

 20代のスーパースターを見なくなったなあ、と思う。大谷翔平とか羽生結弦とか錦織圭とか大坂なおみとか井上尚弥とか、いっぱいいるじゃねえかって?確かにスポーツや頭脳競技の世界には凄い若手が続々と出てきており、歴代最強プレーヤーが現役に揃っているといっても過言ではないと思う。

 そのへんの、勝ち負けがはっきりスコアで出てしまう世界では、もちろん若者が強い。だが、芸能界やら音楽の世界やらに、若いスーパースターが出てきていないんじゃないかという話である。

 平成の頭ごろには、SMAPもミスチルもB'zもダウンタウンも、20代でその分野のトップにはっきりと君臨しており、知らない者はない存在だった。若手俳優の主演するトレンディドラマが高視聴率を叩き出し、CMでも引っ張りだこになっていた。

 そして令和を迎えた今、先に名を挙げた彼らは今もしっかりとトップグループに居残っている。アラフィフ世代がアイドルと呼ばれ、アラフォー世代が若手芸人を名乗っている。ロックはおじいさんが頑張って歌うものになり、ヒップホップは中年のおじさんが口ずさむものになった。

 女優の世界ではさすがに本田翼やら広瀬すずやらが活躍しているけれど、綾瀬はるかや石原さとみや新垣結衣ら30代の牙城を崩しきれたかというと、まだもうちょっとという感はある。20代の男優に至っては、国民的といえる存在感を放つほどの者はさらに少ない。才能ある若手がいなくなったわけではもちろんあるまいに、若きカリスマは姿を消した。

 正直いうと筆者は今の若者と話す機会がほとんどないので、彼らが何を好んでどんな音楽を聴いているのか、さっぱりわからない。ただ間違いなく、興味の対象は我々の頃より多様化しているのだと思う。ゲームもアニメもあるし、動画サイトもSNSもある。ファッションひとつとっても、靴やら髪型やら、インスタグラムにそれぞれの分野のプチカリスマがいる。誰もがこぞって憧れ、服装も眉の形もまねたアイコンなんてのは、たぶん安室奈美恵が最後になるのかなと思う。

 情報過多というのも、カリスマが成立しにくい理由ではあるだろう。雑誌の記事くらいしか情報源がなく、伝わってくる格好のいい話だけを聞いて、素直にアーティストに憧れていられた時代とはわけが違う。「Lemon」や「打上花火」がいい曲だなあと思って検索をかけると、「米津玄師の歩き方で歩いてたら警察来てワロタwwww」とかいうページに行き当たってしまう世の中では、なかなか素直にカリスマに心酔もできまい。


 そして今は芸能界に限らず、あらゆる業界で上がつっかえている。現代日本のボリュームゾーンは70過ぎの団塊の世代、40代の団塊ジュニアだ。20代後半の人口は、40代後半に比べると6割ほどしかいない。わんさかといる、経験も人脈も資金も豊かなおっさんや爺様たちを蹴落として、若者が這い上がってくるのは容易ではあるまい。

 要は、日本という国が老いたということなのだろう。30代はどこの世界でも若者扱いだし、「大人の旅」「大人の化粧品」などと銘打った商品のターゲットは50代だったりする。昔は15で元服だったが、49歳の筆者も今や大人枠ではないわけだ。49歳というのは、織田信長や夏目漱石が亡くなった年なのだけど。


 ただでさえ数が少ない上、興味の方向が細分化された若い世代に向けて物を売ったり、発信したりするのは効率のよいことではない。自然、テレビのような最大公約数型のメディアは、40代や70代に向けた番組作りが中心になるのだろう。かくしてドラマは医療もの、警察もの、企業ものばかりになり、学園ドラマは今や絶滅危惧種だ。

 とはいえ、こうした状況は企業のマーケティング担当者には大変だろうが、何も数百万人の若者が同じものに熱狂する必要はさらさらあるまい。中高年向けの製品やコンテンツが中心になるのは自然な流れではあるだろうし、これから高齢化を迎える諸国に向けて、それらの製品やノウハウを売り込むこともできるだろう。

 ただ、若者向けの商品開発が鈍るということは、先進的な尖ったプロダクトが生まれにくくなることでもある。今までにない操作系など提案すると、「いや、そりゃおじさんには使いこなせないでしょ」「老眼の人には見えないよね」なんて意見が出て潰されるということは、ずいぶん起こっているのではないか。

 ロボット掃除機だのAIスピーカだのといった「おおっこりゃすげえ」となる商品が日本企業から出なくなったのは、技術力が失われたからではなく、こうした事情もあるのではと思う。そうこうしているうちに、本当に技術力も失われていくのかもしれないが。

 そう言っている筆者も、いつの間にか立派な老人予備軍である。あと十数年もすれば「おじいちゃんたら、未だにスマホなんていじってるんですか」「何を言うか。フェイスブックの時代には温かい人の心のつながりがあったのじゃ。脳波入力なんぞグーグルに思考を読み取られるから危険なのだぞ」とか口走る、立派な令和の老害になっているかもしれない。せめて若者の足を引っ張らない程度のジジイになりたいとは思うが、きっとこれは思っているより難しいことなのだろう。

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