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【小説】クラマネの日常 第15話「なるべく安くって何ですか?」

 僕はひょんなことをきっかけに、千賀村という小さな村にある総合型地域スポーツクラブのマネジャーをすることになった。
 竹内隼人。それが僕の名前だ。郷田さんという役場職員のかたに強引に誘われて、この仕事をすることになった。仕事には慣れてきたと思う。でも、このクラブで働いているとまだまだどうしたらいいか分からなくなる時がある。

 これはいつのことだっただろうか。もう3年くらい前のことだと思う。僕たちのクラブは、会員とクラブマネジャーが話し合いをする会議を年に1回か2回行っている。そこで僕たちは、クラブの色々なことを話し合う。コーチについて話し合うこともあれば、会費のことで話し合うこともあるし、千賀村について話し合うこともある。3年前のその日も、会議室に会員10名くらいとクラブマネジャーの僕と中山さんという人が話し合いを行った。毎年11月くらいにやっている会議だから、その年もそれくらいの季節だったのだと思う。

 中山さんはそこに大きな議題を持ち込んでいた。それが年会費の導入についてだった。中山さんは会議の前に言っていた。「この年会費の導入は、どうせやらなければならないものだとは思います」と。その意味が気になった僕は、「じゃあなんで会議で意見を聞くんですか?」と質問をしてみた。すると中山さんは、「それは、このクラブでは最終的に決めるのは会員一人一人の一票ですし、それに、年会費の導入で会員数が減るとしたら、それはどれくらいになりそうか、確認したいからですよ」と言った。僕は、「はぁ」と言った。

「それでは今年度のクラブミーティングを始めます」形式的に僕が進行を務める。マネジャーからの提案は中山さんが説明する。立場としては中山さんが後輩となるのだけど、年齢は中山さんが上だし、何より僕が説明をするより絶対にいい。だって実は、僕にはまだ、年会費がなぜ必要かだって分かっていないのだから。僕はミーティングを進める。
「この会は、クラブをより良くする為に、会員の皆さんと我々クラブマネジャーが意見交換をすることを目的としています。是非正直なご意見を自由に発言してください」と僕が言っても、会場はしんとしている。当然だ。
「とはいえ、何もない状態では意見も言いにくいと思いますので、まずはマネジャーからの提案を先にさせていただきます」僕がそう言い終えると、隣の中山さんが立ち上がる。
「こんばんは!サブマネジャーの中山です!」中山さんは立ち上がりながら大きな声で言う。
「来年度の事業計画でご提案したいのは、年会費の導入です」中山さんが言うと、それまで静まり返っていた会場がざわついた。みんなが隣の人と顔を見合わせ、一言二言声を交わしていた。
「年会費とは、その年度、クラブに所属するのに必要な会費のことです。現在は集めていませんが、毎年一定額を納めていただくようにして、会費収入を安定させたいというのが目的です」中山さんが言うと、一人の比較的高齢に見える女性が手を挙げた。「よろしいかしら」
 僕が、「どうぞ」と促すと、「その年会費と言うのは、いくらなんでしょうか?」と言った。すると中山さんは、「それは今からみなさんの意見を聞いて、さらにアンケートも取って決めたいと思います。でもそれよりも、皆さんが年会費を必要と思うかどうかが大事だと思っています」と言った。
 すると今度は、一番後ろの席に座っていた男性が手を挙げながら言った。「なんで年会費が必要か説明しろよー!」
 その威圧感のある声に、会場がまたさんとなった。中山さんは動じずに説明を始めた。
「先ほど申し上げたように、年会費を集めたいのは、会費収入を安定させたいからです。クラブの会計は1年間です。1年間分の一定の会費収入を先に得ることで、資金繰りが楽になります。また、これまで助成金や補助金に頼って運営をしてきましたが、それはいつまでも続くものではありません。いつかはそれがなくなり、受益者である皆さんがその分を会費で負担することになります。その時に、年会費がなければ、参加費や各活動の会費の上がり方が大きくなります。つまり、たくさん活動に参加する人ほど負担感が増すというのとです。これは、クラブにより多く参加する必然性を損なわせます。年会費を設定することで、一定額については会員みんなで平等に負担するので、クラブ運営の負担感がならされる効果があります。これが年会費を導入すべき理由です」中山さんは、質問(?)をした男性を観た。男性は何も言わずに、腕を組んでふんぞり返って座っているまだった。
 一応僕は、「よろしいでしょうか?」と伺った。男性が頷いたように見えたので、僕は、「他にご意見はありますか?」と会場に投げかけた。
 すると今度は、会場の中では若そうに見える女性が手を挙げた。子どもの会員のは保護者だろうか。
「年会費はいいと思います。平等という点も、いいと思います。先ほど、金額はアンケートなどで決めると仰いましたが、とはいえ、これくらいにしたいなという希望がマネジャーとしてはあるのではないですか?」と言った。
 すぐに中山さんは立ち上がり、「有り難いご質問です」と言って、説明をした。「今くらいなら会員数で、今くらいの参加費でやっていくとすると、年会費の目安は8000円程度が妥当だと思っています。そうすると参加費は極力抑えられ、いずれ消費税を納めなければならなくなった場合にも、納税額を抑えることになりますから」
「8000円ですか。少し高いですね」と若い女性は言った。さらに続けて、「参加費は、参加する費用として納得しやすいと思うのですが、年会費は一見何の費用か分かりにくいので、8000円は厳しいかもしれませんね」と言った。中山さんさそれに対して、「ご意見ありがとうございます。アンケートも取って、妥当な金額を設定したいと思います」と答えた。女性は、「なるべく低く設定してください」と言いながら、席に座った。
 それからの意見は、活動単位の指導の細かい点や、時間変更の希望、千賀村に施設を作ろうという夢みたいな意見が続いて、ミーティングは1時間程度でお開きとなった。
「では今日のアンケートは、前に出してお帰りください」

 翌日、事務所へ出勤すると、中山さんはもう席に座ってパソコンに向かって作業をしていた。
「おはようございます」僕が声を掛けると、「あ、おはようございます。竹内さん」と顔を上げた。
「昨日はお疲れ様でした。どうでした?昨日のアンケート結果は」
「先程、全て目を通してまとめました。年会費については、ほとんどの人が納得してくれています。ただ、金額についてはバラつきがあって、1000円という人もいれば、8000円でいいという人もいるし、そのあたりの間をとったと思われる4000〜5000円という意見も多かったです」
「どうするんです?」
「そうですね。これは誰かが決めて総会に提案しないといけないので、まぁ、アンケートでも一番多いのは4000〜5000円くらいですし、キリよく5000円でいいのではないでしょうか」中山さんが言うのを横目に、僕は中山さんがまとめたアンケートに目を通す。すると、会費額の欄に、ある回答が多いことに気が付いた。
「あの、この、『なるべく安く』というのが一番多い気がするんですけど」と僕が言うと、中山さんは、「そうなんですよ」と頭をパリパリかいて言った。「なるべく安くって困りますよね」
 確かに、と僕は思った。なるべく安くと言われても、それが一体いくらを指すのか分からない。なるべく安くと言えば0円だけど・・・。
「そうですね。なるべく安くって、別に余計に高くはしないですよね」と僕が言うと、「本当にその通り」と中山さんはしみじみと言った。そして、「このあたりがマネジャーの辛いところですよね。クラブのマネジメントを任されて、クラブの為を思って提案しても、“人から金を取り上げる悪者”みたいに思われて」と言った。
 それきり中山さんは、パソコン画面に向かい、作業に戻る仕草を見せたので、僕も話しかけるのをやめた。きっとミーティングで出た意見やアンケートは、中山さんがうまくまとめて計画に盛り込むだろう。そこは中山さんに任せることにして、僕は僕の仕事をすることにする。

総合型地域スポーツのマネジメントを仕事としています。定期購読マガジンでは、総合型地域スポーツのマネジメントに関して突っ込んだ内容を毎日配信しています。ぜひご覧ください!https://note.com/kenta_manager/m/mf43d909efdb5