建設DXに関わる法律・規制のイロハ 弁護士・秋野先生にインタビュー③ ~建設DXに関わる法規制や新技術の最新動向(後編)
【はじめに】
前回に引き続き、匠総合法律事務所・秋野卓生弁護士インタビューの第3弾(後編)です。今回も多岐にわたるテーマについて伺っていますので、是非ともご一読ください。
【過去インタビューの記事はこちら】
①建設業界における電子契約
②IT重説の運用によって実現する働き方改革
③建設DXに関わる法規制や新技術の最新動向(前編)
(プロフィール)秋野 卓生
弁護士法人匠総合法律事務所 代表社員弁護士。主に建築に関わるトラブル処理を担当。日本全国の住宅会社や工務店を法律面でサポートしている。著書には、『建設業法の課題と実務対応 電子契約化への法的アプローチ』(新日本法規出版)など。
【個人情報保護法への対応が、建設DXの要】
――――建設DXの推進により、建築確認申請の押印不要、請負契約の電子締結、IT重説の本格導入など、さまざまな制度改革がはじまっています。大局的な目線で見て、この他に注目すべき動きがあれば教えてください。
秋野弁護士:住宅業界は、働き方改革の一貫として、脱ハンコやペーパーレス化、移動時間の削減などに順次着手しはじめた段階だと捉えています。これまで制度改革や技術発展に意欲的に取り組んでこなかった業界ですから、全般的な見直しが進んでいるのは歓迎すべき動きですね。
建設DXにおいて、大局的観点で私が注目しているのは、AIやIoTといった新技術や各種データを活用して、快適で安全なまちをつくる「スマートシティ構想」(※1)です。例えば、高齢者の交通事故リスクを減らしつつ、生活に欠かせない交通手段を確保する自動運転バスや、高齢者の生存情報を感知する住宅センサーなど、さまざまな取り組みが検討されています。トヨタ自動車やパナソニック、ミサワホームなどが企画・開発しているスマートシティもその一例です。スマートシティの実現によって、人口減少や高齢化といった社会課題の解決を目指すことが、住宅業界に期待されている本来のDXだと考えています。
(※1)スマートシティ:都市が抱える諸課題に対して、ICT等の新技術を活用しつつ、マネジメント(計画、整備、管理・運営等)が行われ、全体最適化が図られる持続可能な都市または地区(国交省都市局の資料における定義)。
DXを推進する上では、データ収集と分析が重要です。国も、消費や移動に関わる生活者データ収集のデジタル化を推進し、各種データを政策立案に反映する取り組みをスタートしています。国が集めたデータを活用し、ビジネスの課題を解決できるようになるのは、民間企業にとっても大きなメリットです。ただ、このデータ収集には個人情報保護法への対応が不可欠です。DXの実践において、個人情報保護法への理解が足りないと、のちのち大きな問題へと発展する危険性があります。
――――どのような危険性があるのでしょうか?
秋野弁護士:そもそも、住宅業界は個人情報保護の重要性に対する感度が低いと言えます。私が相談を受ける案件で、最も多いのが図面や顧客リストの紛失です。名前や住所、家の構造が記載された図面がなくなると、顧客は将来泥棒に入られるリスクを懸念します。「車のボンネットに置いていた顧客リストが風に飛ばされて紛失した」、「協力会社の職人が自宅のごみ箱に図面を捨てて、情報が漏洩した」という案件もありました。いずれも、国土交通省にまで報告を要する個人情報漏洩事件ですが、これは、図面やリストを紙に出力したから発生した案件です。資料をデジタル化してタブレットで閲覧できるようにし、セキュリティ管理をしっかりしていけば、こうした紙媒体経由での情報漏洩は防止することができます。
また、外注の協力会社へ顧客情報を渡すためには、紙であれ、デジタルデータであれ、施主本人の第三者提供への同意が必要です。私たちは、契約約款の中に「個人情報の取り扱い」に関する条文を必ず入れるようにしていますが、この点に無頓着な工務店もまだ多いのが現状です。
データの利活用が重要となるDXに本腰を入れて取り組むのであれば、個人情報漏洩・悪用といった不祥事を避けるためにも、まず個人情報保護法を勉強してほしいというのが私の実感です。自動車を運転するために教習所で勉強をして運転免許を取得するのと同じレベルで、勉強が必須だと感じています。
【不祥事リスクをなくす取り組みが、DXの推進には不可欠】
――――2020年10月、監理技術者の専任に係る要件が緩和されました。緩和の概要や、今後の建設業界の実務においてインパクトがあるかどうかを教えてください。
秋野弁護士:建設業法は、請負金額が3,500万円以上(建築工事一式の場合は7,000万円以上)の工事には、「監理技術者」(※2)の専任配置を義務付けています。専任の監理技術者は、必ずしも現場に常駐する必要はないのですが、これまで他の現場を兼務することができないとされてきました。一定資格を有する監理技術者は、建設業者の中でも重要なポジションを担っていることが多く、そうした人たちが一つの現場に縛られてしまうのは人材不足が進む建設業界にとって大きな負担でした。
(※2)監理技術者:建設業法26条2項は、元請負の特定建設業者が、建設工事の施工のために締結した下請契約における請負代金総額が一定金額以上となる場合、施工の技術上の管理をつかさどる者として「監理技術者」を置かなければならないとしている。
こうした状況を解消すべく、建設業法が改正され、監理技術者の「補佐」を専任で置く場合に限り、監理技術者が2現場まで兼任することが認められたのです(国交省資料参照)。もっとも、監理技術者補佐を務められるのは、施工管理技士の技術検定試験において新設された資格「技士補」を持つ人です。資格試験制度は2021年に改定されたばかりなので、実際の運用はこれからになるでしょう。
――――そもそも規制の趣旨であったり、規制緩和におけるポイントはどのようなところにありますでしょうか。
秋野弁護士:建設業法や建築士法において厳しい規制がかかっている事項は、過去の不祥事が出発点になっています。下請けの技術者を元請けの技術者に仕立てて現場を任せていた事例や、請け負った工事を下請けへ丸投げするブローカーの存在などに国が危機感を抱いたことが監理技術者制度の背景にあります。そこで、公共性の高い大規模工事には、必ず有資格者を配置し、品質を担保するようになりました。
横浜のマンションが傾き、杭打ちデータの偽装が明るみに出た事件によって、現在杭打ちに関しては、技術者が立ち会い、目視で現認しなければならないとされています。このような規制については、不祥事リスクを絶対に回避できるというお墨付きがないと、DXを進めるのが難しいと思います。現場監督が現地に行かないとなると、工事業者がミスを隠蔽する可能性が出てきます。不祥事リスクをなくす取り組みを同時並行で進めることが、規制緩和のための重要な要件になるでしょう。
【デジタル庁創設が建設DXに及ぼす影響は】
――――2021年9月、デジタル庁が発足しました。建設DXに対するポジティブな影響や、今後の見通しがあれば教えてください。
秋野弁護士:デジタル庁は、行政手続のオンライン化を掲げているため、例えば今紙ベースで行っている建設業の更新手続などもデジタルデータで対応できるようになることが期待されます。私の個人的な意見としては、将来的には、建設に関わる技能者の資格や就業履歴を登録・蓄積し適正な評価につなげる「建設キャリアアップシステム」とマイナンバー制度が紐づくとよいと思っています。
デジタル庁は内閣総理大臣の直轄組織であり、省庁横断かつトップダウンでデジタル化を進める組織といえます(参考:デジタル庁サイト)。デジタル庁が立てた政策をいち早くキャッチし、実務へとつなげていくことが、今後の建設・建築業界の課題でしょう。
【市場を透明化する不動産ID制度の検討がスタート】
――――国土交通省が2021年4月15日発表した資料にもあるとおり、不動産関連データの連携促進を図るために、「不動産IDルール」の整備に着手する議論が始まっています。建設業界への影響はありますでしょうか。
秋野弁護士:「不動産IDルール」が整備され、建物や土地にIDが割り振られれば、建築確認申請や長期優良住宅などの申請もスムーズになるでしょうし、IDを頼りに資料を検索・閲覧できる仕組みの構築なども期待できると思います。
他方で、不動産流通市場の透明化や活性化を図るため、住宅履歴情報を蓄積する議論は以前からありましたが、なかなか普及してきませんでした。工務店やハウスメーカーの立場からすると、自社で建築した住宅の情報開示によって、別の業者にリフォーム案件が取られてしまうといった事態も起こり得るため、なかなか浸透が進まなかったのだと思います。また、雨漏りや地盤沈下など、欠陥や事故歴の透明化にも抵抗があると思います。上述のようなメリットも期待できる一方で、負の履歴についても透明化されていくという面もあり、負の履歴のある住宅をいかに有効活用していくかということも、今後の課題と言えますね。住宅や建物の維持管理は、今後さらにモチベーションを上げて取り組まなければならない課題です。住宅履歴情報の蓄積は任意ではなく、国がしっかりと法律を定め、情報管理を行う仕組みを整えてほしいと思います。
【終わりに】
いかがだったでしょうか。個人情報保護法への対応に係る取り組み、監理技術者の専任要件の緩和といった論点や、DX推進のために各種法規制をクリアするためには不祥事リスクを担保する仕組みが必要であるといった問題意識、不動産IDルールの検討など、様々な興味深いトピックが登場しました。
これらの動向について注目しつつ、今後も建設DXに関わる多様なテーマをご紹介できればと思っていますので、引き続きよろしくお願いいたします。