シンテグレート渡辺氏、石原氏インタビュー(前編)~BIM専門家集団が考えるBIM活用の現状と課題
【はじめに】
今回は、BIMを活用したプロジェクトのサポートやBIMコンサルティングなどを幅広く手がけているシンテグレート合同会社 代表 渡辺 健児氏、同社BIMコンサルタント 石原 隆裕氏をお招きしました。
シンテグレート合同会社は、複雑な形状の建築物・造形物の設計・施工、BIMコンサルティングを得意としており、国内外の大型物件・有名物件のプロジェクトに数多く携わっています。「テクノロジーと感性とコミニケーションで建設の不可能を可能にする」を企業理念に掲げるシンテグレートの取り組みに、Fortec Architect株式会社 大江氏、建設DX研究所所長 岡本が迫ります。
【建築業界の多様なプレイヤーをサポートするBIMの専門家集団】
岡本:まずは御社の事業内容についてご紹介いただけますか。
渡辺:シンテグレートは、カナダ出身の著名な建築家、フランク・O・ゲーリー氏が立ち上げた「ゲーリー・テクノロジーズ」をルーツとしている会社です。ゲーリー氏は、曲線を多用した複雑な形状の建築を最大限コストをおさえて確実に実現するために、コンピュータテクノロジーを活用していました。その技術を専門に扱う会社としてゲーリー・テクノロジーズを設立したのです。
ゲーリー・テクノロジーズには、プログラミングや3Dモデリングに長けたエンジニアが集まっていました。そこで活躍していたメンバーが2013年に香港、2014年に韓国でシンテグレートを立ち上げ、2015年に日本法人を設立しました。
日本進出のきっかけは、東京オリンピックに向けた新国立競技場の建設に、ザハ・ハディッド氏のプランが採択されたことです。結果として建設は白紙になりましたが、流線形の複雑な形状を最適なコストで実現するために、外装BIMの豊富な知見を持った私たちが呼ばれたのです。
現在は、国内・海外のBIMプロジェクトへの参加・サポートを主軸にビジネスを展開しています。コンピュテーショナルデザインのサポートや、オーナーが求める要件に合わせてBIMの運用ルールを決めていくBIMマネジメントなど、多岐にわたる内容を手がけています。
そのほか、設計会社やゼネコンがBIMを実装するためのBIM導入コンサルティング、ソフトウェア・API開発も行っています。私が代表を務める株式会社ヴィックでは、VR/MR、静止画/動画などでのビジュアライゼーションも手がけています。
岡本:クライアントはどんな方々なのでしょうか。
渡辺:アトリエ設計事務所、組織設計事務所、土木設計、ゼネコン、サブコン、建材メーカー、プレハブメーカーなど、建築業界のほぼすべてのプレイヤーとお付き合いをしています。建築の全工程でデータを活用し、業務効率化やコストダウンを目指すのがBIMの根幹なので、特定の業種には限定していません。BIMのソフトウェアは世界中にさまざまな種類がありますが、状況や案件に合わせて柔軟に対応できる体制を整え、お客様との連携を図っています。
岡本:代表的なプロジェクトについても教えてください。
渡辺:日本のスポーツ団体事務所集積ビルのプロジェクトに参加しました。このビルは、デザイン・設計・管理いずれも二次元では扱えないような複雑な形状をしています。当社の技術をフル活用し、設計・施工をサポートしました。
渡辺:某ブランドショップのプロジェクトも非常に複雑な形状でした。船の帆のようなファサードを実現することが求められたのですが、ねじれた三次元形状のガラスを作るためには型から製造する必要があり、大変なコストがかかります。そのため、ローラーで曲げた筒状のような二次元曲げのガラスを組み合わせて立体的なデザインを形成することにしました。ただ、どうしてもガラス間のジョイントにずれが生じるので、そのずれを許容できる範囲をコンピュータ上で計算・調整し、各パーツの最適な形を割り出しました。このデータをガラス工場に提供してパーツを製作してもらい、立体曲面を作り上げています。
岡本:ビルや施設等の大型物件に参加されることが多いのですね。
渡辺:そうですね。「静岡県立富士山世界遺産センター」や「ところざわサクラタウン」など、複雑な形状を形にする大規模プロジェクトに呼んでいただくことが多いです。設計者が描いたデザインを二次元情報で伝えられる技術者は年々減っていますし、施主の要求もより厳しくなっています。ただ、コンピュータ技術を用いれば、非現実的ではないコストで実現が可能です。デザイナーの素晴らしいアイデアを「建築が可能になるように」「コスト内に収まるように」「工場が部品を作れるように」コンピュータで結び付けていくのが私たちの役割です。
【日本と海外ではBIMの活用に大きな違いが生まれている】
岡本:今はコンピュテーショナルデザインをサポートするようなBIMプロジェクトが多いのですか?
渡辺:そうですね。これらのプロジェクトは、要素技術を用いて局所対応で関わっていくケースが多いです。ただ本来は、BIMの国際的な標準ルールをフォローしながら、BIMプロジェクト全体をマネジメントしていくサポートに入るのが理想的だと考えています。
その点、海外ではすでにBIMでプロジェクトのライフサイクルを管理するのが一般的になっています。
まず発注者から、受注や契約に先立って「BIM要求水準書」が出されます。これは発注者がプロジェクトに付随するBIMデータの納品方法や内容を細かく定めたものです。ファイル名やファイルサイズ、アクセス権、ソフトウェアのバージョンなどが厳密に指定されています。
プロジェクトを受注した設計会社は、発注者からのBIM要求水準書やBIMガイドラインに則って、設計段階における「BEP(BIM Execution Plan)」というBIM実行計画書を作成します。その後、発注者の承認を得た上でプロジェクトを進めていくのです。
施工段階に入ったら、今度はゼネコンが入札前に「準備施工BEP」を作成してオーナーに提案をします。契約後は、オーナーと折衝しながら「施工BEP」を作り、実際の施工に入ります。各工程のプレイヤーが自分の仕事の範囲におけるBIM運用ルールを決めていくのが海外プロジェクトのワークフローです。
ドバイの超高層集合住宅の建設プロジェクトでは、BEPの作成やBIMモデリング、プロジェクトマネジメントをサポートさせていただきました。BIM推進室を設置している大手ゼネコン、大手設計会社も多いのですが、まだBEPに基づいた仕事ができている会社は少ないのが現状です。
そもそも、日本では施主からBIM要求水準書が出されることがありません。本来であれば、設計・施工の全工程でデータを共有し、維持管理までつなげていくルールブックとしてBEPを作成するべきです。しかし、日本にはBEPがないため、各プレイヤーがそれぞれやりやすい方法で、BIMを3Dモデリングやデータ管理に利用しています。私は、この日本におけるBIMのガラパゴス現象は大きな問題だと認識しています。
海外では各工程にBIMのスペシャリストであるBIMマネージャーが入り、BEP作成から承認後の運用、施主への報告など、マネジメント全般を行っていきます。BIMマネージャーを認定する資格制度もあり、職種としても確立しているのですが、日本では資格要件もまだ整理されていません。
また、日本のBIMマネージャーは、「Revitが使える」といった技術者寄りの方が多い印象です。ソフトウェアメーカーの資格試験に合格していても、マネジメントに長けているとは限りません。BIMのマネジメント技術はすでに存在しているにもかかわらず、日本国内ではまだ有効活用されていないのです。
岡本:日本は海外に比べるとBIM活用はだいぶ遅れているのですね。
渡辺:そうですね。ただ最近日本でも新たな動きが生まれています。2025年開催の大阪万博のパビリオン建設にあたって、日本国際博覧会協会からBIM要求水準書に該当する「BIM要件」が提示されたのです。各プロジェクトは、この要件に沿ってBIMデータ作成やBIM運用をすることになります。
私たちがこれまで参加してきたプロジェクトは、すべて局所対応でのサービス提供でしたが、今後はプロジェクト全体での最適化に向けた連携を実現できる兆しが見えてきました。BIM要件水準書の内容に対応できるプレイヤーはまだ少ないと思いますし、発注者にBIMの知見を持った方がいらっしゃるケースもまだ限定的かもしれませんが、これは次のステージに進むための大きな一歩だと感じています。
【おわりに】
いかがだったでしょうか。今回は、シンテグレート合同会社の手掛けるBIMプロジェクト事例と、日本と海外のBIM活用における差異についてお話を伺いました。
日本でのBIM活用は徐々に浸透してきたとはいえ、海外の活用水準と比べるとまだまだ差が大きいことを改めて感じました。ただ、大阪万博のパビリオン建設などの公共工事でBIM要件が提示されるなど、ライフサイクルを意識した適切なBIM活用が徐々に広がりを見せているようなので、今後の動向に注目したいと思います。
インタビューの後半では、更なるBIM活用推進のために必要な取組についてお話いただきましたので、是非ご期待ください!