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PicoCELA 古川氏、加藤氏インタビュー(前編)~無線メッシュで実現する建設・土木現場における広大なWifiネットワーク~

【はじめに】

今回は、独自のエンタープライズ無線メッシュ技術によって、屋内・屋外での広大なWi-Fiネットワーク構築を可能にした「PicoCELA(ピコセラ)」を開発・提供しているPicoCELA株式会社の古川浩氏、加藤智成氏をお招きしました。

PicoCELA株式会社は、無線リソース制御(無線通信における限られた周波数帯域、送信電力、時間スロットなどを効率的に利用するための技術)の研究開発に長年従事してきた古川氏が率いる九州大学発のベンチャー企業です。同社が開発した独自の無線多段中継テクノロジー「PicoCELA Backhaul Engine」は、LAN配線を大幅に削減しながらも、広域エリアで安定した通信ができる無線技術として幅広い業界から注目を集めています。

特に、建築・土木業界では、電波が届きにくい高層ビルの建築現場や、山間部の土木工事現場での活用が進んでいます。今回は、通信環境の面から建設DXを支える同社の取り組みに、Fortec Architect株式会社代表 大江氏、建設DX研究所 代表 岡本が迫ります。

■プロフィール

古川 浩
PicoCELA株式会社 代表取締役社長
NEC、九州大学教授を経て現職。九大在職中にPicoCELAを創業。
一貫して無線通信システムの研究開発ならびに事業化に従事。工学博士。

加藤 智成
PicoCELA株式会社 プロダクト本部 本部長代理 プロダクトマーケティングマネージャー
メガチップス社にて新規市場開拓、新製品開発の経験を経て現職。
新規ビジネスの開拓を中心にビジネスを推進。


大江 太人
Fortec Architect株式会社代表
東京大学工学部建築学科において建築家・隈研吾氏に師事した後、株式会社竹中工務店、株式会社プランテックアソシエイツ取締役副社長を経て、Fortec Architects株式会社を創業。ハーバードビジネススクールMBA修了。建築と経営の視点を掛け合わせて、建築資産の課題解決と価値創造を行っている。過去の主要プロジェクトとして、「フジマック南麻布本社ビル」「ヤマト科学技術開発研究所」「プレミスト志村三丁目」他、生産・商業・居住施設など多数。

LANケーブルの配線を大幅に削減する革新的な無線通信技術

岡本:まずは、御社の創業の経緯について教えてください。

古川:私は、もともと九州大学で無線通信システムの研究開発に取り組んできた研究者です。主には、Wi-Fiアクセスポイントや家電製品などが発する電波の「電波干渉」問題や、電波干渉をうまく制御することで安定した無線通信の環境を構築する「無線リソース制御技術」の研究開発、事業化を専門としてきました。九州大学で研究開発・教育に携わる傍ら、2008年にPicoCELA株式会社を創業しました。2018年に教授を退任してからは、当社の代表取締役として事業に集中しています。

岡本:御社が開発・提供されている技術について詳しくご紹介いただけますでしょうか。

古川:当社は、広域空間での無線通信を可能にしたWi-Fiのアクセスポイントを開発・製造しています。従来のアクセスポイントには、インターネットにつなぐためのLANポートがあり、LANケーブルを接続して使用する必要がありました。

古川:屋外や高層ビル、工場、物流拠点など、広大な場所をWi-Fiが使用できる空間にするためには、たくさんのアクセスポイントを設置しなければなりません。これらアクセスポイントの台数分だけLANケーブルを配線しなければならないことが、これまでの大きな課題でした。たくさんのLANケーブルが施設内や現場に散在しているのは非常に煩わしいものです。特に建設機械や施工ロボットなどが稼働している建設現場では、LANケーブルが断線する危険性があり、通信障害の可能性も高まります。

古川:当社の提供しているテクノロジーは、このLANケーブルの配線を大幅に削減する技術だと捉えていただければ分かりやすいと思います。LANケーブルを完全にゼロにすることはできないのですが、必要最小限のLANケーブルで広大なWi-Fi空間をつくることができる点が、建設・土木業界をはじめ、さまざまな業界のお客様に評価していただいているポイントです。

安定したWi-Fiネットワークを容易に構築可能

古川:私たちが提供している「無線メッシュ」は、Wi-Fiアクセスポイントが網目状につながりあって、ひとつの大きなWi-Fi空間をつくり出す技術です。なかでも、「メッシュクラスタの大型化」に成功していることが当社の特徴です。

メッシュクラスタとは、LANケーブルにつながれた1つのコアノードを起点に、無線で中継するブランチノードを接続した状態を指します。他社製品では1つのコアノードに2〜3台程度のブランチノードを接続するのが限界なのですが、当社は10〜20台の接続が可能です。

古川:このメッシュクラスタは、複数のプロトコルによって成り立っているのですが、一番のカギになっているのが「動的ツリー経路制御」という技術です。当社のメッシュクラスタは、網の目状ではなく、実はツリーの構造を持っています。そして、人や機械の移動、天候など、刻々と変化する不安定な環境に対応して、その瞬間ごとに最適な経路を獲得して電波を中継しています。経路の切り替えは瞬時に行われるので、通信に影響はありません。この「動的ツリー経路制御」技術によって、他に類を見ない安定した無線中継ができるようになりました。

また、アクセスポイントの機器が故障したときにも通信を止めずに利用できる「セルフヒーリング」という技術も搭載しています。例えば、ひとつのアクセスポイントが故障してしまったとき、故障した機器につながっていたツリーはすべて止まってしまうのですが、このような非常時にも瞬時に代替ルートを見つけて、何事もなかったように引き続きネットワークを動かしていきます。

古川:あとから通信エリアを拡大したいときにも、ネットワークを一旦止めて配線を引き直したり、機器に繋ぎ直したりする必要はありません。既設のネットワークの電源を落とすことなく、アクセスポイントを追加して電源を入れるだけでエリアギャップを埋めることができます。

ただ、アクセスポイントがLANケーブルに繋がれているコアノードから離れすぎていたり、置く位置が悪かったりすると電波が届かず、メッシュネットワークを構築することはできません。最適なパフォーマンスを発揮するために適切な位置への設置をアシストする機能が当社のアクセスポイントには搭載されています。

クラウドサービスを組み合わせたソリューションも提供

岡本:具体的にどんな製品なのかも教えていただけますでしょうか。

古川:下記のような無線アクセスポイント製品を幅広い業界でご活用いただいています。では、屋内のハイエンドモデル「PCWL-0500」を例に挙げてご紹介します。

古川:機器の上部についている4本のアンテナがメッシュ用のアンテナです。この上部アンテナを使って機器同士が無線メッシュを組んでいきます。下部のアンテナはアクセス回線用です。みなさんが使っているスマートフォンなどには、下部のアンテナを経由して接続します。

スマートフォンからインターネットにアクセスするときには、下部のアンテナ経由で接続し、上部のアンテナで中継してコアノードまでデータを届け、そこからLANケーブルでインターネットにつながっていくイメージです。

製品としては、屋外用モデルも用意しています。また、性能はハイエンドより劣りますが、リーズナブルにお使いいただけるミッドレンジモデルのリリースも予定しています。機種を問わず、当社の製品同士は接続ができるので、屋内と屋外で無線メッシュを組むことも可能です。

これらの製品は実環境でユーザに近い場所(エッジ)に配置されるプロダクトですが、当社は「PicoManager®」というクラウドサービスも提供しています。上記のPicoCELAエッジデバイスの遠隔管理・モニタリング・診断ができるだけではなく、アクセスポイントが取得した情報を活用したさまざまなソリューションも提供しています。

例えば、Bluetooth内蔵のタグを使った位置情報サービスや、アンケート認証でのマーケティングデータ活用、人流解析など、PicoCELAの無線アクセスポイントとクラウドを組み合わせることによって、設置されたロケーションに応じた付加価値のあるサービスを提供できます。

ゼネコンを中心に、高層建築・土木工事の現場で利用が進む

岡本:建築・土木業界で「PicoCELA」のソリューションがどのように活用されているのかご紹介いただけますでしょうか。

古川:現在当社の売上比率において、建築・土木業界のお客様は約4分の1を占めており、とくに大型の現場ではほぼスタンダードWi-Fiとして認識されるまでになってきております。スーパーゼネコン5社をはじめ、中堅ゼネコン各社にも「PicoCELA」をご利用いただいています。

まずは、2023年11月24日に開業した麻布台ヒルズの建設現場にて、清水建設様に導入していただいた事例です。建設現場の全面Wi-Fi化を当社の「PicoCELA」で手がけさせていただきました。電波の届かない高層階の建築現場で、タブレットやスマートフォンを使って通信するために、当社製品を最大で約300台設置していただきました。そのほか、多地点監視カメラや自動施工ロボを利用する際にも、「PicoCELA」で構築したWi-Fiネットワークを利用していただいています。

古川:次は、大成建設様の事例です。大成建設様は、建築現場における情報・生産プロセスを一元管理するための基盤「T-BasisX」を構築されています。この現場全体のネットワークを支えているのが「PicoCELA」で構築したメッシュWi-Fiです。地下階・高層階でもインターネットが利用できるだけではなく、リアルタイムに従業員や資機材の位置情報を把握するデジタルツインの基盤としても活用していただいています。

古川:続いては、古野電気様と当社が協業して開発した土木現場向けのWi-Fiシステムです。下の黄色いトランクのような箱の中にメッシュアクセスポイントと指向性アンテナを一体化した物が入っており、トンネル内に設置するだけで、LAN配線不要でWi-Fi環境を構築できるシステムになっています。当社はメッシュアクセスポイントのデバイスをODMで提供しています。

古川:次は、伊藤忠TC建機様の事例です。伊藤忠TC建機様は、建設現場の自動化を目指すスタートアップのARAV株式会社様と連携して、建機の遠隔操作システムを開発しています。70km離れた先から遠隔で建機を動かすために欠かせないのが現場のネットワークですが、このネットワークを支えているのが「PicoCELA」です。建機自体に、当社の「PicoCELA」を設置して無線通信環境を構築しています。遠隔操作のアプリケーションは、超リアルタイムで作動することが求められますが、「PicoCELA」は建設機械が動いていても安定したWi-Fi空間が作れるため、遅延を非常に低く抑えながら遠隔操作ができています。

古川:当社の技術と非常にシナジーのあるソリューションが「Starlink (スターリンク) 」です。スターリンクは、人工衛星を使って地上にインターネット接続を提供する衛星通信サービスです。山間部や離島など、携帯電話の電波が届かないエリアであっても、スターリンクの平面アンテナを置くだけで高速インターネットサービスが利用できます。このスターリンクの地上局と当社のテクノロジーを組み合わせることで、広大な施工エリア全体をケーブルレスでWi-Fi化できます。遠隔地の建設現場にわざわざ光回線を敷設する労力とコストを大幅に削減できます。

岡本:建築・土木業界以外では、どんな場所に導入されているのでしょうか?

古川:製造業、多店舗施設、商業施設、倉庫・物流といった業界が多いです。ここでは、多店舗展開をしている商業施設様の事例をご紹介します。店舗はレイアウト変更が頻繁にあると思いますが、そのたびに電波の飛び方が変わり、突然Wi-Fiが使えなくなってしまうことがあります。その点、「PicoCELA」はLANケーブルの配線を引っ張ってきていませんので、アクセスポイントの移動も容易にできますし、いざとなれば1台追加をして電源を入れるだけで簡単にWi-Fiエリアを拡大できます。

古川:また、福岡天神地下街様のフリーWi-Fiも、当社が手がけて13年目になります。総延長1.2kmの空間に27台を設置していますが、使用しているLANケーブルはわずか4本だけです。日本最大級のフリーWi-Fi空間を、当社の技術が支え続けています。そのほかにも、キャンプ場で行われた大規模イベント用のネットワーク構築や、テレビのゴルフ中継などにも当社の製品を活用していただいています。

【おわりに】

前編では、広域空間での無線通信を可能にするWi-Fiのアクセスポイントの開発・製造について詳しくお伺いしました。特に建築・土木業界における活用例について、事例を多く取り上げながらお話を伺うことができ、電波が届きにくい高層ビルの建築現場や、山間部の土木工事現場における通信環境の面から建設DXを支える同社の取り組みのイメージも湧きました。

昨今、事例でもお話があった重機の遠隔操作をはじめ、施工管理クラウドサービスやクラウドカメラ、遠隔臨場系のサービスを活用するためには、現場の通信環境が不可欠であると感じます。導入企業の多さからも、建設業全体のDXを牽引していくサービスと言えると思います。

後編では、建設DXに活用されるようになったきっかけ、さらに中小規模の現場でのより具体的な活用などについて伺っています。こちらも公開次第、ぜひお読みいただけると幸いです。