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クラばな!(仮)第58話「クラブは俺たちのもんだろ」

~クラブマネジャー 大野の視点~

クラブハイツリーはテニス部門を柱に、約10の種目を持つ総合型クラブだ。その中には、特定の種目によらない活動もいくつかある。コーディネーショントレーニングとスポーツ広場がこれにあたる。
コーディネーショントレーニングの小学生クラスを俺が指導しているのだが、昨日はちょっと頭を悩ませることがおきた。

「はい、じゃあ時間になったから始めようか」俺は会場に集まったメンバーに向かって声をかけた。
しかし子どもたちは集まってこない。そして、「鬼ごっこやろうよ~」と言っている。ずっと、言っている。俺がいくら、「鬼ごっこもやるけど、まずは体操したり、コーチが考えたメニューをやったりするよ」と言っても、「え~、鬼ごっこしたい~」と言い続けている。
俺が根負けして、「じゃあ最初にやろうか」というと、鬼ごっこが始まる。「じゃあコーチが鬼ね。5万秒数えて」などと言っている。「そんなに数えてたらクラスの時間終わるよ」と言っても、「5万秒数えてよ~」と譲らない。完全に悪乗りだ。悪乗りと分かっていても、もう埒が明かないのでやってみると、案の定、200秒くらいで「もういいから追いかけて」と言い出した。
鬼ごっこは終わらなかった。10分、15分、20分と続いた。「もうそろそろ他のコーディネーションやろうよ」と言っても、「え~!まだ鬼ごっこやりたい」と言って聞かない。とうとう「俺たちがやりたいことをやらせてよ」と言い出す子も出てきた。一人だけが言っているなら俺も別のメニューへ行けるのだが、その場の全員が「鬼ごっこ」というものだから俺も正直困ってしまった。困って、困って、怒ってしまった。「鬼ごっこをずっとやってたいなら、外でやって来い」と。
大人が怒れば子どもは黙る。黙って、言うことを聞くようになる。
残り時間を俺が事前に作ってきたメニューを子どもたちはこなしたが、雰囲気は最悪だった。みんなやらされている感が満載だった。俺は後悔に苛まれながらも、もうこのまま突っ走るしかないと思って、その日の指導を終えた。

その日の夜。もう一人のクラブマネジャーの植田にそのことを話した。
「あ~、分かります分かります。私も同じことでよく考えますよ」
「ホントですか!?」
「えぇ。こちらは色々と準備していくけど、子どもたちのやりたいことと違っていた時にどうするか。強引に進めるとモチベーション上がらないし、かと言って子どもたちの言うとおりにやったからといってうまくいくわけでもない」
「そうなんですよね」
「さらに難しいのが、クラブハイツリーは我々スタッフのものではなく、会員のものだということですよね」
「ん?それはどういうことですか?」
「あ、いや、クラブの最も重要なことを決めるのは総会で、その総会の構成員は会員じゃないですか。これはつまり、クラブは会員のものだということですよ」
「あぁ、なるほど」俺は分かったふりをする。
「だから会員がこうしたいと言えば、そうするのが基本ではあるんですよね。ただ、子どもの言うことだとそうもいかない」
「そうなんですよね」
「だから我々は考えるしかないんです。会員、子どもたちを尊重しながらも、子どもたちの為になるやり方をこちらで考えて実行する。さらに、会員が気持ちよく活動ができるようにうまくもっていく」
「それ、めちゃくちゃく難しいじゃないですか」
「そうですね、難しいですよね。でも、やるしかないと思います」俺たちはそれきりで話題を終えて、それぞれの残務処理にかかった。

翌週のコーディネーショントレーニングのクラス。
「よし、始めるよ~!」俺が子どもたちに集合を促すと、先週のことなどなかったかのように「今日も鬼ごっこやる~!」と一斉に言い出した。俺はもうあの雰囲気にはするべきじゃないと思って、「よし、じゃあ鬼ごっこやろうか。何分までやるか決めない?」と提案した。
「じゃあね~、30分までは?」
「分かった。途中で休憩しながらやろうね」
「じゃあコーチが鬼~!10秒数えてからスタートして!」

その日の鬼ごっこは30分で終わった。少しだけ「まだ鬼ごっこやりたーい」という声は残っていたが、それでも次のメニューにスムーズに移行できて、雰囲気は悪くなかった。きっと怒って言うことを聞かせた先週よりも、トレーニング効果は高かったと思う。
正しいことでも、当の本人たちが前向きに取り組めなければ効果は望めない。会員主体だからといって、会員のやりたい放題だと破綻する。もちろん、コーチの言うことを聞かせるというのも違う。お互いがお互いをリスペクトし、お互いのアイデアを出し合い、一番ハッピーなやり方を探す。
結局はそういうことを繰り返していくしかないんだろうなと思う。
クラブは彼ら会員のもの。でも、俺のものでもある。俺が主役ではないが、出演者の一人であることに変わりはない。
そういうことなんだろうと思う。

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総合型地域スポーツのマネジメントを仕事としています。定期購読マガジンでは、総合型地域スポーツのマネジメントに関して突っ込んだ内容を毎日配信しています。ぜひご覧ください!https://note.com/kenta_manager/m/mf43d909efdb5