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構造計画研究所・石塚広一氏インタビュー(前編) 『構造計画研究所におけるデジタル技術の活用』~工学的アプローチの実践~

はじめに

今回は、株式会社構造計画研究所にて、建築物の構造設計を数多く手がけている石塚広一氏をお招きしました。
 
構造計画研究所は、大学や研究機関と実業界をブリッジするデザイン&エンジニアリング企業として、多彩な事業・プロジェクトを展開しています。その中で、構造設計におけるデジタル活用や異業種とのコラボレーションに取り組む石塚氏の活動について、Fortec Architects代表 大江氏と、建設DX研究所所長 岡本が迫ります。

■プロフィール
石塚 広一
株式会社構造計画研究所 構造設計2部 部長
大学時代に川口衞氏、佐々木睦朗氏に師事し、構造設計を学ぶ。大学院修了後、株式会社構造計画研究所入社。入社後は一貫して構造設計に従事。主に免震・制振の特殊な建築物を数多く担当。大規模再開発プロジェクトや、ファサードデザインと構造設計を組み合わせた商業施設の新築設計、CLTハイブリッド構造を用いた木造構造設計、プロポーザルへの参加、実験コンサルティングなど様々なプロジェクトに参画。部門長としてイノベーションの創出と新たな挑戦を誘発するための風土づくりにも尽力。
 
大江 太人
Fortec Architect株式会社代表
東京大学工学部建築学科において建築家・隈研吾氏に師事した後、株式会社竹中工務店、株式会社プランテック総合計画事務所(設計事務所)・プランテックファシリティーズ(施工会社)取締役、株式会社プランテックアソシエイツ取締役副社長を経て、Fortec Architect株式会社を創業。ハーバードビジネススクールMBA修了。一級建築士。

【多様な人才が力を合わせ、社会の課題解決に取り組む組織】

岡本:まずは、御社の手がけている事業について教えていただけますか。
 
石塚:構造計画研究所は、創業者の服部正が1956年に立ち上げた所員2名の個人事務所からスタートしました。エンジニアリング、コンサルティングの原点となったのは、戦後復興のシンボルとされた城郭・天守閣の復元ブームです。地震から重要な文化財を守るために厳しい基準で設計を行い、熊本城をはじめ、数多くの城郭の復元に携わりました。2016年4月に発生した熊本地震においても復興の取り組みに参画させていただきました。
 
私が当社の歴史の中で先進性を感じるのは、1961年のコンピュータ導入です。服部は、「創造的で価値のある仕事に専念したい」「技術者の考える時間を確保したい」との思いから、手作業で行っていた膨大な計算業務をコンピュータにやらせることにしました。今日のDXにも通じる進歩的な姿勢は、当社のDNAとして受け継がれています。
 
こうして国内のコンピュータの活用、ソフトウェア産業の展開にも関わるようになり、当社の事業領域は徐々に広がっていきました。現在では、創業以来の事業である構造設計を軸に、「自然・環境」「社会・企業・コミュニティ」にまで領域を広げ、社会課題の解決に取り組んでいます。

構造計画研究所における対象事業の広がり

石塚:この事業領域の中で、私は大小さまざまな構築物の構造設計業務に携わっています。一方で、当社の社内には、地震発生のメカニズム解析や洪水・津波の発生シミュレーションに関わる者、避難時の人流行動分析に携わる者など多種多様な所員がいます。それぞれの出自も多彩で、建築学科以外の所員も多くいます。
 
多様な人才が集まっている背景には、創業者・服部の「社会のいかなる問題にも対処できるよう、総合的なバラエティに富んだ専門家を集めた工学を生業とした組織を作りたい」との考えがあります。自分の得意分野に軸足を置きながら、他の社員との関わりに刺激を受け、新しいことに挑戦していくプラットフォームのような組織であることが当社の強みです。自分たちの領域を狭めることなく、社内外のさまざまな人とコラボレーションしながら、事業を発展させています。
 
岡本:あらためて事業領域の幅広さに驚きました。石塚さんは構造設計が専門とのことですが、構造設計にもデジタル技術を活用されているのでしょうか?
 
石塚:はい。私はデジタル技術や3Dデータをどう役立てていくかを考えながら、構造設計業務に臨んでいます。異業種とコラボレーションし、構造設計に付加価値を与えるさまざまなプロジェクトにも取り組んでいますね。

最近では、建築学会にとどまらず、情報通信学会など、異業種の学会にも参加する機会をいただいています。構造設計に携わるエンジニアは、実直に業務に取り組む人が多く、あまり自分たちが保有する技術力をアピールしない傾向があります。実は他分野に応用できる技術、求められている技術もあるので、もっと多くの人に情報を発信していきたいです。

【工学的アプローチでデジタルを活用】

岡本:具体的にはどんなデジタル技術を活用しているのでしょうか?
 
石塚:まず、私たちがデジタル活用で重視しているのが、工学的なアプローチです。最近ではデジタル技術の発展により、誰でも簡単にシミュレーションができるツールが登場しています。ただ、コンピュータ上のシミュレーションだけでは課題は解決しません。特に、建築といったものづくりの分野では、実際の現場感や技術者の経験値も課題解決に欠かせない要素となります。そのため私たちは、リアルとデジタル、両面でのアプローチを行っています。この前提の上で、私たちは「創造力と効率化の向上」「コミュニケーションの向上」をデジタル技術の活用目的として掲げています。

リアルとデジタルをつなぐ「工学的アプローチ」

石塚:新築分野におけるデジタル活用の事例としては、BIMが挙げられます。当社ではこれまで六本木ヒルズなどの超高層ビルの建築物の構造設計に携わってきましたが、最近では、木造の新築物件に携わることも増えています。木造建築物は金物と金物をジョイントして補強していくため、設計が複雑です。今までは、立面図や断面図など、平面で見る情報から納まりを判断していましたが、今は人間の想像力が追いつかないほど、建物が複雑化してきています。
 
そこで数年前からBIMを活用し、3Dビューワーで立体的に納まりを確認したり、BIM上に情報を埋め込んで工事関係者と共有したりしています。以前は、図面にいちいち指示や情報を書き込んでからスキャンしてメールで送付しており、情報共有にも手間がかかっていました。今は、納まりを確認したい場所やNGの場所をBIM上に表示しているので、合意形成もスムーズになっています。

平成学園ひまわり幼稚園(高知県)の新築工事におけるBIM活用事例

立体形状の把握、接合金物の納まり確認、関係者間の情報共有にBIMを活用。要確認部分は赤枠で表示されている。
なお、建築設計は、隈研吾建築都市設計事務所が担当。

【建築プロセス全体でBIMを活用する時代へ】

岡本:BIMは、構造設計分野でも現況の可視化や情報共有に役立っているのですね。他にもメリットを感じている点はありますか?
 
石塚:納まりも分かり、コミュニケーションも円滑になるので便利なのですが、実際のところ設計だけでBIMを利用していても、BIM本来のメリットを発揮できていないと感じています。設計段階で作成したBIMデータを金物メーカーやプレカット業者、施工者、維持管理会社まで一気通貫で活用できる体制になると、BIMのメリットも最大化するでしょう。ただ、BIMの利活用を計画段階から組み込み、全体をデザインできる人がいないのが現状です。もっと各フェーズの方々と連動して利活用できないものかと前々から考えています。
 
大江:おっしゃる通り、BIMを一貫して活用できるのが理想です。私も、あるホールの天井を耐震化する改修工事のCM(コンストラクション・マネジメント)を行っていますが、そのプロジェクトで同じようなことを感じました。その建築物は、100年以上前に建てられたものなので、全体を3Dスキャンした上で、ゼネコンの構造設計者がBIMで設計をしました。ところが鉄骨の生産業者がBIMに対応しておらず、結局図面を2Dで作り直すことになったのです。設計業務は効率化していますが、施工でもBIMデータが使えないともったいないと感じた事例でした。
 
石塚:今は設計者がボランティアでBIMデータを作成している状態になっています。データを一元管理する前提で設計をするのなら、BIMデータ作成にもフィー(報酬)が必要です。「BIMデータを渡してほしい」と言われることもありますが、価値のあるデータなので無償で引き渡すのは難しいです。みんなで同じ建物を作っているのに、データの受け渡しができないのは非効率ですよね。
 
岡本:竣工時にBIMデータもセットで納品するようなプロジェクトは少ないのでしょうか?
 
大江:設計だけではなく、維持管理まで使うという認識を持っている施主は少ないですね。過去携わった施主のうち、企画段階でBIMデータを求めてきたのは外資系企業一社だけでした。以前、設計がすべて終わった段階でBIMデータが欲しいと言われ、改めて作成したことがありましたが、それではBIMを利用するメリットがありません。施主と設計者側とのすり合わせができていないのも課題かもしれません。

岡本:関係者全員がBIMを使えないということもハードルになりそうです。
 
石塚:そうですね。BIMの導入コンサルティングサービスを提供している企業もありますが、コンサルタントも二極化していると感じています。BIMには詳しいけれど実務を知らない人の場合、利用方法が現実に即していないことがよくあります。一方で、設計者出身で実務にもBIMにも詳しい人は、そのバランスを調整してくれるといいのですが、そういった方はむしろアカデミックになり、理想論を突き詰めがちです。
 
大江:アメリカの場合、BIMマネージャーはすでに給与もポジションも高い職業として確立されるなど、BIMがしっかり建設業界に根付いています。しかし日本は、BIMデータ作成にフィーが発生しなかったり、最後の最後に手を付ける作業になっているなど、BIMがまだまだ軽視されている状況です。以前、ファサードを中心に手がけているBIM専門会社の方と話をしましたが、「この状況をひっくり返さないと、日本の建設業に未来はない」と話していました。少しでもこの状況を変えられるように、何とか動いていきたいですね。

【おわりに】

いかがだったでしょうか。今回は、株式会社構造計画研究所の事業領域や、デジタル技術の積極的な活用、その事例としてのBIMの活用についてお話を伺いました。
 
BIMについては、当研究所でも何度か取り上げていますが、実際の建築物における活用事例・それを踏まえた現状の問題点についてもお話を聞けたのは、非常に興味深かったです。施主の意識改革、関係者全員のBIM能力の向上といった、根本的な改革の必要性が改めて浮き彫りになりました。
 
インタビューの後編では、BIM以外のさまざまなデジタル技術の活用例についてお話しいただきましたので、是非ご期待ください!