ハニーマスタードチキン
1人暮らしの何が困るって余った食材と調味料の処理が一番困る。
特に奇を衒ってらしくもなくオシャレーな料理やエスニックなんか作ったりすると、もう使い道がない調味料で棚は一杯になってしまう。
だから俺はナンプラーが買えない。
今年の5月にホットドッグの禁断症状を起こして買ったマスタードが未だに残っている。5月は毎週土曜の朝飯はホットドッグだったのだが、さすがにもう飽きてしまった。
俺はホーマー・シンプソンじゃないので、バーニーの車ン中でマスタードを食ったりしない。だからマスタードはまだ大量に残っている。
また、zoom飲み会で見栄を張るために作ったナチョチーズに使ったはちみつも意外にカレー作り等で使い道があって、先月さらに買い足してしまったが、カレーを作ってからはほとんど減っていない。
俺はくまのプーさんじゃないので、ラビットの家ン中ではちみつを食ったりしない。
この間買った食パンもまだ残っていた。家族で食パンを食べると6枚切りなんて2日もあれば食べきれてしまうが、1人暮らしだと消費するのに最低4日以上はかかるし、そもそも俺は朝食はご飯派なので、途中でパンに飽きて食わなくなり、大抵カビの温床にしてしまう。
俺は食材を無駄にすることが嫌いだ。せっかく買った食べ物を腐らせたり残したりすると、言い知れぬ罪悪感と不安感と屈辱に駆られる。
それは俺の幼い頃の記憶が原因だ。
今じゃ考えられないことだが、俺は小学1年生まではガリガリのやせっぽっちだった。当時の俺は白米も食べられないほど好き嫌いが多くて、いつも給食を残していた。
俺の母校では給食を残すと、食べきるまでは授業にも参加できず、下校もさせてもらえなかった。他の生徒が掃除を終えて、ランドセルを背負って帰る中、涙目で箸を握るのは子供ながらに大変な屈辱だった。
誰もいない教室で、コーン入りのほうれん草のソテーと向き合った雨の日の放課後を、俺は未だに忘れることができない。
結局先生同伴で給食のおばさんに残してしまったことを謝りに行くのだが、それも自分の罪を自覚させられるようで、本当に嫌だった。
まるで昭和のような話だと思う人もいるかもしれないが、俺は紛れもなく平成生まれである。
幼い頃の刷り込みというのは恐ろしいもので、その時から「食べ物を残すこと=悪」という方程式が俺の中で完成したのだった。
そういうトラウマがあったために、俺は食べ物を残せなくなり、今じゃすっかりデ………立派に成長したというわけだ。
好き嫌いは赤飯以外は克服した。
話が逸れたが、とにかくマスタードとはちみつと食パンを消費しなければいけない。俺は水分と固形部で分離し始めたマスタードとそろそろ表面が乾燥して固くなり始めた食パンを前にして考えた。
そこで俺はひらめいた。アレならマスタードもはちみつも食パンも消費することができる。俺は近所の業務スーパーにいき、鶏もも肉を買ってきた。ついでにコカ・コーラゼロも買う。
寮に戻ったら鶏肉の厚みを均等にするためにトリミングする。これをしないと内側までちゃんと火が通らずに生焼けになってしまうのだ。
トリミングした鶏肉は袋に入れて、小麦粉を大匙1入れて全体になじむように袋を振る。
調味料はマスタードとハチミツと醤油と酒を大匙1ずつ…と言いたいところだが、マスタードが大量に残っているので多めに。
下ごしらえが済んだら鶏肉と調味料をもって寮のキッチンへ。フライパンにオリーブオイルを振って、中火で熱し、鶏肉を皮面から焼く。両面に塩コショウを振って、火が通ったらひっくり返して内側まで火が通るまで焼く。
火が通ったら、先程のハニーマスタードを鶏肉の上から回しかけて、全体に絡めて焦げ付かないように焼く。
皿にチキンを載せて、気持ちばかりの野菜としてフリルレタスを添える。あとは食パンを別皿に乗せ、コカ・コーラゼロも添えたら出来上がりだ。
ハニーマスタードチキン。こいつはマスタードとはちみつさえあれば、驚くほど簡単にできてしまうお手軽料理だ。何てったって鶏肉の照り焼きの調味料をマスタードベースに置き換えるだけだからな。しかも美味い。
ナイフとフォークで切って口に運ぶ。美味い。マスタードの辛味と酸味がはちみつの甘みと調和して鶏肉の旨味を引き立てている。
ある程度切って食べたらあとはパンにはさんでハニーマスタードチキンサンドにする。こいつはパンにもよく合うのだ。
ガブリと豪快にかぶりつくと、パンの端からソースがボトボトと落ちて、手がめちゃくちゃ汚れるので舐めてしまう。行儀が悪いが、ふき取るよりはマシだ。
コイツを口に含んでもぐもぐやりながらゼロカロリーコーラで流し込むと、目の端に涙が浮かぶほど美味い。たまにはこういうジャンキーな料理を作るのも悪くないな。
食パンがきれいになくなって良かった。マスタードはまだ残っているが、賞味期限が10月末なので、多分まだ大丈夫だろう。
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