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歩き方の謎

K.S.R.C ResearchReport FileNo.200033
オリジナル公開日 2000/8/26報告
  報告者:シルビー

 人は歩くとき手を前後に振る。この事はご存じだろう。
では、その手の振り方に男女差があるということをご存じだろうか。
男性よりも女性の方が手を大きく振るのである。
もちろん、全ての人がそういうわけではないが、そういう人が多い。

 これは、一体どういう事か?

 まず、歩くことに着目してみよう。
人間は他の動物と異なり、2本足で直立し歩行する。
この直立という姿勢は自らの身体にかなりの無理を強いているのだ。
 多くの動物のように4本足で身体を支える場合、その背骨はC字型に曲がっているのに対し、人間の背骨はS字型に湾曲している。
 湾曲した背骨の強度はその曲がり方によって異なってくるのだ。
背骨の強度は仮に真っ直ぐな場合を1としたら、曲がり方の回数に比例し強度が増すことが解っている。
曲がる回数をNとした場合、(Nの2乗+1)倍になるのである。

 多くの動物のようにC字型の場合曲がり方は1であるので、真っ直ぐな背骨に比べて2倍の強度を持っていることになる。
 人間の場合、S字型とは言うものの、実は3ヶ所で湾曲しているのだ。よって曲がり方は3であるので、実に9倍の強度を持っているのである。
 直立して歩く人間の場合、その体重を背骨で支えなければならなかった。したがって9倍もの強度を持った背骨が必要だったのである。
 そして、更に、その強靱な背骨を支えているのが骨盤なのである。
しかし、人間の場合、この骨盤に問題があるのだ。正確に言えば、骨盤の角度に問題があるのである。

 4本足で体を支える動物の場合、骨盤はそれほど重要視されない上に、その配置角度も地面に対して垂直になっている。
しかし、人間は、直立することにより骨盤が斜めになってしまったのだ。その斜めの骨盤の上に背骨が乗っているのが人間の骨格なのである。これは不安定なことこの上ない。

 そういった不安定な骨格を持ちながら直立して歩くにはどうしたらよいか。
 腕を振ってバランスを取りながら歩行すればいいのである。

 これが、歩くときに腕を振る理由なのである。

 もうお解りだろう。腕の振り方に男女の差がある理由は、骨盤の差に他ならない。
女性は男性と違い、その体内で胎児を育てなければならない。その時に、胎児を支えるのが骨盤なのである。そのため、骨盤の角度、大きさとも男性とは異なっている。より地面に水平になった大きい骨盤を持った女性は歩行するときのバランスが取りづらい体になっているのである。

 これが、手の振り方に男女差がある理由なのである。


<解説>

 2足歩行は生物が長い時間をかけて獲得した機能である。
が、テクノロジーの発達はこの2足歩行を機械に行わせることに成功している。
すなわち、ホンダのP2(とその改良型P3)である。

 ロボットの研究が行われ始めた当時から、人間のように歩くことの出来るロボットは研究者の夢であった。
 しかし、欧米ではロボットに対する漠然とした不安感があったのである。
それは、フランケンシュタインの物語から始まっているいわゆる「フランケンシュタイン・コンプレックス」である。フランケンシュタイン・コンプレックスとは、人間自身が創り上げたものによって人間自身が滅ぼされてしまうのではないかという不安感を、SF作家のアイザック・アシモフ氏が名付けたものである。
欧米では、「フランケンシュタイン」はもちろん、「2001年宇宙の旅」で反乱を起こしたコンピュータ”HAL”や、「ターミネーター」、「ブレードランナー」といったロボットやコンピュータが人間に反乱をおこす物語が数多く存在している
 そのため、欧米ではロボット(産業用ロボットのような非人間型ロボットを含め)や遺伝子操作によって生み出される生物や植物への不信感、恐怖感が根強い。

 ところが、日本ではそれほど激しいコンプレックスは見られない。むしろ、ロボットは人間に敵対するものではなく人間の味方や良きパートナー的な位置付けで考えられているようだ。このことは、AIBOに始まった最近のペットロボットブームを見ても明らかだ。
これらの深層にあるもの、それは日本における初期のロボットマンガである「鉄腕アトム」の影響である。
ホンダでは2足歩行ロボットの研究を始めるときに研究者が最初にしたことは、アトムのマンガを読むことだったというから驚きだ。
 それほどまでに、アトムの果たした役割は非常に大きいと言えるだろう。

 スムーズな2足歩行を見せるホンダのP2、P3だが、それ以前のロボットたちの歩行は、お世辞にもスムーズとは言えないものばかりであった。
 2足歩行を考えた場合、歩行のメカニズムを1段階づつ慎重におこなっていく「静歩行」と、連続した動きで歩行する「動歩行」の2つのアプローチがある。人間は言うまでもなく動歩行だが、ロボットにそれを行わせるには技術的に非常に無理があったのだ。そのため、多くの2足歩行研究は静歩行から入っていったのである。
 しかし、静歩行では片足を上げた段階でのバランスの取り方が非常に難しいのである。いや、正確に言えば、歩行のどの段階でも常に重心は移動しているため、全ての段階に置いてバランスをとることが難しかったのである。(逆に言えば、人間はそれほど複雑なことを、苦もなく行っていることになるのだ。)
 では、動歩行はどうかといえば、こちらは更に難しく、研究途上ではバランスを取るアプローチではなく、あえてバランスを崩すような倒れ込む動作の連続で歩行させようという試みもあったのだ。しかし、この方法では5、6歩、歩くのが限界ですぐに倒れてしまっていたのだ。

 それらを解決し見事にP2は動歩行を開始したのだ。
これはひとえにコンピュータの発達による処理スピードの向上と歩行のショックを吸収する素材の採用によるものだろう。もちろん、ホンダの技術者の絶え間ない努力の結晶であるが。

 こういった、ロボット研究は産業用ロボットのようなものの研究と言う意味でも意義があるが、それ以上に人間というものの本質を捕らえ直すのにも大きく役立っているのだ。
歩行と言った動作一つにおいても、人間の歩行を細かく分析しなければ出来なかったのだ。
今後、それこそアトムのようなロボットが出来るまでには、状況判断や手の使い方、人間とのコミュニケーション方法といったありとあらゆる研究が進んでいくだろう。

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