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鶏皮ポン酢

梅雨の合間の晴れの日というのは非常に気持ちが良い。梅雨の湿気でじめじめしていた気分は、青空を見ると晴れやかになる。今までずっと部屋干ししていた洗濯物も気兼ねなく外に干せる。

この週末、俺は特に予定がなかったが、せっかく晴れているので外に出て散歩をすることにした。外に出て、俺の住む寮の近所の公園を通り抜けたとき、急にセミが鳴き始めた。俺はこの日、この夏初めてセミが鳴き始めた瞬間に立ち会い、しみじみと感動した。

歩いていると背中に汗をかくほどには蒸し暑いが、季節の変わり目を肌で感じることができて、それさえも少し嬉しかった。

夜になれば風が涼しくなり、近所の子供たちが親と共に少し気の早い手持ち花火をしていて、微笑ましかった。日々の忙しさに目がくらんでいて気づかなかったが、季節は着実に夏へと移行しつつある。

帰宅して、エアコンなんかつけずに窓を開け放ち、短パンとTシャツという最高に気の抜けた格好でベッドに横になったが、まだ眠気は訪れない。この日一日で季節の変化を五感で感じたため、少し興奮状態にあるようだった。毎年思うが、夏ってのは人をやたらとソワソワさせるな。

こんな日はさっぱりとしたつまみで一杯やるに限る。俺は酒は飲めないが、ノンアルコールビールは好きだ。近所のコンビニみたいなスーパーに赴き、アサヒドライゼロ2本と鶏胸肉を大量に購入した。

鶏胸肉から皮を剥ぎ、沸騰したお湯でしばらく茹でる。皮を剥がれた胸肉のほうは、他に使い道があるので、冷凍庫に入れておく。余分な脂が出て皮がカールしてきたら、お湯から出してキッチンペーパーで水気を切って、細かく切り、ポン酢と和えてねぎを散らす。

鶏皮ポン酢の完成だ。こいつは俺が学生時代によく行っていた居酒屋のメニューの一つだ。当時の味はさすがに思い出せないが、口に入れて咀嚼し、ノンアルビールで流し込むと、少し懐かしさを感じた。

今じゃほとんど酒を飲むことはないが、俺は学生の頃はほぼ毎週のように当時つるんでいた連中と飲みに行っていた。鶏皮ポン酢は当時の行きつけの居酒屋のメニューの一つで、俺は基本的に最初の一品はコレと生ビールだった。

誰かの誕生日や定期試験明けの打ち上げやイベントの打ち上げでもその居酒屋を利用していたと思う。友達がそこで働いていたので、何かとサービスしてもらうことも多かった。

よく一緒に飲みに行っていた奴らのうちの1人は、俺と同じジャズ研のピアノ担当だった。こいつは怠け者であり、俺が4年生に上がったとき、3回目の2年生をやっていたが、前期の単位が足りずに結局退学した。

4年生の夏、奴の退学が決まってアパートを引き払う際、引っ越しの準備になぜか俺も立ち合い、そいつの父親に挨拶したことは覚えている。だが、当時何故俺も立ち会っていたのか、その経緯は思い出せない。もう5年以上前の話だ。

その後ほかの連中とともにその居酒屋で送別会をやったが、俺は当時バイトしていたバーの何周年かの記念パーティにスタッフとして出席しなければならず、白い新品のマグカップに酔った勢いで「お前は俺を忘れるな!」と殴り書きしてプレゼントし、「後で俺の店にも来いよ!!!」と捨て台詞を残してバイトに行った。

だがバイトに行った時点で俺はかなり出来上がっていたため、俺はまったく使い物にならなかった。店長から追い出されて、フラフラとその足で大学に行き、食堂前のテラススペースのベンチで横になって寝た。

約束通り、送別会一行は俺の働いていたバーに行ったが、途中でベンチで寝ていた俺を遠目で発見し、一団は「人が死んでる!」と軽い騒ぎになったという。

俺は酒を飲むととんでもない失態を犯す。以降も何度か人に迷惑をかけることが続いたので、俺は酒を飲まなくなった。だがこれは今となっては良い夏の思い出だ。彼はまだあのマグカップを持っているだろうか。


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