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#0500 「生きる」ということ−保育者として親として人として僕が一番大事にしてること−

早いものでnoteの1000日連続投稿チャレンジに挑戦して500回目という節目を迎えた。

せっかく苦手な言語化にチャレンジしてるんだからしっかりと今の「自分の軸」みたいなのを言語化しようと思って残しておこう。

*前提として
保育と子育ては違う!そんなのはわかってるけど。
ぼ・く・が・保育する上でも子育てする上でも一番大切にしていることは同じ
「生きる」ということの実感。そういう意味のタイトル。

*もっと大事な前提
 これを書く僕は日本初の有償プレーリーダー天野秀昭さん(日本冒険遊び場づくり協会理事、野育の会代表理事などなど)を心から尊敬していて、それ故、講演会ではお話を聞きまくり、著書や各種コラムも片っ端から読んで学ばせてもらった。だからこれから書く僕の話(時に天野さんの言葉を自分の言葉のように書いてしまう)は天野さんの本を読んでいただいた方がずっと理解が深まるし、わかりやすいから、天野さんの本や講演会にアクセスできる人はまず、そうして。



では長い前置きはこのぐらいにして始めます。長いです。


僕が「生きる」ということを考える上での3つの柱はこれ。


①天野さんに教わった「遊ぶ」ということは「生きる」ということなんだ

②難病ドラべ症候群の娘が教えてくれた「生きる」ということ

③自主研やプレーパークを作る会を通して学んだ子どもの権利や現代社会で脅かされている「生きる」ということ



①天野さんに教わった「遊ぶ」ということは「生きる」ということなんだ

 天野さんはじめ、子どもの遊びに関わる人たちは、「遊ぶ」ということは「生きる」ことだと言う。どういうことなんだろう。
「生きる」…きっとそれは “私は私である” という「アイデンティティー」だったり、“私は私のままで価値がある”ということを感じる「自己肯定感」だったりをひっくるめた表現なんじゃないかと思っている。
 そしてその「生きている」ということを実感できる唯一のものが「遊ぶということ」なんじゃないか。

つまり僕たちは

・遊ぶことで自分の世界を形作っているでしょう?(アイデンティティー:私は私であること)
・自分が自分を肯定するでしょう?(自己肯定感)
・遊んでいる時、心満たされるでしょう?(生を実感)

だから、「遊ぶことは生きること」なんじゃないかな。とか思ってる。


順に説明。

*アイデンティティー
 自分の「好き」、「やってみたい」という内発的動機に蓋をせず、「やりたい」ことをする中で、つまり遊びの中で、自分の「核」が出来上がっていく。これをアイデンティティーと呼ぶ。
子どもは他人から「すごいね」とか「偉いね」とか言われて褒められたり、認められたりするから遊ぶわけじゃない。自らの「やってみたい」に突き動かされ、遊び、自分というものを自ら育んでいく。
遊ぶということを通して、他人じゃない、他の誰でもない“自分自身が”これが好き!これは嫌い!自分がやりたい!という自分自身の内側にある「核」を自分自身でつくり上げていく。
だから遊ぶということは自分のアイデンティティーをつくっていくということなんだ。

*自己肯定感
 自分が心から好きなものを他人に「くだらない」と評価されたらものすごく嫌だろう。自分をも否定されたように感じるだろう。それはその他人が「私の世界」を侵してきているからだ。
一方で、だからと言って他人がどうこう言ったところで「私が」心から好きなものは変わらない。サッカーを心から好きな人が「サッカーなんてくだらんことよくやってるな。野球の方がいいに決まってるやろ。」と言われて明日から趣味を野球に変えようとなるだろうか。否。それはサッカーをしている時の自分が満たされていると、心から喜んでいると知っているから。
他人の評価じゃない、自分の、私の評価だから。

 遊びの世界は「その人でなければ本質的な価値を感じることができない世界」(天野さん)なのだ。
 
 例えが変やけど、ちゃんと自分の世界を生きている人は、ちゃんと自分を肯定できると思うんす。
できない技ができるようになって「スゲ〜俺」も、俺より上手いライバルのあいつなんて怪我してまえ!なんて思ってしまうドロッとした自分も笑、色々あって、完璧なんかじゃないけど、俺は俺でいいなって、自分を丸ごと肯定できると思うんす。
だから、遊ぶということは自己肯定感を育むことなんだ。

*生の実感。
 僕は、自分のやりたいことをやっている時、遊んでいる時、自分の心が満たされていると感じる。みんなもそうじゃないかな。
他人に何かをさせられている時、これまた変な例えやけど、強制労働させられてる時とか、やりたくもない勉強を無理やりやらされている時に「っしゃー!!俺生きてる!!最高!生きてるって最高!」って実感持てないじゃないすか。「この時間早く終われ〜」って思うか、『自分を殺して何も感じないようにするか』と思うん。
*「情動」といって脳科学でも研究がめちゃくちゃ進んできてる分野やけど本日はさらっと*

 そうじゃなくて、菜園に夢中になってる時とか、鬼ごっこして心臓はち切れるほど走った末に鬼から逃げ切った瞬間とかやっぱり「生きてるなぁ」って(言語化しないまでも)じんわりと感じると思うんす。その時はあっという間に時間過ぎてるやん。めちゃくちゃ濃い時間過ごしてるやん。
 それが生きるってことなのかな。とか思っている。
人に言われたり、何かをやらされているとき、人の評価で動いている時、人は「自分を生きてない」。
私でなければその本質的な価値を感じることのできない世界。
つまり私の世界を生きていない限り、「生きる」ってことの実感は持てない。
 だから遊ぶことは生きることだし。
その生きてるという実感を持てる環境があるかどうか。保護者、周りの大人含めてその環境をちゃんと保障するのは社会の役目だなと感じている。


②難病ドラべ症候群の娘が教えてくれた「生きる」ということ

 話めちゃ変わり、僕の娘は現在中学一年生。約4万人に1人の割合で発症する指定難病「ドラべ症候群」を患っている。このドラべ症候群という病気は難治性のてんかんで、基本的に治ることがない。
 生後半年で発症し1歳で確定診断を受けてからのこの13年間は涙あり笑いあり涙あり感動あり涙あり苦労あり涙ありの壮絶なものだった。
1歳で診断が下った当時、まだS N Sが盛んでなかった当時の少ない情報の中で僕ら夫婦を絶望させた言葉が2つある。
一つ目は「予後不良」。予後が不良。なんじゃそれ。「予後=将来」が「不良=よろしくない」。
なんじゃそれ。「お先真っ暗」の四字熟語バージョンかよ。
もう一つが「10歳までの死亡率が16%」。10歳までに16%の子どもが死んじゃうの?つまりドラべ症候群の子どもが100人いたら16人は10歳まで生きられないってこと?
当時は夫婦で相当落ち込んでたな。

 病気自体の症状で苦しむことももちろん、日常生活にもかなりの制限を受けるこの病気。そして何よりもお先真っ暗でいつ死んじゃうかもしれない恐怖。

 その中で僕ら家族が大切にしてきたこと。それは「生きてんだからいいじゃん」というお医者さんから言われた言葉。
娘1歳半。絶望の中にいて次から次に将来への不安を口にする僕らにそのお医者さんの言葉はなぜか深く刺さった。そのお医者さんはきっと本当にいろんな命と向き合ってきたんだろう。風貌も少し変わった感じ(失礼な!)だったしなんか色んな壁とか越えてきたんだろうなということを想像できたのもあって余計に刺さったのかな。
とにかくその時の言葉が僕らを絶望の淵から救ってくれた。正確にいうと絶望の中にいる僕らの足元を照らしてくれた。足元。そう、いま・ここを生きているということの喜び、幸せに気づくきっかけをくれたのだ。
「予後不良」とか「死亡率」とか、遠くて、近くて、厚く冷たい壁。今まさに目の前にある生活の壁。そんなのもあるんだけど、一番大事なんはいま・この瞬間に最愛の娘が笑ってたり、幸せそうにしてたり、「生きてる」ってことやん。それが全てやん。
そう。娘は「不良な予後」のために生きてるんじゃなくて、いま・ここにまさに命をかけて生きてるわけやから、その娘の幸せってのはいま・ここに「生きてる」ってちゃんと実感すること。
「生きるっていいな」「いっぱい苦しいこともあるけど、生きるって幸せだな、楽しいな」「私は私として生まれてよかったな」って実感すること。それ以上にないんだと。娘から教わった「生きる」ということは僕の生きていく上での大切な柱なのす。


③自主研やプレーパークを作る会を通して学んだ子どもの権利や現代社会で脅かされている「生きる」ということ

 話戻り、これまで僕は「子どもの権利」というものを勉強してこなかった。もちろん言葉としても知ってはいるし保育士試験を勉強した際にも触れてはきた。だけど若い頃はその中身をちゃんと理解し、意識して保育してきたわけではなかった。大宮勇雄先生の「学びの物語」という本と出会い、仲間と保育の自主研究会を立ち上げて勉強していく中でようやく気がついたことがある。それが、「子どもの権利」の問題だ。
 保育の問題とか子ども取り巻く環境のこととか色々色々色々たくさんあるけど、最後には「子どもの権利」の問題にたどり着く。と、そう思っている。

子どもの権利の中身については長くなるのでこちらのサイトをぜひご覧になってほしい。

 中でも僕がこの日本社会でなかなか進んでいないと感じるのは「“準備期としての子ども観”からの脱却」(大宮先生)だ。準備期としての子ども観とは、子どもを大人になる前の人、つまり未熟な人として、その主体としての権利を軽んじている子ども観。そこからの脱却を図ることというのは、子どもを一人の人として尊重し、生まれながらにして権利の主体であると認める子ども観(心身ともに発達の途上にあるが故に大人の側が十分な配慮や保護を行わなければならない)に社会の意識が変わるということだ。

こうして子どもの権利・新しい子ども観を考えた時に、果たして現代社会は新しい子ども観を持てているだろうか。
子どもたちは小学校に行って困らないために今を生きているんじゃないと胸を張って言えるだろうか。
受験戦争に勝ち残っていい大学に入るために今を生きているんじゃないと言えるだろうか。
いい会社に入るために今を生きているんじゃないと言えるだろうか。
将来バリバリ働ける人間になるために今を生きているんじゃないと言えるだろうか。
われわれ大人は子どもたちを「今を生きる同じ人として」観ているだろうか。

子どもの権利の問題。これはあらゆる場面で感じられる。

例えば小学校。
 昔に比べて休み時間はどんどん短くなり、家に帰れば宿題、塾、習い事、自分が自由にできる時間(遊ぶ時間、何もせずにぼーっとする時間)はない
公園に行っても「ボール遊び禁止」、「大声禁止」、「あれダメこれダメ」、、、

 これって突き詰めるとやっぱり子どもの権利の問題だなと思う。「いまを最も善く生きる」ことを否定され、大人の望む姿の子どもを作り上げることが善しとされる社会。
 そんな社会で、権利が保障されない社会で、子どもたちは遊ばないんじゃくて、、、遊べないんだと知った。

子どもが遊ぶ、その結果やプロセスで生じる小さな(大人にとっての)問題にあまりに不寛容な大人、現代社会が、子どもたちから遊ぶことを奪っているんじゃないか。
そして子どもにとっての遊ぶ権利が奪われているこの現状はすなわち、『生きる』ということの実感が奪われているということなんじゃないか。そんな問題意識を持っています。

小学校のために、受験のために、就職のために、老後のために、大事ないま・ここが蔑ろにされていないか。
今この瞬間に「あぁ生きてる」って実感のないままに、いつかのどこかのために生きることを強いられているんじゃないか。
 大宮勇雄先生は『いま、準備期としての子ども観から脱却し、今を生きる同じ人としての子ども観への転換期にある』と10年前の著書で語った。僕の肌感覚としてはまだまだ“転換期”だ。まだまだ子どもを一人の人として尊重している社会だとは言い切れないと感じている。

 だからこそ、僕は子どもの権利条約31条(遊び・育つ権利)を保障する場としての冒険遊び場(プレーパーク)を作ると決めた。必要だと感じたから。「生きている」ってことを実感して遊び育つために。

ちょっと話がそれてきた。長い。

まとめると、
①遊ぶことは「生きる」こと
②自分は、「生きてるって実感すること」を一番大事に思ってる
③「生きてるって実感」が奪われている社会をなんとかしたい

ということかな。



おわり

天野さんの著書の『おわりに』には、阪神淡路大震災、東日本大震災の被災地で遊び場をつくり、子どもたちはそこで『遊ぶことを通して自らを癒やしていった』ということが書かれている。未曾有の災害に見舞われたのち、遊びによって自らを癒し生きる子どもたちとその環境を保障しようと遊び場関係者が奮闘されたことが書かれている。そこで子どもたちの遊びを保障しようとする大人の覚悟に涙が出る。(しつこいけど、ここまできたなら絶対読んで!)

 それはきっと2022年6月現在、何百年に一度のウィルス災害に多くの大人たちがパニックになり、色んな情報や正義が押し合う中、弱者である子どもにしわ寄せがいき、遊ぶこと、生きることを奪われている現状と重なるから
日本全体が被災している今、やっぱり子どもたちに遊び場が必要なんだと思う。

 作りたいって言い出して約2年。少しずつ少しずつ前に進んでいる(と、思わなやってられん!笑)プレーパークづくり。

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 500日の成果を!!と、もっと上手くまとめるつもりが、、、全くだった笑

 全然まとまりのない文に最後までスクロールして付き合ってくださったあなた。本当に神です。
ありがとうございます!


明日からはまたゆるりと保育や虫や子育ての話に戻ります。

何かしら今日の感想とかフィードバック(ここが意味分かんねーよーとか)もらえると次の500日も頑張れるので。優しい方、是非感想を聞かせてください。


それでは今日も遊びあふれる一日を✨

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