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クラばな!(仮)第32話「クラブハウスプロジェクト」

〜テニス会員 大館の視点〜

いよいよ大詰めかな。
届いたばかりのメールを見て思う。
『クラブハイツリー クラブハウスプロジェクト 第2回ミーティングのご案内』
これまで、1回のワークショップと2回の視察に行った。その全てに俺は参加している。
ワークショップの時、発起人の植田さんから、「千賀村と新しい施設を建てる計画がある」という説明があって、それをクラブハイツリーのクラブハウスとして使わせてもらえるというから、参加者のみんなは驚いていた。
植田さんが地域おこし協力隊として千賀村に来てから、テニス教室が出来て、どんどんクラスが増えて、友だちが増えて、クラブハイツリーも大きくなっていって、そしてとうとうクラブハウス。とても刺激的な毎日だ。まさか66歳にもなってこんな楽しそうなことに若い人達と参加できるなんて、思ってもみなかった。

初めてメンバーが集まったワークショップは、とにかく「こんなものがいい」「あんなものがあるといい」というアイデアをたくさん出した。
帰り掛けに植田さんに、「みんな言いたい放題言って。まとめるの大変でしょ?」と言ってみると、植田さんは、「まだまとめる気はありませんから」と、ニヤっと笑っていた。これでいいんですよ、と。

次の視察は、ワークショップの1週間後に行われた。隣の県まで、マイクロバスで約2時間。運転は植田さんだった。
「マイクロも運転できるの?」と驚いて聞くと、「地域おこし協力隊の活動費で免許取ったんですよ。使えるお金は今の内に使っておかないと」と話してくれた。
本当に何でもやるなこの人は、と思った。
そこは中学校と同じ敷地内にあるクラブハウスで、とても立派な施設だった。
体育館があり、テニスコート兼フットサルコートがあり、フリースペースがあり、ここにいれば1日過ごせてしまうんじゃないかというくらいに充実した施設だった。
実際、まだ会員数が400人もいないクラブハイツリーとは違って、会員が3,000人もいるというのだから規模が違う。
圧倒されながらも、我々参加者の頭の中のクラブハウス像は、ますます膨らんだ。
植田さんはみんなと一緒になって、「これもいいですね」「ああいうのも欲しいですね」とはしゃいでいた。
俺は内心、こんな施設できるわけがないだろう、と思っていたが、水を差すのも悪いので黙っていた。
帰りの道中では、みんな少しおかしな高揚の中にいた。千賀村でもあんな施設ができると、みんな勘違いしていないだろうか。
このプロジェクトを引っ張る植田さんも、運転をしながらではあるが機嫌良くみんなの話に耳を傾けているようだ。
こんな進め方で大丈夫なのだろうか?と俺は少し不安になる。
確かにあんな施設ができたらいいだろうが、人口5,800人の千賀村には不釣り合いなのではないだろうか。

2回目視察は、それから2週間後に行った。今度はすぐ隣の村のクラブだった。前回の視察に参加した人も何人かいたが、参加者は少し減った気がする。おそらく隣村だからだろう。近いのだからいつでも行ける、と。そういうところこそ行かないものなんだよなと、俺は思う。
そこは隣村のクラブだけあって、植田さんとは親交があるようだった。俺は知らなかったけど、一緒にイベントを開催したりもしているらしい。テニス以外のことはよく知らないものだな、と思う。
そこのクラブハウスは、前回のところとは全く違うものだった。言ってしまえば大きな小屋のようなもので、体育館もなければコートもない。事務所があってフリースペースがちょっとあるくらい。案内をしてくれた人も「うちなんか、うちなんか」と謙遜ばかりしていた。
でも植田さんは、「素晴らしい」を連発していた。ちゃんと聞いてみると、どうやらこのクラブハウスはほとんど手作りされたもののようだ。元の建物はあったみたいだが、ほとんど使い物にならない状態で譲り受け、自分達の手でリフォームを繰り返してきたという。
しかし、植田さんの「素晴らしい」とは裏腹に、参加者の表情は前回と違って浮かない。
帰りのバスでも、植田さんは「いやー、良かったですねー!勉強になりました」と何度も言ったが、誰の賛同も得られていなかったように思う。

そして今。
メールを見ながらこのミーティングはどうなるのだろうかと思う俺がいる。


「さあ!皆さん!現実の時間です!」
ミーティングの開口一番で植田さんが言った。
「これまでクラブハウスプロジェクトは3回の活動をしてきました。1回目はワークショップ。『ワークショップ』というものの意味は企画した私にもよく分かりませんが、それは置いておきましょう。ここでは、とにかく夢を膨らませる作業をみんなでやりました。そこで出たのはまさに夢物語です。しかしどうでしょう!?その夢は十分なサイズだったのでしょうか。夢というには小さ過ぎた。その事を多くのかたが1回目の視察で感じたのではないでしょうか。自分の知らない世界には巨大で素晴らしいものがあるのだと、そう思った人も多いのではないでしょうか。あの立派な施設!きっとあの視察によって夢はさらに膨らんだことでしょう!しかも実物を見たことでより鮮明になった!」植田さんは手元の水を一口飲んでからさらに続けた。
「そこへきての2回目の視察はどうでしたか?皆さんの落胆ぶりは、失礼ながら笑いを堪えるのに必死でした!分かります。夢の世界から現実世界のど真ん中に引き戻されたようでしたからね。あれ?これもクラブハウス?私達のクラブハウスもこんな感じなの?と、顔に書いてある人もいましたよ。でも現実はもっと奇妙です!我々は何の負担もなく、汗をかくこともなく、税金と村の粋なはからいによって、新品のクラブハウスを手に入れようとしているのですから。いいですか。責任重大なんです、これは!作ってもらうのだから、作ってもらって終わってはいけません。そこから“我々のクラブハウス”にしていかなければならないのです!施設を生きたものにするのは、我々なんです!」と植田さんは一気に言い切った。
さあ会議を始めましょう、と植田さんが冒頭の“演説”を終えると、参加者は事前の発表通りにグループに分かれた。
各テーブルにはこれまでの活動の結果がまとまった資料が置かれている。
植田さんは今日はどこのテーブルにも属さずに、各テーブルを回っていた。
「さあ!今日は夢を語る場ではないですからね!我々が責任を持って村に提案できるものを作りましょう。2つの視察は非常に参考にはなりますが、もう忘れていいです。食ったものは血となり、肉となったら、ちゃんとウンコにして出さなければなりません!さあ!我々のクラブハウスを提案しましょう!」
会場が笑に包まれ、より賑やかな話し合いが行われていった。
俺のグループは、わりと現実的な案にまとまっていった。これではもう既にありそうな施設になってしまう気がしたが、もう戻せなかった。
逆に隣のグループからはまだ夢の中にいるのではないかと思える意見ばかりが聞こえていた。
やがてグループワーク終了の時刻が来た。
「皆さん、時間です。書き込んだシートを提出してください。まとまっていなくて結構です。今日はグループ毎の発表はしません。これは研修会ではありません。これから現実的に提案書にまとめていきますが、それはどうか私に任せてください。皆さんのテーブルを回って意見を聞いていましたが、大きな方向性は皆さん同じかなと思います。それを確認します」植田さんが指を立てる。
「まず、誰でも使える場であること。これはほとんどのグループで出ていたと思います。これはつまり、フリースペースがメインとすることを意味しているかと思います」また指を立てる。
「もう一つが、とはいえ一人でも使えるというもの。これも大切なことだと思います。これはフリーwi-fiやトレーニングマシンの設置などをしていくイメージ。気軽さも必要です」もう一つ指を立てる。
「そして最後は、実は一番大切だと私は思っているのですが、どこからも出ていませんでしたので、今お話します。それは、『コンテンツが作れる』ということです。ただ施設を作って、『誰でも使える場所だから来てね』と言ったところで、人は来ません。そこでなにができるのか。来て、何をするのか。それが最も重要です。そこに対して我々ができることは何か。実はお配りしていた資料に、クラブハイツリーの参加者数に関する情報があったのにお気づきになりましたでしょうか?我々のクラブで最も多く人が参加するのは、テニスとフットサルです。この二つをクラブハウス内でできれば、人を集めることは確実にできるようになります。人に施設を作ってもらうのに、『人が集まるように頑張ります』だけではダメです。確実に人を集められるやり方をしなければなりません。そして我々は、視察によってその実現方法を見ました。1回目の視察で答え合わせは完了していたのです。フットサルとテニスができる屋根付きコートを作りましょう!」


その日の夜。
俺は妻と二人で向かい合って夕飯を食べている。
「いやー。凄いことになりそうだぞ。最初はみんな、クラブハウスを作るといったら、家というか、部屋というか、そういうものをイメージしていた」
妻は何も言わずに聞いている。
「それが視察に行って凄い立派な施設を見て、逆に凄いささやかな施設も見て、それで最後の会議で俺は、『現実的な提案』と言われて、あの立派な施設はどこか頭の中へしまい込んでしまった。あれは現実的じゃない、と。こっちだ、と」
妻が漬物を口に運び、それを味噌汁で流し込み、こちらを見た。それで?ということだ。
「でも植田さんにしたら、あっちこそが現実的だったんだ。あれがなきゃ話にならないと言っていた。普通はな、あんな立派なものを見たら、これは“できたらいいね”っていう、当たったらラッキーなおまけみたいな感覚でいたと思うんだよ。ダメ元でお願いして、作ってもらえたらラッキーみたいな感じだ。でも植田さんはそうは考えなかった。あったらいいなではなく、なきゃダメだと考えた。俺もこの前、聞いて納得した」
「ふーん。で、できそうなの?」
「それは分からん。提案書を作って、村の検討委員会で提案すると言っていた」
「できるといいわね」
「ああ、本当にそう思う」
最後の一口の飯を口に運んで、ごちそうさま、と言って食器をシンクに入れる。テーブルに戻って茶でも飲もうかと思ったが思い直し、スポンジを手にして、洗剤をつける。グシュ、グシュと泡が立つ。
「あら、やるからいいわよ」と妻の声がするが、それに俺は無言で答える。
どうやら俺は、ワクワクする気持ちを抑えきれないでいる。

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今回は村から提案を1年近く先延ばしにさせたクラブハウスの建設について。クラブハウスプロジェクトの動きを会員の大館視点で描いてみました。このスピード感でバンバン進めていったプロジェクトの成果である提案書を、植田はどうまとめて、どう提案するのか。乞うご期待!


総合型地域スポーツのマネジメントを仕事としています。定期購読マガジンでは、総合型地域スポーツのマネジメントに関して突っ込んだ内容を毎日配信しています。ぜひご覧ください!https://note.com/kenta_manager/m/mf43d909efdb5