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アクアリウム25

吐息のような音と共に、バスが到着した。
湿気のせいか、湿っぽい排ガスの匂いが鼻腔をついた。

バスの中に乗客は少なく、僕と力亜はバスの後方
二人掛けの座席に座った。曇りガラスに早速何かの数式を
書く隣の変装男を見ていると、気持ちのやり場に困ってしまう。

水族館までは、このバスに揺られること15分。
お尻に感じる振動に、ぼんやりしていた。
力亜は数式が解き終わると、バスの天井近くに貼ってある
水族館の広告を眺めていた。

白イルカが、可愛い顔でこちらに笑いかけているようにも見える
写真。人気者はいつだって、主役だ。

「なぁ、人類が犯した一番の過ちって何だと思う?」

「戦争とかかなぁ?」

「短絡的だなぁ。もうちょっと深く考えてみなって。
人類が殺しあうことは、数が減るってことだから
必ずしも悪いことではないと思うよ。」

「どの角度で物を見てるんだよ?力亜は。」

「まぁまぁ。もちょっと前の話だと思うよ。」

「うーん。経済かな。経済的理由なくして、戦争は生まれないって
日本史の先生が言ってたんだけど。」

「そうだな。さすがに、金銭流通の発明は自殺行為だ。」

「力亜が考える過ちはなんなの?」

「・・・・陸に上がったことだと思う。」

「それって、人類になる前の話じゃないか。」

「人類には、フロンティアスピリットがあり過ぎるんだ。
今度は宇宙まで行こうとしているじゃないか。愚かな。
いいかい?このイルカみたいに、海にとどまっていれば
地球をめちゃめちゃにしないで済んだのかもしれないんだよ。」

「イルカやクジラは一度地上に出てから、戻ったって説が有力だけど。」

「尚の事、彼らは賢い。本能的に陸で進化をしたら
地球の害になってしまうことを悟ったんだ。
人類はそれに気がつかなかった。生物的な子孫繁栄の原理にのっとって
さまざまな環境を生き抜くために開拓していったんだ。」

「それって、過ちなのかな?」

「そうとも。過ぎたるは及ばざるが如し。
釈迦も中庸が肝要って言ってる。
人類は実に単純ゆえに、恐ろしい。あのイルカの顔、見てみなよ。
平和の象徴の様じゃないか。すべてを悟った神はきっとあんな顔してるんだ。」

「イルカの顔見て、そこまで考える奴なんていないと思う。」

「イルカの顔みて何も感じない、方がどうかしてるよ。」

力亜と話していると、いろんな角度が反転してりして
実に新鮮な気持ちになると同時に
ほんのちょっぴり怖くなる時がくる。力亜の底知れなさを覗くと
どこか深い所に、飲み込まれそうな気分になる。

「それにしても、イルカっていうのは…か 可愛いなぁ。」
ニッコリしている横顔を見て、先刻の不安は薄らいだ。

停留所にバスが止まった。
機械的に開く扉から、数人の乗客が乗車してくる。

(あ。)

僕は、一瞬目を疑った。

何と、彼女が、乗ってきたのだ。

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