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建設と不動産のDX化は、日本に豊かさと幸せをもたらす処方箋 ~建設テック・不動産テックの研究所が語るDX化の本質(後編)

前回に引き続き、WealthPark研究所との対談記事後編をお届けします。
※本記事は、WealthPark研究所の公開記事を、許可を頂いたうえで転載したものです。元記事は以下のリンクよりご覧いただけます
https://medium.com/wealthpark-lab/vision-construction-realestate-dx-v2-789af2e0e0ed
※対談メンバーのプロフィールは前回の記事をご参照ください。

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前回は建設業界と不動産業界のDXを推進する現場のリアルについてお伝えしました。今回は、アナログな業界のDXを加速するために必要な各プレイヤーの姿勢と、その具体策であるデータの保存と継承について、建設業界、建築士、そして不動産業界の3つの視点からお伝えします。

一社では業界を変革できないからこそ、オープン・イノベーションの姿勢が重要

大江:前回までで、WelathParkさんとアンドパッドさんのアプリが、それぞれの業界の問題解決に貢献している姿や、ご苦労なども分かりました。ところで、両社のアプリを見させていただくと、余分な機能は削ぎ落とされ、とてもシンプルに作られている印象があります。

岡本:そうですね。最初から多くの機能を使いこなしていただくことは難しいので、チャット機能や報告機能などの機能に絞って使っていただき、ANDPADアプリを使えば仕事が便利になることをまず実感していただくことはとても大切だと思います。

そして、ANDPADが重視しているのは、ユーザー様が必要なサービスを自由に選択できる、拡張性と柔軟性のある体験です。コアとなる施工管理の機能のみを使っていただいても構いませんし、そこから広げて経営管理機能や電子受発注機能の追加なども、スムーズに行えます。さらに、最近リリースした「アプリマーケット」という弊社のプラットフォームを使えば、ANDPADと連携できる他社サービスを、スムーズに活用していただくことも可能なんです。

これは、建設DX研究所の理念でもあるのですが、建設事業のDX化はアンドパッド一社だけでは決して実現できません。他社様が開発されているソフトやアプリとシームレスにつながることで、建設業界全体のデジタル化を進めることがお客様の課題を解決するために必要だと考えています。

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加藤:我々も、まずは、管理会社様と個人オーナー様の収支報告やチャット機能というコア機能からアプリに馴染んでいただき、便利さを実感して頂くことが重要と思っています。一方で、不動産管理には多種多様な業種が関わっているので、WealthParkという一社のサービスだけでは全てを完結することはできません。なんだか岡本さんと同じ事をオウム返しに言っている感じがしますが(笑)、シンプルかつ拡張性を持たせるという考えは、全く同じですね。

WealthParkアプリに他社様のサービスを載せて使って頂いている例で言いますと、契約の電子署名に関しては世界最大手のDocuSign(ドキュサイン)社と提携しており、また直近ではスイスのPriceHubble社と連携して、AI技術を駆使した賃料査定機能の提供も開始しました。また、スマサポ社の入居者様向けのアプリとも連携していただくことができます。

よく言われることですが、一社で全ての機能を抱え込むのではなく、複数の会社が得意分野を開発し、連携してサービスを提供する「オープン・イノベーション」の発想が、お客様目線では決定的に重要と思います。また、今年から再び盛り上がっている行政主導による不動産共通IDの整備が進んでいくと、不動産と建設のあらゆるDX化が一つに繋がり、現場の生産性は大きく改善していくのだと思います。

不動産データの一元化は、二次流通市場の活性化にもつながっていく

大江:複数の企業が開発したITサービスの連携、不動産共通IDのような情報の一元化が進んでいくことが、DX化で社会の豊かさが大きく高まる要件で、それがお客様にとっても非常に重要ですよね。

お二人の話を、建築業界で会社を経営している私の視点で整理をさせてください。アンドパッドのサービスで初期の施工現場のデータが蓄積され、それがWealthParkのアプリで管理会社やオーナー側に引き継がれていく。そして建てられた後に行われる修繕のデータも蓄積されていきます。そうなれば、将来的にその物件が他の方に売却される時や、管理会社が変わるときなどに、大変に有用な情報となります。

私のクライアントで築古の物件を所有されている方がいて、修繕や売却の適切なタイミングはいつか?についてのアドバイスを求められるのですが、それぞれの物件がどのように誕生してその一生を送ってきたか、記録が一切残っていないことも多々あるのです。物件の歴史が正しく記録され、その記録をいつでも取り出せるようにできることを、当たり前にしていかなくてはならないと思います。

岡本:データの蓄積はとても大事ですよね。アンドパッドでは現在累計680万件を超える施工履歴データが蓄積されています。これまで、施工履歴データの蓄積が業界に根付いていなかったのは、建物の二次利用における「データの価値」がはっきり認識されていなかったからでしょう。住宅も商業施設も、建築物は長く使われていくものです。建築物のデータが蓄積されていることで、将来の修繕にかかるコストが安くなる、二次流通時の不動産価値が上がる、といった中長期的なメリットを、誰が見ても分かるように可視化させていくことが大事だと思います。

また、そうしたデータが社会全体で十分に活用されていくには、先ほど加藤さんがおっしゃった不動産共通IDも関連してきますね。不動産共通IDの本質的なポイントは、中古不動産の流通市場の活性化にあると思います。施工の履歴データが、不動産共通IDにどのように紐づいていくべきなのか、今後、議論が深まっていくと良いですね。

加藤:同感です。不動産の二次流通市場の厚みは、我々の社会の豊かさにとって物凄く大事です。不動産に限らずですが、財や資産の二次流通市場の充実度は、その社会の成熟度を測るモノサシです。日本の家計資産の中でも不動産資産は最大の割合を占めており、これから到来する大相続時代を鑑みても、不動産の二次流通市場は日本社会の豊かさのために、ますます重要になるでしょう。日本では住宅の売買取引のうち、中古物件は15%に過ぎず、85%が新築となっていますが、これがイギリスやアメリカだと8〜9割が中古物件になります。これは、既にあるストック、つまり社会の財産を、次の世代が有効に活用している社会かを表していると思います。

大江:そうですね。私のような建築家もストックを有効活用できる社会の創造に貢献したいと思っています。建築物を100年以上の超長期的視点で、かつ経営的な視点から指南できる建築家が増えれば、世の中のストックの有効利用が定着していくと思っています。また、数字で測れる経済合理性だけではなく、建築物の文化的な価値の側面も、ストック社会の重要な要素として伝えていきたいですね。

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実は現在、築100年の建物のリノベーション案件を仕事として受けているんですが、100年前の大変に美しい手書きの図面がきちんと残されていて、それを見た時は当時の人達がその建物に込めた情熱に感動を覚えました。このような文化財ともいえる案件に関われることは建築家として大変幸せですし、そういう文化的な価値をクライアントと共有することで、よりよい建築物を世に残していきたいと思います。

プレイヤーの多い両業界内の分断をDXでどう解消させていくか

岡本:100年前の建築図面が持つ価値、 とても興味深いお話ですね。建物のデータを後世に残していくためには、様々な組織が協力していかないと実現できないでしょう。ただし、建設・不動産の領域はプレイヤーが多くとても複雑で、設計者、施工者、オーナー、維持管理者はまだまだ分断されている状態ですよね。プレイヤーの分断による社会全体での非効率をDXでどう解決できるか、また足元でどういう問題が存在しているのか、お二人にご意見をお聞きしたいところです。

加藤:はい。足元の身近な問題として、私が新しいマンションに引っ越した時のことを紹介します。入居するときには、不動産会社より、契約書や住宅設備の説明書などの一式が、丈夫な紙袋に入れられてドンっと渡されます。そして、借りている物件の備え付けのエアコンが故障した時に、オーナー経由で業者に修理を頼んだのですが、あるはずのエアコンの説明書が入っていないために、修理の手配にとても苦労がありました。

また、アナログなデータは不便だなと感じたこととしては、システムキッチンの引き出しが壊れた時、流し台の下に書いてあったはずのキッチンの型番の文字が、10年超の間に消えていて読み取れず、そのメーカーに対応をお願いできませんでした。結局、木工職人さんにオーダーメイドの引き出しを数ヶ月かけて制作してもらって、私は不便な時を、貸主には不要なコストが発生しました。

中古の自宅マンションを買った時でも、前のオーナーがその物件の過去データの保存に無頓着な方で、10年前に施工した複数の業者に問い合わせるなど、購入の意思決定まで何十時間という余分な時間をとられました。このような手間があると、誰しもが中古の不動産を買うことを躊躇してしまうと思います。

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これらの問題は、その物件の当時の施工業者、オーナー、管理会社が、紙の情報を電子ファイル化して決まった場所に格納しておくだけで、ほぼ解決されるんです。それぞれのプレイヤーが、情報をデジタル化して適切に保存をしておくことについての責任感を高め、他の関連プレイヤーに連携していく姿勢が大切でしょう。

大江:確かに、紙袋でデータの引き継ぎがされていますね(笑)。情報がアナログな状態であることで、プレイヤー間の分断が起こってしまっているのだと思います。

一方で、そのような分断が既に解消されつつある事例も、私が関わった案件から思いつきました。例えば、テナントとして外資系のデータセンターが入るようなビルは、施工時のデータが完全に「見える化」されています。データセンターはそのビルに何か障害があった場合に即時復旧が求められるので、施工時時点で建築データの管理基準が徹底されているんです。外からは見えない基礎工事部分は、すべて写真に撮って保存しなければならないし、中に入っている空調機器などの製造番号もすべて記録され、そのデータは施工側から運用側に引き継がれることが義務付けられています。これは、エンドユーザーの即時復旧というニーズに焦点をあてると、間係者間の分断はなくなるという事例だと思います。

ですので、加藤さんや岡本さんのようなDX企業における「研究所」のような中立的な組織が、エンドユーザー側のニーズに立脚したデータのデジタル化の大切さを啓発し、分断されている業界が統合されていくことを期待します。

同じような志を持つプレイヤー達と手を取り合って、業界全体を改善していきたい

岡本:先ほどの加藤さんの体験談は、データの保存と継承という「トレーサビリティの欠如」による不便さを物語っていますよね。この「不便さ」の解決に向けて、大江さんが紹介してくださったようなデータセンターで実現できている業者間の分断の消滅を、一般の方々に関係する住宅でも実現させていくことは、弊社の社会的な役割の1つだと強く思いました。

私は元々、企業間のM&Aをお手伝いする弁護士であったのですが、企業の売買と不動産の売買は、似ている部分があります。企業の買収監査を実施する際に、売り手企業から渡されるデータが過不足なく集約されていれば、買い手側は分析にかける時間やコスト、購入後に想定と違ったというリスクはかなり下がります。会社も住宅も、その中身の実体が「見える化」されていることが大切で、そうなれば企業や住宅という資産が社会で有効に使われていき、世の中はどんどん豊かになりますよね。

加藤:本当ですね。つまるところ、人が他者を信用して取引できる信頼のプラットフォームを社会に提供することが、DX企業の社会貢献の本質だと思います。岡本さんは、M&Aを扱う弁護士をご経験された後、メルカリ社で「個人間の信頼関係のプラットフォーム」を構築されたご経験をお持ちかと思います。それは、海外でも見られない、日本初の全く新しい仕組みだと理解しています。建設・不動産業界でも、こうした新しいプラットフォームをぜひ一緒につくっていきたいですね。

岡本:はい。私がアンドパッドに参画した理由は、建設業界の課題を解決することを通じて社会をより豊かにしていくという壮大な世界観です。そして建設DX研究所は、自社の足元のビジネスにとどまらず、業界や社会全体の未来を考えていくために活動していきます。伝統的な業界において、我々のようなIT企業は新参者ではありますが、それゆえに新しい視点やITノウハウで業界に貢献できるところもあるのではと思っています。同じ志を持つプレイヤー達とは積極的に手を取り合っていきたいです。

加藤:私共としても、建設DX研究所と岡本さんの挑戦を応援させてください。そして大江さんのようなプロフェッショナルな方々とも共に、社会が少しでも豊かで幸せに向かうような取り組みを続けていきたいと思います。

大江:そうですね。本日はとても有意義な時間を共有できたと思います。皆さん、ありがとうございました。

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