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クラばな!(仮)第11話「村議会」

〜役場職員 森の視点〜

ノックする音に続いて、ドアが開く。そこから覗いた顔を見て、安心した。植田だ。やっと来た。といってもまだ議会開始の5分前。問題はない。ないが、議員を始め、他の参加者は既に揃っている。
「こんにちはー。失礼します」植田は何食わぬ顔で入室してきた。教育委員会事務局長の田中が指差して、植田はその隣の席に座った。植田はクラブのマネジメント業務を一手に引き受けているだけでなく、指導の業務もかなりやっている。忙しいのは分かる。しかし議会くらいもっと早く来れないかと、正直思う。

今日は千賀村議会の社会教育委員会で、一般社団法人クラブハイツリーの報告をお願いしてある。村から補助金を出している団体の責務と言っていい。しかし植田に気負いは感じられない。こればかりは育った文化の違いなのかもしれない。

委員会が始まった。村長の冒頭挨拶の後、議題に入る前にクラブハイツリーの報告が求められた。
「では一般社団法人クラブハイツリーから報告をお願いします。」千賀村村議会議長が言うと、植田が席から立ち上がり、話し出す。
「一般社団法人クラブハイツリーの植田です。本日は貴重なお時間を頂きありがとうございます。平成30年度の事業報告をさせていただきます」植田は手元のタブレットを操作して資料を表示させた。議会ではペーパーレスの取り組みとして、全ての議員にタブレットを配布し、あらゆる会議での資料は全て電子データを採用している。植田が手元で操作を行うと、参加者全員のタブレットの表示も変わるようになっている。
「では最初に会員数についてご報告致します。平成30年度の会員数は520名で、昨年度を大きく上回ることができました。また、年間参加者数も1万5千人となり、これも昨年度を大きく上回っています。いずれも過去最高の数字です。大きな要因は、村に建てていただいたクラブハウスのおかげです。隣接されたコートでの活動をたくさん作ることで、クラブを大きく成長させることができました。改めて感謝申し上げます」確かに平成29年度からの比較で見ると、これまでにない伸びを見せている。2億円をかけて建設したを有効活用できているということか。千賀村の財政課の長としては、ひとまず安心した。いわゆる“箱物行政”という批判は今でもよく耳にする言葉だ。行政が建物を建てても結局活用されず、行政は建てるだけ建てて後は放置、という意味の批判だ。
クラブハイツリーのクラブハウスは、村としては『災害拠点』という立ち位置で建設した。しかし災害拠点は当然、災害が起きなければその役割は生じない。では平常時はどうするかという話になった時に、クラブハイツリーに白羽の矢が立った。平常時はクラブハイツリーが活用して、地域住民を集める。そして地震や洪水などの災害が起きた際には避難所や災害ボランティアの派遣センターとして機能させる。普段からそこにコミュニティがあることで、有事の際に連携できるというのが構想段階の思想だ。クラブハイツリーがテニスやフットサルで利用している屋根付きの人工芝コートは、資材置き場に変わる。
まずは平常時の利用については合格点と見ていいだろう。それが私の見立てだった。
「また、テニス部門では小学生の会員が全国大会に出場、さらにクラブハウスや運営手法について視察にいらっしゃる総合型地域スポーツクラブや自治体も多く、県内外に認知していただけるクラブとなってきました」さらに詳しい活動内容や決算などに説明が及んだ後、質疑となった。そこでまず手が挙がったのは、元体育協会会長の宗馬だ。
「えっと、周りの人から色々聞いてるんだけど、この決算、利益が出てるけど、これはいいの?NPOってのは、営利じゃないんだから」宗馬が言うと、議長が指名するのを待たずに植田が答える。
「ご質問ありがとうございます。利益を出すのはむしろ義務と思っています。赤字では持続できませんから。村からもご支援いただいている価値ある活動だと自らも認識しているので、必ずや黒字経営をして、長期運営を実現したいと常々思っております。また、当方はNPO法人ではなく『一般社団法人』ですが、いずれにせよNPO法人と同じように非営利目的です。非営利の定義の通り、利益は全て次の年度の事業費に充てられます」植田が言い終わると、議長は質問をした宗馬に「よろしいか?」と確認をした。宗馬は目で合図をして、よろしい、という意思を示した。
「では他に質問がある人は?」議長が次の質問を促したところ、また手が挙がった。質問が許されたのは今年度の新人で元高校教諭の荒井だ。
「荒井と申します。ご報告ありがとうございました。質問は、会員の村外の人の割合について、です。現在、会員の割合はどうなってますでしょうか?」言い終わると、またすぐさま植田が答える。
「ご質問ありがとうございます。会員の割合については、村内のかたが6割、村外のかたが4割です」植田は簡潔に答える。するとさらに、「4割が村外ということですが、それは増えていますか?減っていますか?」と荒井が続けた。
植田が、「増えています。それこそクラブ設立当初は100%村内のかたでしたから。徐々に村外のかたが増えてきています」と答えると、待ってましたと言わんばかりに荒井が話し始める。
「村はね、補助金を出して、あんな建物まで建てて、それをなんで村外の人が利用してるのかという話なんですよ。そんなに村外の人がいるなら、千賀村が補助するのはおかしいんじゃないですかね」
またその話か、と呆れる。植田を見ると、少し驚いたような表情を見せながらも、またもすぐさま答える。
「まずクラブハウスの建設については、我々としては非常に有難いお話だったと今でも思っております。建設の準備段階では、我々も施設を魅力あるものにすべく意見させていただきましたが、あくまで主体は千賀村ですので、もし利用方法に問題があるのであれば問題解決に我々も取り組みます」植田がさらに続ける。
「さらに、村外のかたが増えたのは、クラブの持続可能性を高める為に会員数を増やす必要があり、村内のかただけでは到底目標値に届かないからです。パンフレットの配布などを村外にも積極的に行っています。そうやって村外のかたが村内のかたと一緒に活動をして、お互いの利益になっていると考えています。村外のかたなしでは、クラブの経営は成り立ちませんから。千賀村住民の満足度に目を向けるなら、村外のかたを取り込むのは理屈にかなう方向性だと確信しています」植田は少し興奮したように言い終えた。
その通りだ、と思う。村の中には村外の人を排除しようという考えを持つ人がいるが、それは完全に間違っていると断言していいと思う。人口が減少する社会で、たった5800人程度の村が単独で生きていこうとするなんて、無理だ。それではあらゆるコミュニティが存続不可能になっていく。それは周辺の町村だって同じ事情だ。だから手を取り合い、境界線を越えて作る総合型地域スポーツクラブのようなコミュニティが必要なのだ。植田のようにはっきりと語ってくれる団体が村にあることは有難い。
「村としてはどのようにお考えか?」今度は議長が議場に投げ掛けた。
役場職員達が目配せをして牽制し合う。すかさず挙手をした。ここは私がいくべきだと判断した。議長が「財政課課長、坂井君」と指名した。
「財政課の坂井です。村としましては、総合型地域スポーツクラブの目的の一つである多様なかたが交流を図る場として機能していることを歓迎しています。村外のかたが村に来てくれていることも、前向きに捉えています。送迎に来たお母さんがたが村のスーパーで買い物をしてくれているかもしれないし、交流人口が増えていることは喜ばしいことだと考えます」そう答えると、議長は再び荒井を見た。
「分かりました。ありがとうございました」荒井はやや納得しない表情のまま引き下がった。

「ありがとうございました」
委員会終わりに植田が話しかけてくる。
「なかなか緊張感ある場ですね」全く緊張感を感じさせない表情で言う。
「でもさすがだね、堂々と話していて。説明もよく分かったよ」と返すと、「ありがとうございます」と返ってくる。謙遜しない姿勢は、私は気に入っている。しかしそれを気に食わないと感じる人もいるのも事実だ。
「これからもどんどんやっちゃってよ」と伝えると、「はい、やるしかないですからね」と植田は答えた。
「ではこれで失礼します」植田は一礼して議場を出て行った。
そこで教育委員会事務局長の田中が話しかけてきた。
「植田君、何だって?」
「いや、特に何かを言ってたというわけでは」
「そうか。実はちょっと心配しててね」と田中。
「それはどんな?」
「いや、無理してないか、というか、彼にはここまで頑張るメリットがあるのかなって。村を代表する議員からあんな言われ方したりして。それに、もう協力隊の任期も終わって、今は一人で法人を切り盛りしてるでしょ」田中が不安の中身を話した。もちろんクラブハイツリーには植田以外にもスタッフが数名いるが、何かと植田に依存している様子はうかがえる。
「そうですね、確かに」それは私も感じていた点だ。
植田は東京出身で、有名私大を出て有名企業に就職していた経歴を持つ。千賀村の地域おこし協力隊になった際には、年収が半分にまで減少したという。これまで植田は「やり甲斐があるんで」と私の心配を一蹴してくれていた。
「何かさ、背負い過ぎている気がするんだよな。弱音も吐かないし。千賀村も彼にいつも任せっきりにしてきただろ。彼はそれをやり甲斐と捉えて来てくれたけど、じゃあその“やり甲斐”を感じなくなったらどうなる」と、田中が言うのを聞いてドキッとした。
『やり甲斐』はいつかなくなるのではないか。目標を達成したら、何かをやり終えたら、あるいは報われないと感じたら・・・。
植田が作成した資料に目を落とす。そこには植田が来てから右肩上がりのグラフがいくつも並んでいた。
植田が“終わり”を設定しているとしたら、それはどこなのだろうか。いくらグラフを眺めても分からなかった。
「このままいくと思わない方がいいかもな」と言い残し、田中も議場を後にした。
このままいくと思うな、か。未来はいつでも分からないが、楽観できる未来があったことなどない。そのことに気付く。

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今日は議会でクラブの事業報告する場面を、役場職員の目線から描いてみました。
議員の中には否定的な見方もある総合型地域スポーツクラブ。クラブハイツリーの将来は如何に!?乞うご期待!

総合型地域スポーツのマネジメントを仕事としています。定期購読マガジンでは、総合型地域スポーツのマネジメントに関して突っ込んだ内容を毎日配信しています。ぜひご覧ください!https://note.com/kenta_manager/m/mf43d909efdb5