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建設DXに関わる法律・規制のイロハ 弁護士・秋野先生にインタビュー② IT重説の運用によって実現する働き方改革

はじめに

昨年来の「建設DX」の動きが加速する中、2021年1月18日、国土交通省は「社会実験の結果、建築士法に基づくIT重説の本格運用を開始」とするプレスリリースを発表しました(過去記事「建設DXにかかわる法律・規制のイロハ②建築士法に基づく重要事項説明の非対面化(IT重説)」参照)。これにより、設計受託契約等に係る重要事項説明(以下「設計重説」)を、ITを活用して非対面で行うことが可能となりました。

また、4月1日からは、建築物省エネ法(建築物のエネルギー消費性能の向上に関する法律)の改正により、同法に基づく省エネ基準の適合性評価に係る説明(以下「省エネ説明」)についてもテレビ会議等のITを用いて説明することが可能となりました。

そこで今回は、弁護士法人匠総合法律事務所・秋野卓生弁護士に、これらIT重説の本格導入がもたらす変化、運用面での留意点や今後の課題について伺いました。

(プロフィール)秋野 卓生
弁護士法人匠総合法律事務所 代表社員弁護士。主に建築に関わるトラブル処理を担当。日本全国の住宅会社や工務店を法律面でサポートしている。著書には、『建設業法の課題と実務対応 電子契約化への法的アプローチ』(新日本法規出版)など。

IT重説の運用面での留意点とは?

岡本:今回の建築士法改正によって、ITを活用した重要事項説明が可能になり、“脱ハンコ”体制が整ってきたところだと思いますが、運用面での具体的な留意点について教えてください。

秋野弁護士:IT重説導入前は建築士の負担がとても大きなものでした。設計重説と省エネ説明は建築士の義務なので、例えば、建築士1名に対して営業10名の事務所の場合、営業が獲得してきた顧客に対してひたすら建築士がこれらの説明のために同行しなければならならず、建築士にとっては非常に時間のロスが生じることになります。こうしたロスを考えると、今回のIT重説の本格導入には、働き方改革の論点に関わる側面があると思っています。

岡本:確かにそうですね。国土交通省からは運用マニュアルを出されていますが、マニュアルの中で気をつけるべき点はありますか。

秋野弁護士:まず、IT重説を実施する場合、建築主の事前同意を得る必要があることですね。そして、建築主に重要事項説明書を書面で事前に送付しておく必要があります(過去記事「建設DXにかかわる法律・規制のイロハ②建築士法に基づく重要事項説明の非対面化(IT重説)」参照)。おそらく、実務上みなさんが悩まれるであろうことは、今まで重要事項説明書の書式には説明をする建築士が捺印する欄と説明を受けた建築主が捺印をする欄がありましたが、これを非対面のIT重説でどうやって実施するのかという点でしょう。でも、実はこれらの捺印欄は建築士法上要求されているものではないので、この捺印のプロセスは削除することが可能なのです。元々は間違いなく説明をしたということと、説明を受けたということのエビデンスを残すために法律外でこの捺印を要求していたところがあるので、極端な話、これをなくせば対面は不要となります。事前に書類を送付して、本人確認をして、建築士免許証を提示して、説明すればOKです。ただ、そうすると今度は、後から「説明を受けてない」というクレームが出る可能性が生じます。こうしたクレームを回避するためには、IT重説の録画が必要だと考えています。さらに、録画するにあたっては建築主の同意を得ることが不可欠なので、同意を取り付けるための場面設定も必要になります。

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岡本:確かにエビデンスの残し方には課題がありますね。また、建築主から録画に対する同意をどのように取得するのかという点や、録画した映像をどのように管理すべきかといった論点も生じてきますね。

秋野弁護士:上記課題はありますが、IT重説の際に建築主の捺印が不要になることのメリットもあります。工務店の多くでは、設計を進めていくにあたり、建築主であるお客様から建築申込金などのお金を入れていただくケースが多いという実態があります。建築士法24条の7は、設計受託契約の締結前の重説実施を要求しており、建築申込金の法的性質が設計プラン作成代ということになると、建築申込金をいただく前段階での重要事項説明の必要性が生じます。そうすると、お客様からすれば、接点を持ち始めたばかりの段階でいきなり重要事項説明書への捺印を要求されることになるので、はっきり言って重いんですよね。他方、IT重説であれば捺印を必要とせずスマートに実施できるので、建築申込金をもらう段階でIT重説をやりましょうという提案をしやすくなりました。こうした点で画期的だと思います。

岡本:なるほど。今までは、建築申込金をもらう時に重説をしなければならないのに実際はできていない、というケースが多かったのでしょうか。

秋野弁護士:そうですね。設計事務所の場合は設計料としていただくので問題ないのですが、工務店の場合は請負契約の締結までずっとタダでやるわけにもいかない。そこで、あくまでも建築の準備をする準備金としていただきますという説明を行ったうえ、建築士法違反の問題とならないように「設計」や「プラン」に係る費用であるとは明言しないよう、工務店にアドバイスをしていました。今は「プラン」と名言しても問題ないので、この段階でのIT重説をお客様に勧められるようになったのは大きいですね。

【IT重説の導入前】                           建築士法24条の7は、設計受託契約等の締結前(債権債務の発生前)の重説実施を要求している。
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建築申込金の法的性質が「設計プランに係る費用」であるとすると、その受領前に重説を実施する必要がある。
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工務店との接点の初期段階なので、重説に伴い捺印をすることは建築主(お客様)にとって抵抗感が大きい。
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あくまで建築準備のための申込金であるとして、受領のタイミングでの重説を行わないことが建築士法違反の問題とならないようにしていた。
【IT重説の導入後】                         捺印を伴わないIT重説であれば建築主(お客様)としても抵抗感が小さいと考えられるので、工務店側も建築申込金を受領するタイミングでの重説を実施しやすくなった。

省エネ説明で注意すべきポイントとは?

岡本:建築物省エネ法も改正され、省エネ説明もITでの対応が可能となりましたが(注)、省エネ説明についての注意点はありますか。

(注)建築物のエネルギー消費性能の向上に関する法律(建築物省エネ法)第27条第1項は、小規模建築物の建築に係る設計を行う場合、建築士が、建築主に対して、エネルギー消費性能基準(省エネ基準)への適合性について評価を行うとともに、当該評価の結果について書面を交付して説明しなければならない旨を規定しています。しかしながら、国交省は、新型コロナウイルスの感染拡大等の状況を踏まえ、2021年4月1日より、実施マニュアルに即した形で行われるテレビ会議等のITを活用した説明について、上記規定に基づく説明として取り扱うものとしました(令和3年1月29日付国住建環第24号「第6 ITを活用した評価・説明義務制度に係る説明の実施」)。

秋野弁護士:本来であれば、設計図書の仕様が確定してから省エネ計算を行い、その結果を説明するという流れが筋だと思いますが、省エネ計算の結果として基準を満たさないことが判明した場合、それを説明しなければいけません。例えば、サッシ素材をアルミから樹脂に変更する必要があり30万円の追加費用が生じた場合、仕様が確定した後でこれを説明すると「設計ミスなのでは?」と言われて工務店側がこの追加費用を負担させられてしまうリスクがあります。こうしたリスクを回避するため、実務上は設計図書の仕様が確定する少し前のタイミングで省エネ説明を実施することがポイントになると思います。このほか、省エネ説明も建築士が実施することが義務づけられているので、なるべくITを使って負担軽減に努めるとよいと思います。

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電子化により、今後起こりうる変化とは?

岡本:IT重説の導入などの電子化が進むことで、今後どのようなことが起こりそうでしょうか。

秋野弁護士:業務上電子化が可能な領域が増えることで、ストレートにその分の移動が不要となるので、例えば片道30分かけて客先に伺っていたとすると、往復1時間の稼働余力を生み出すことができます。そういう働き方改革としての側面でこの電子化を捉えるとよいのかなと。あとは、建築士の世界で実力主義が進展するだろうと思います。正直、今までは対面で説明をしなければならないとなると、遠くに行けないじゃないですか。でも、ITを活用して説明をしてもOKとなると離れた場所にいても対応できるわけです。そうすると、従来であれば遠方所在のため有名建築家への設計依頼を断念していた方が、こうした依頼を実現させる場面が増え、結果として顧客獲得に関しての二極化が進んでいくと考えられます。そういった意味でも変わっていく可能性があると思いますね。

最後に

このように、従来であれば対面で行う必要があった説明手続についてITの活用による非対面化が認められたことで、建築申込金の受領に際してスムーズに重要事項説明を実施することができるようになったほか、建築士の業務中の移動に係る負担が軽減されるなど、働き方改革にもつながっています。

ITを用いた設計重説における捺印に代わるエビデンスの取得や、省エネ説明を行うタイミングなどの課題はありますが、場所を問わずにITによるスムーズな業務遂行ができることで、今後新たな競争も生まれてきそうです。