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クラばな!(仮)第27話「クラブハウス」

〜千賀村役場企画課長 森の視点〜

「1年延期しませんか?」
この植田の発言にその場が凍りつく。
会議には千賀村役場の壮々たる面子が揃っていた。
教育委員会事務局長、保健福祉課長、建設課長、総務課長、それに企画課長の私。そこに一人、異質な存在として植田はいた。そしてまさかの1年延期の提案。
議題は、千賀村複合型施設の建設について。震災などの有事の際に災害ボランティアセンターの拠点となり、平時には福祉の機能を持ち、日常的に人が集まる場となることを目指した施設だ。
ただ千賀村単独で用意できる予算がない為、総合形地域スポーツクラブであるクラブハイツリーに声を掛けたのが、私だ。
一般的な総合型地域スポーツクラブの掲げる理想の一つにはクラブハウスというものがある。クラブの活動拠点となり、会員が集える場所。まさにクラブにとっての家となる場所のことだ。国もこれを認めているから、クラブハウスの建設には、条件を満たせば独立行政法人から助成金が出ることになっている。千賀村はこれを狙っている。だから『複合』の一つに、『総合型地域スポーツクラブのクラブハウス』が含まれることになった。
それが今、厄介なことになろうとしている。

植田は凍りついた場を強引に砕くかのように続けた。
「この検討会議がスタートして、クラブハイツリーとしても提案をさせていただいてきました。この話はクラブハイツリーにとってはとても有難い話です。しかし、何度も申し上げた通り、今の規模的にも運営組織的にも未熟過ぎるうちのようなクラブには、時期尚早なんです。でも、そこは何とかします。何とかするのですが、このまま建設ありきで、建物を建てることがゴールに見えるやり方では、ちょっと自信がありません。うちが責任を持って『建物の中身』を作っていくには、そのプランを立てる時間が必要です。どうかその時間をください。皆様にはご迷惑をおかけしますが、どうかご理解いただきたい」
建設課長が口を開く。
「そんなの今更言われてもなー。もう業者とか声かけ始めちゃったよ」
「それは本当に申し訳ありません。しかし、今だからこそ、の提案なんです。十分に検討がされて、施設を建設した後にその施設がちゃんと中身を伴って運営されていくという確信が持てれば問題なかった。でも、ここにはこの建物をどんな風にしていきたいか、語れる人がまだいないように思ったんです」
その場の誰も口を開かないのだから、植田の指摘はある程度的を射ているのだろう。
「失礼を承知で申し上げると、このまま建物を建てると、この施設の運営はうちに丸投げという形になるというのが私の正直な見立てです。実際、この会議でもうちが意見を求められることが凄く多い」
「いいじゃないか。やりたいようにやれるじゃないか」またも建設課長が言う。
「はい。それは正直、私個人としては嬉しいです。想像しただけでやり甲斐があります。ニヤニヤしてしまいます。でもそこには組織としての大きな責任も生じると思うので、ちゃんと計画を立てたいんです。今のままだと、村の提案にただ乗っかっている状態なんです、うちは」
ここで教育委員会事務局長の田中が口を開く。
「教育委員会としてもお願いしたい。有事の時以外は、このクラブハイツリーが中心になって施設をまわしていくとは間違いないでしょう。そこがそう言ってるのだから、理解してあげて欲しい」
「でもね、もう村長もゴーを出してる案件だし」と今度は総務課長が言う。
「うちも早い方が有難いわ」と保健福祉課長も続ける。
「何も中止して欲しいと言ってるわけじゃない。1年延期したいというだけだ。その方がいい施設にできると思う」田中が言う。
このままだと対立構造ができかねないと思った私は、口を挟むことにする。
「1年延期すると困るところはありますか?保健福祉課は早い方がいいということですが、具体的には?」
「いや、具体的に何ということはないけど」
「では他の課はいかがでしょうか?」
特に誰も口を開かない。
「ではどうでしょうか。村長には私から相談しておきます。もし反対された時には再度この会議を開いて検討してみては」
意義なし、との声が聞こえ、特に反対意見は出なかった。


「いやー、あれ、よく言ったね。いつから考えてたの?」
翌日の地域おこし協力隊の面談で私は植田に聞いた。田中も同席している。地域おこし協力隊とは毎月1度、個人面談をすることになっている。偶然にも今日は植田の番だった。
「実はわりと最初の方の会議で、何となくこれはヤバそうだなという疑念はありました。よく聞く『ハコモノ行政』にはまってないか、と」
「確かに」と隣の田中が頷く。
「確信に変わってしまったのは、『この施設の理念は何か』と私が問いかけたことに対して、あの会議の場がシーンとなってしまった時です。完全に滑ってましたよね、あの場で、私は。たぶん中には、そんなもの必要かと思ったかたもいたのではないかなと思うんです。それで、あ、これはうちに丸投げするつもりだぞって、思いました。もしかしたら丸投げという意識すらない、“当事者不在状態”だったかもしれない。このままいくとマズい、と思いましたよ。かなり焦りました。どうしようかと。でもこれは逆に、プランさえ作れば大チャンスだなと」
「はー!一人でそんなことを考えてたの!?」私は正直言って驚いた。私は、とにかくクラブハイツリーは、建物を建てれば喜ぶだろうと思っていた。確かにクラブハイツリーからしたら、建物を建てた後がスタートだ。本来であればあの場の全員がそうなっていなければおかしいのだが、そうなっていなかったのは植田の言う通り、みんな平時の運営はクラブハイツリーに丸投げするつもりだったのだろう。または当事者としての意識が全くなかったか。
「村長は1年延期を認めたよ」と私が報告すると、「本当、有難うございます」と植田は深々と頭を下げ、隣の田中は「責任はさらに重大になるぞ」と植田にハッパをかけた。
植田は不敵な笑みを浮かべて親指を立てる。
それに合わせて田中も親指を立て、私もそれに合わせる。
いい年をした男三人が会議室で親指を立てている光景は他の職員に見られたくないなと思うが、私は何となく、この施設はいいものになるぞ、と予感した。

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今回は、クラブハイツリーにとってはクラブハウスとなる施設の建設の延期を巡って行われた会議を、役場職員の視点から描いてみました。
何とか自分のペースに持っていった植田とクラブハイツリーはクラブハウスをどういう形で作り上げていったのか。乞うご期待!(実は当マガジンのビジュアルになっている写真の施設がそれです笑)

総合型地域スポーツのマネジメントを仕事としています。定期購読マガジンでは、総合型地域スポーツのマネジメントに関して突っ込んだ内容を毎日配信しています。ぜひご覧ください!https://note.com/kenta_manager/m/mf43d909efdb5