見出し画像

どこまでが人間か

K.S.R.C ResearchReport FileNo.010016
オリジナル公開日 1999/9/3 報告
  報告者:KS

 人間と動物の最大の違いは何であろう。火を使うこと、道具を使うこと。確かにそれらも違いではあるが、道具を使う動物は多い。
 では、最大の違いは何か。それは「言葉」であろう。「言語力」や「論理的思考力」というものは人間にのみ許された能力ではなかろうか。

 しかし、1999年7月25日付けのサンデー・タイムズ紙が報じたニュースが我々に与えた衝撃は大きい。
何と米国アトランタに英語を使って人間と会話するチンパンジーが出現したのである。

 人間の言葉で人間とコミュニケーションするのは14歳の雌のチンパンジー・パンバニシャだ。

 彼女に英語をマスターさせたのは、ジョージア州立大学言語リサーチセンターの科学者チームである。

 会話といっても、もちろん彼女が直接しゃべるわけではない。特別にデザインされたキーボードを持つコンピュータを介して会話するのである。約400のキーには各々カラフルな絵が描かれている。その中には「apple」「drink」といった単純なものだけでなく、「give me」「help」「good」「bad」など、より抽象的な概念のものもある。彼女がこのキーを押すと、その言葉が画面に映し出され、同時に音声を発する仕組みである。

 パンバニシャは同センターで生まれ育った実験用のサルである。チンパンジーを人間と同様の環境で育てると、何が起き、どれだけのことができるようになるのか。この研究を行うために、同センターの科学者は現在6匹のチンパンジーと生活している。
 中でもパンバニシャは、すでに手話を学んでいた。しかし、彼女が手話を使うのは、意志を伝えるためなのか、単なるモノ真似か、今ひとつ判然しなかった。そこで、英語を習得させるという、史上初の実験に着手したのである。

 レッスン開始後、わずか数週間で彼女は「単語」だけでなく「文」を理解したのだ。
彼女は現在3000語の語彙を持ち、自ら文を組み立てる能力を身につけている。「Please can I have some juice with me?」などおねだりは必ず英語でするし、「Matata wants a banana」と他のチームのチンパンジーの要求も伝達するのである。
 ある時、悲しそうにしている彼女に理由を訪ねると、「Kanzi,He wants to be here too」という答えが返ってきた。Kanzi(カンジ)とは仲間のチンパンジーで一時的にセンターを離れている。つまり、彼女はカンジに早く戻ってきて欲しかったのである。

 感情表現もできるとは恐れ入るばかりだが、科学者達をさらに驚かせたのは、彼女の1歳の息子ニュータに自発的に英語を教え始めたのである。ニュータは早くも好物の単語などをマスターしており、人間の一歳児の言語能力とほぼ遜色無いのである。開始年齢が早いだけに、母親を追い越すのは確実と見られているが、そのパンバニシャは今、文字を書く練習に励んでいる。画面を見ながら、チョークで床いっぱいに書いては、科学者達に見せびらかすという。

 類人猿はサル類のなかでも最も進化した動物であり、相当な言語認識能力があることは以前から指摘されていた。実際に1970年代にはチンパンジーとゴリラに各々100語、1000語の手話を習得させている。そのうちゴリラのココは、IQテストで70~90の知能指数を持つと判断されている。
 しかし、実験は手話で留まっていた。と言うのも動物の声帯は人間が使う音声を操れないため、人間の言語で会話させるのは不可能だと考えられていたからだ。今回その壁を破れたのはコンピュータの進歩のおかげだが、ところがその長年の定説もここへ来て覆される状況になってきた。

 最近の実験で、類人猿は人間の言葉を人間が識別できるレベルで口真似できることが判明したのだ。つまり、コンピュータを介さずに直接英語を話して人間と会話できる可能性が出てきたということだ。

 類人猿が人間の特権と思われていた言語能力や思考能力を持つことを証明した今回の発見は、歴史的なブレークスルーである。だが、この発見は一方で、我々人類に新たな難題を突きつけている。

 つまり、人間の言語を話せる類人猿は人間か、動物か、という問題である。

 動物園では類人猿を見せ物にしているし、医学実験には多数のチンパンジーを使っている。
こうした行為は、彼らが物言わぬ動物だからこそできることである。
 事実、生物倫理学者の間ではすでにこの論争が巻き起こり、否決はされたがニュージーランドでは類人猿への人権拡大を求める法案も提出されたのだ。

 いずれにせよ「Of course,we wants human rights」とパンバニシャが主張する前に、我々人類は類人猿の定義を再度明確にしておく必要があるであろう。(2022/4/29注:パンバニーシャは2012年26歳で亡くなっている)


<解説>
類人猿
チンパンジー、オランウータン、ゴリラ、テナガザル

人間の言語を話せる類人猿
 SF映画の名作「猿の惑星」はまさにそんな類人猿が出てくる物語である。
 宇宙飛行士がたどり着いた惑星では、なんとサルが言葉を話し、人間は言葉を話せない世界だった。
実は、この惑星は未来の地球であったというのがオチだが、この映画には続編が製作されている。
「続・猿の惑星」「新・猿の惑星」「最後の猿の惑星」である。
 一連のシリーズで、話せるサルは結局、未来からタイムスリップしてきたことになっている。が、これは因果律が崩壊している。(前回のリサーチ参照)
 タイムスリップに頼らずとも、サルが人間の言葉を話す日はそう遠くないだろう。

人権
慎重派の学者はこう言う。
「人権は責任と一体のもの。言語力だけでは人権は持てない。」


この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?