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「省内横断プロジェクト」にみる国交省の主要な政策~その変遷と展望~

【はじめに】

2021年4月28日、特定都市河川浸水被害対策法など9本の法律を改正する、流域治水関連法案が参議院本会議で可決、成立しました。
近年頻発する大規模水害に対し、従来型の堤防やダムによる治水政策では対応しきれない状況が続いています。河川の流域全体を俯瞰して、国、流域自治体、企業・住民等あらゆる関係者が協働して取り組む「流域治水」を推進することを、本法案改正は目的としています。

この「流域治水」の取組は、国が従来の治水対策方針に大きく舵を切ったという側面を持つ一方で、国土交通省が2020年9月に発表した「総力戦で挑む防災・減災プロジェクト」(以下、防災・減災プロジェクト)の施策パッケージ1つであるという顔も持っています。

防災・減災プロジェクトは、自身も阪神・淡路大震災で被災を体験した、赤羽一嘉国交大臣肝煎りの政策パッケージであり、省内一丸となって進める、いわば「省内横断プロジェクト」です。

防災・減災プロジェクトに限らず、国交省ではこれまで数々の「省内横断プロジェクト」が立ち上げられ、それらが省の政策の大方針として推進されてきました。今回は2012年の政権交代以降の3つの省内横断プロジェクトをご紹介しながら、国土交通行政の変遷を概略し、今後の展望を俯瞰します。

【政権交代から国土強靭化へ】

2012年12月26日、第二次安倍内閣が発足し、公明党の太田昭宏氏が国土交通大臣に就任しました。就任した太田大臣(当時、以下略)が直面したのは、首都直下地震・南海トラフ地震の発生リスクや、笹子トンネル天井板落下事故(2012年12月2日)など、国土・社会基盤の安全性への信頼が国民の間で大きく揺れ動き始めていたということでした。そこで太田大臣が掲げたのが「防災・減災ニューディール」の方針でした。

「防災・減災ニューディール」とは、防災・減災の観点から社会資本の再整備に集中投資を行うことで、GDP拡大や雇用の大規模創出等の経済効果を見込むという政策方針です。この方針は、第二次安倍内閣の基本方針である国土強靭化と併せて「国土強靭化基本法」として法整備・政策化されていきました。こうして国土強靭化として確立した省内横断プロジェクトのなかで、太田大臣が特に国交省ミッションとして強調したのは社会インフラの更新でした。

現在の社会インフラの多くは、1950年代〜70年代にかけての高度経済成長期に急速に整備されたものばかりです。例えば、京橋〜芝浦間4.5kmが首都高速道路初の路線として開通したのは、1962年。まさに東京オリンピック開催の前々年のことでした。1970年代に入ると田中角栄首相(当時)の「日本列島改造論」が大ベストセラーとなり、列島改造ブームが到来。日本全国に高速道路網が次々と整備されていきました。それら高度経済成長期の産物が更新のタイミングを迎えつつあったのが2010年代だったのです。

笹子トンネル事故をきっかけに明らかになった社会インフラの老朽化という課題に対し、太田大臣は2013年を「メンテナンス元年」と位置づけ、社会インフラの老朽化対策、メンテナンス対策・長寿命化を強力に推し進めていきました。そのなかで特に着目したいのは「防災・安全交付金」の創設です。防災・安全交付金とは、平成24年度補正予算で創設された補助金制度で、従来の社会資本整備総合交付金から切り出しされる形で整備されました。
防災・安全交付金の創設によって、自治体は地域住民の命と暮らしを守る総合的な老朽化対策や、事前防災・減災対策に集中的に取り組むことが可能となりました。

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防災・安全交付金による集中的支援のイメージ(国交省HPより)

【i-ConstructionとICT施工の推進】

太田大臣の後任として2015年に国交相に就任したのが石井啓一大臣です。石井氏は建設省技術系職員として道路畑を歩んだという経歴を持ちます。建設行政の現場経験を持った石井大臣が推進したのが「生産性革命プロジェクト」、i-Constructionでした。i-Construction※とは、調査・測量から設計、施工、検査、維持管理・更新までの全ての建設生産プロセスでICT等を活用する取組のことです。

※i-ConstructionにはICTの全面的な活用のほか、全体最適の導入(コンクリート工の規格の標準化等)と施工時期の平準化がトップランナー施策として重点的に推進されています。

平成10年代以降、建設業の就業状況では若手入職者の減少・熟練者の高齢化が顕著になっています。労働人口減少や高齢化が進むなかでも、社会資本整備の担い手である建設業を維持するため、建設現場における生産性向上は喫緊の課題です。そこで、石井大臣は2016年を「生産性革命元年」と位置づけ、2025年までに建設現場の生産性を20%向上させる目標を発表しました。

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建設現場の生産性向上イメージとi-Constructionの主な取組(国交省HPより)

i-Constructionの取組は年々加速化・具体化されていき、奇しくも石井大臣退任の年となった2019年は、生産性革命「貫徹」の年として、BIM/CIMや3次元データの活用集中化等を通じてi-Constructionの取組を先導する「i-Constructionモデル事務所」(全国10事務所)やICT-Full活用工事の実施や地域の取組をサポートを行う「i-Constructionサポート事務所」(全国53事務所)が決定されました。

こうした、地方整備局や現場事務所における組織体制の強化と相まって、建設現場のニーズをより詳細に汲み取った技術開発・導入も可能となっていきます。そこで今後、取組の加速が期待されるのが「公共事業におけるイノベーション」の加速です。ICT建設機械など建設分野と親和性の高い従来技術分野に加え、5GやAIといった最先端技術を建設現場に導入していくことを狙いとしています。

そのなかで、近年では民間企業との連携にも重点がおかれ、建設行政・現場ニーズと技術シーズのマッチングに向けた取組が試行されてきています。特に、技術シーズ探索の試みとして、最新技術ベンダーであるスタートアップ企業とのマッチングが始まっています。例えば、関東地方整備局では中小企業基盤整備機構が運営するビジネスマッチングサイト「J-GoodTech」が活用され、令和元年度には複数の非建設スタートアップ企業が持つ技術シーズと、国交省現場事務所のニーズとのマッチングが成立しています。

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公共事業におけるイノベーションの加速のためのスキーム(国交省HPより)

i-Constructionにはじまった建設分野におけるICT化の取組は、コロナ禍におけるリモート化・非接触化への急激な社会転換を踏まえ進化しています。令和2年度には「インフラ分野のDX推進」として、建設業全体のDX化として施工管理の効率化や、建設キャリアアップシステム(CCUS)に蓄積されたデータの利活用促進の取組も始まり、来るべきCPS※世界への対応を見据えた政策動向と見ることができるでしょう。

CPS:Cyber Physical Systemのこと。実世界に対するセンシング(データ)とコンピューティング(計算、意味理解)、それに基づくアクチュエーション(制御、フィードバック)であり、実世界(人、モノ、環境)とICTが密に結合・協働する相互連関の仕組み。(国立情報学研究所HPより)

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インフラ分野のDX化に向けた具体的アクション例(国交省HPより)

【省内横断プロジェクトの展望〜総力戦で挑む防災・減災プロジェクト】

最後にご紹介するのが、赤羽一嘉大臣(現職)による「総力戦で挑む防災・減災プロジェクト」です。

冒頭でご紹介した流域治水の取組としては、洪水の氾濫域における住まい方やまちづくりの見直しにまで踏み込んでいる点が、これまでの治水対策と大きく異なります。まちづくりにまで踏み込んだ治水対策を推進することで、河川管理者(行政)だけでなく、自治体、住民、企業など流域の全員が自分事としてコミットすることができるようになったわけです。

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もちろん言うまでもなく、これまでの省内横断プロジェクトが終了したわけではありません。国土強靭化、i-Constructionといったプロジェクトと相関関係を築きながら、鳥瞰すれば有機的に結合した一つのプロジェクトとして発展していくでしょう。そのなかで建設DXという横串は、統合の動きを急加速させるアクセルとなり得るのではないでしょうか。

【今後の展望】

既にいくつかの動きは始まっています。5年に1度策定される「社会資本整備重点計画」(社重点)※が第5次計画として、5月28日に閣議決定されました。令和3年度から7年度が対象とされるこの第5次計画では、第4次計画からの見直しポイントとして、インフラ分野のデジタル・トランスフォーメーション(DX)と脱炭素化に関する2つの目標が新たに追加されています。
また、社会資本整備審議会・交通政策審議会下の技術部会を中心に検討が進められている「第5期国土交通省技術基本計画」(技術基本計画)※では、現行計画からの新たな社会変化として「デジタル革命の加速」が挙げられており、今後検討すべき新たな視点としても省人化・自動化、DXが強調されています。短期的目標とKPIが設定され、DXが政策として迅速に実行されていく基盤が整っているのです。

※社会資本整備重点計画:社会資本整備重点計画法(平成15年法律第20号)に基づき、社会資本整備事業を重点的、効果的かつ効率的に推進するために策定する計画のこと。社会資本整備審議会・交通政策審議会の答申を経て、5年に一度閣議決定されます。

※国土交通省技術基本計画:科学技術基本計画、社会資本整備重点計画、交通政策基本計画等の関連計画を踏まえ、持続可能な社会の実現のため、国土交通行政における事業・施策の効果・効率をより一層向上させ、国土交通技術が国内外において広く社会に貢献することを目的に、技術政策の基本方針を示し、技術研究開発の推進、技術の効果的な活用、技術政策を支える人材の育成等の重要な取組を定めるものです。

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第5次社会資本整備重点計画の概要(国交省HPより)

また、全く新しい取り組みである「2050年までのカーボンニュートラル実現」への対応にも期待が高まります。国土交通省の環境分野でのグリーン技術を含めた施策・プロジェクトのとりまとめに向けた調査審議を行う場として設置された「グリーン社会WG」では、これまでの国土交通省にはなかった議論が始まっています。

具体的には「国土交通グリーンチャレンジ」(案)の取りまとめに向けた施策・プロジェクトの検討ですが、例えば下表の「グリーン・ファイナンスの活用」はこれまでの国土交通省にはない、ドラスティックな政策であるという印象を受けます。それは、グリーンとファイナンス(開発)はこれまで相性が悪いとされてきたからです。

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グリーン社会の実現に向けた検討の視点(国交省HPより)

アスファルトの空き地の価値として思いつくのは月極駐車場等限られているかもしれません。しかし、芝生の空き地には無限の可能性が秘められています。例えば、ランドスケープアーキテクトの西村浩氏が佐賀市でトライした、「原っぱ」による街なか再生は、空間としての「原っぱ」をあえて創出することで、コミュニティの形成から実際にエリアの価値向上に成功しています。まさにグリーンがファイナンスを活性化させたわけです。
[プロジェクトニッポン 佐賀県「原っぱ」で街なかを再生 佐賀発、驚きの中心市街地活性化手法]
(https://www.projectdesign.jp/201508/pn-saga/002359.php)

国土交通グリーンチャレンジを機にグリーンとファイナンスの良好な関係性が再評価されれば、「原っぱ」と賑わいにあふれた日本の2050年が来るのかなあなどと妄想が膨らむところですが、皆さんは最近「原っぱ」見かけましたか?

筆者プロフィール
鎌倉一郎
元国交省職員。現在は国内大手メーカーにて公共政策を担当。