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建設DXに関わる法律・規制のイロハ 弁護士・秋野先生にインタビュー①建設業界における電子契約

はじめに

以前、「建設DXにかかわる法律・規制のイロハ①建設業界における電子契約の導入」において、建設業界における請負契約の電子化について、関連する法規制の概要につきご紹介させていただきました。今回は、弁護士法人匠総合法律事務所・秋野卓生弁護士に、法令を見ただけではわかりにくい部分や今後の改正の展望等、より深堀りした内容についておうかがいしていきます。

(プロフィール)秋野卓生
弁護士。弁護士法人匠総合法律事務所 代表社員弁護士。主に建築に関わるトラブル処理を担当。日本全国の住宅会社や工務店を法律面でサポートしている。著書には、『建設業法の課題と実務対応 電子契約化への法的アプローチ』(新日本法規出版)など。

建設業法施行規則の改正による、「本人確認措置」の追加。その背景とは?

岡本:昨年10月に建設業法施行規則13条の4第2項が改正され、建設業法上電子契約サービスに求められる「技術的要件」の1つとして本人確認措置が追加されました。改正の背景について教えていただけますでしょうか。

秋野弁護士:元々建設業界は電子契約に関しては他の業界に先駆けて取り組みをしてきたという背景があり、長年当事者署名型電子契約を行ってきました。実は平成13年にできたガイドラインも、この当事者署名型電子契約をベースにつくったもの。例えばエンドユーザーや下請の職人さんは、コスト等の問題で電子証明書の発行を受けることが難しいため、裾野の広い建設業界におけるほんの一握りのところしか電子契約ができないというのが弱点でした。これを克服するためのものが事業者署名型電子契約。電子証明書の発行不要で、申込みと承諾の意思表示を電子錠で合致させて、それに署名鍵を電子契約サービス事業者が付与するという形式なので、各当事者は電子証明書の発行を受けなくとも、電子契約ができる仕組みになっています。

03_当事者型と立会人型 (1)

秋野弁護士:当初は、これが果たして建設業法施行規則やガイドラインで要求されている電子契約と言えるのかという点がよくわからなかったのですが、平成29年あたりから、グレーゾーン解消制度によって認められるという見解が国土交通省から出されました。そして、昨年10月1日に建設業法工規則改正に至ったわけです。誰が契約の当事者になってるのかというところを確認する術がないと、なりすまし契約が出てきてしまう可能性があるため、この事業者署名型の電子契約を建設業法に適合した電子契約として認めていく前提として、「本人確認措置」の要件を追加することにしたのだと思います。

建設業法施行規則
(建設工事の請負契約に係る情報通信の技術を利用する方法)
第十三条の四
(中略)
2 前項に掲げる措置は、次に掲げる技術的基準に適合するものでなければならない。
(中略)
三 当該契約の相手方が本人であることを確認することができる措置を講じていること。
(以下略)

建設業法施行規則改正に伴うガイドライン見直しについて

岡本:上記のとおり、建設業法施行規則改正により、本人確認措置が新たな要件として付け加わりましたが、具体的にどういう方法で本人確認すればいいのかは規則上ははっきりしていません。これをもう少し明確化するためにガイドラインを改正するといった動きはあるのでしょうか。

秋野弁護士:建設業法施行規則改正に合わせて、国土交通省は一般財団法人建設産業経理研究機構に対して、現状日本国内においてどのような事業者署名型の電子契約が存在するのかという実態調査を行いました。私が建設産業経理研究機構における調査の座長を務めておりまして、大小さまざまな事業者の方々にヒアリングを行い、国土交通省に報告書を提出いたしました。
この調査結果から、どのような種類別のクラウド型の電子契約が存在するかという国交省の理解も促進され、今後ガイドラインも改正されていく動きにつながっていくのではと予測しています。

岡本:秋野先生も調査にご協力されていたということで、いろいろなサービスをご覧になったと思いますが、本人確認の措置について、具体的にどのようなやり方が多いのでしょうか。

秋野弁護士:電子契約のサービス事業者の方々は、本人確認で何を要求するかはユーザー企業が決めることだという認識をもっていますね。メールアドレスだけで十分だと考える会社もあれば、不安ならば二要素認証などにする会社もある。本人確認手段の様々なオプションを設けて、ユーザー企業に選んでもらう形を取っている会社さんもいらっしゃいました。
確かに、電子契約サービス業者の立場に立ってみると、本人確認でどこまで要求するかはユーザーが決めることだという感覚はなんとなくしっくりきました。ただ、建設業法適合性という観点で本人確認措置がどこまで要求されるのかが早く知りたいということで、このガイドラインの改訂が期待されるということなんだと思います。

岡本:本人確認措置の具体的な方法は、メールアドレスだけ・二要素認証など様々ということですが、例えばメールアドレスだけの場合、どのようなリスクがあるのか教えていただけますか。

秋野弁護士:結局一番の課題は、なりすましですよね。フリーメールアドレスというものもあるなかで、実際に本人になりすましてメールアドレスをつくることもできるので、メール認証のみで建設業法上の要件を満たしていると言っていいのかというところに関しては、大いなる議論の余地があるところですね。結局、昔から建設業界がやってきた当事者署名型は、カードリーダーに刺さないとそもそも電子証明書を発行できなかったので、カードを持っている人じゃないと契約ができないというがんじがらめのところから、いきなりフリーメールアドレスでも可能な本人確認で、建設業法施行規則の本人性の要件を満たしていると言えるのか?というのは、まだ誰も答えを知らない状態です。

そもそも建設業法19条がどうして契約締結を義務付ける条文を設けているかというと、下請け保護の観点からです。口約束ではなくてきちんと書面化することによって、立場の弱い下請けないしは建設業者を保護するという趣旨なのであれば、本人性の要件は緩やかでもいいのではないかという見解もあります。
ただし、今までガイドラインに従って当事者署名型で電子契約を運用した会社にしてみると、相当コストをかけてやってきた話ですから、昔から真面目にやってきた業者は不満に思うだろうなと。ここのバランスが難しいんですよね。建設業界は電子契約の歴史が長いので、法のあるべき姿の追求だけで、コストをかけてやってきた人たちが不満を抱く結論に導くのはなかなか難しそうだなと。だから、場合によっては国ではなく民間によってスタンダードをつくり上げてから、ガイドラインをつくるという方向性もあり得ると思います。

建設業法19条で契約書締結義務が規定されている趣旨
建設工事の請負契約については、従来から、注文者が強い立場に立つ片務性が指摘されている。このため、建設業法では、
1 契約当事者の各々の対等な立場における合意に基づいて公正な契約を締結し、
2 信頼に従って誠実にこれを履行すること
を契約の基本原則として定めている(建設業法第18条)。

岡本:一番緩くなるとすればメールアドレスのみで、厳しくなるとすれば二要素認証と、どちらに振れるかがまだわからない状況とのことですが、もっと厳しいということもありえるのでしょうか。

秋野弁護士:総務省・法務省・経済産業省による電子署名法3条の解釈において、二要素認証による本人確認がなされている電子署名の場合、紙で契約をした場合と同様に本人が作成したものと推定する効力が与えられるという見解が示されています(※)。上記解釈とのバランスという意味では、二要素認証まで行っていれば基本的には建設業法施行規則上も適合するという判断になってくると思います。ただ、二要素認証については、電子契約サービス事業者の方々にたくさんお話を伺いましたが、いちいち携帯に一回飛ばさなければいけない煩わしさを感じていることが多いですね。

※利用者の指示に基づきサービス提供事業者自身の署名鍵により暗号化等を行う電子契約サービスに関するQ&A(電子署名法3条に関するQ&A)https://www.meti.go.jp/covid-19/denshishomei3_qa.html

建設業界における電子契約のインパクト

岡本:実務上は口頭ベースで契約がされてしまっていたりと、建設業界の業界慣習として、書面又は電子で請負契約をしなければならないという建設業法19条が現実には守られていないという場面もまだまだ残っているように思います。電子契約サービスが普及することでどのようなインパクトがあるとお考えでしょうか。

秋野弁護士:住宅業界は、「言った」「言わない」の口頭ベースでの紛争が多い。一番できていないのは追加変更の契約で、例えば現場で大工さんに床の張り増しをお願いした場合、その時点では実は工務店もいくら追加になるかわかってないんですよ。下請けからの請求書が来ないとお施主さんに提示できないから、工事着工前の追加変更の契約が実務上できない。これが口約束になることで、下請事業者は追加変更のお金がもらえないという典型的なトラブルが生まれてくるわけです。契約書がそもそも文化としてまだまだ根付いていないという大きな課題ですね。
また、FAXやメールは建設業法上の有効な電子契約として認められないので、違法ということになってしまう。
このような状況を打開するために、まずは、適法な書面又は電子で契約を交わさなければならないというところを、文化としてしっかりと根付かせることが重要になります。あともう1つ必要になってくるのはスピード感。このスピード感をもたせるという意味では電子契約は非常に相応しいと思います。まさに、追加工事の契約はスピードが要求されるので、電子契約の大活躍場面ですね。ここは電子契約でとにかく違法状態の解消を徹底していくべきだと思います。

電子契約は文化なので、契約するためのソフトというよりは、ANDPAD受発注のように現場をスムーズに進めるためのツールのなかに付帯しているものを使いながら徐々に慣れていって、それが自然と文化になってくれるといいなと思っていますね。

終わりに

業務の効率化に加え、法令遵守の徹底や、「言った」「言わない」の口頭ベースでの紛争の予防等、電子契約の導入により様々な効果を期待できることを改めて感じました。秋野弁護士のおっしゃるように、電子契約という「文化」が受け入れられていくことで、初めて「建設DX」の目的である業務やプロセスの変革が成し遂げられるのだと思います。
電子契約にまつわる法規制についても、今後のガイドラインの改正で「本人確認措置」の具体的な内容が明らかにされるのか、事業者署名型の電子契約も明示的に認められるのか等、引き続き注視していきたいと思います。何か新しい動きがありましたら、また「建設DX研究所」でもお知らせしていきます。