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建設DXにかかわる法律・規制のイロハ② 建築士法に基づく重要事項説明の非対面化(IT重説)

【はじめに】

初めまして。建設DX研究所研究員の吉岡です。今後、法務関連の記事等の執筆を担当いたしますのでよろしくお願いいたします。

2021年9月1日にデジタル庁が設立されることが決定し、「脱ハンコ」の動きなどデジタル社会の実現に向けた社会的気運が高まりつつあることは周知の事実ですが、こうした流れを汲んで建設業界においても関連法令の改正が進んでいます。

そこで今回は、「建設DXにかかわる法律・規制のイロハ」シリーズの第2弾として、建築士法に基づく重要事項説明の非対面化(IT重説)について取り上げたいと思います。

【そもそも重要事項説明とは?】

さて、「重要事項説明」と聞いて思い浮かぶ身近な例としては、建物に係る賃貸借契約を締結する際に宅地建物取引士から受ける30分~1時間ほどの説明(宅地建物取引業法第35条第1項)が挙げられるのではないでしょうか。実家を出て一人暮らしを始める際など、建物に関する情報や取引条件の詳細について記載された書面を前に、宅地建物取引士からの説明を受けた経験がある方は多いと思います。

場面は異なりますが、建築士法において、建築士事務所の開設者が設計受託契約または工事監理受託契約を締結しようとするときは、あらかじめ建築主に対し、管理建築士その他の当該建築士事務所に属する建築士をして、重要事項を記載した書面を交付して説明をさせなければならないとされています(建築士法第24条の7第1項)。

建築士法 第24条の7 (重要事項の説明等)
1 建築士事務所の開設者は、設計受託契約又は工事監理受託契約を建築主と締結しようとするときは、あらかじめ、当該建築主に対し、管理建築士その他の当該建築士事務所に属する建築士(次項において「管理建築士等」という。)をして、設計受託契約又は工事監理受託契約の内容及びその履行に関する次に掲げる事項について、これらの事項を記載した書面を交付して説明をさせなければならない
一 設計受託契約にあつては、作成する設計図書の種類
二 工事監理受託契約にあつては、工事と設計図書との照合の方法及び工事監理の実施の状況に関する報告の方法
三 当該設計又は工事監理に従事することとなる建築士の氏名及びその者の一級建築士、二級建築士又は木造建築士の別並びにその者が構造設計一級建築士又は設備設計一級建築士である場合にあつては、その旨
四 報酬の額及び支払の時期
五 契約の解除に関する事項
六 前各号に掲げるもののほか、国土交通省令で定める事項
2 管理建築士等は、前項の説明をするときは、当該建築主に対し、一級建築士免許証、二級建築士免許証若しくは木造建築士免許証又は一級建築士免許証明書、二級建築士免許証明書若しくは木造建築士免許証明書を提示しなければならない

上記の建築士法に基づく重要事項説明については、説明を行う建築士が免許証もしくは免許証明書を原本で提示する必要があるとされる(建築士法第24条の7第2項)など、対面での説明を行うことを前提に運用されてきました。

しかしながら、国交省は、新型コロナウイルス感染症の拡大によって対面での説明が困難化している実情等に鑑み、テレビ会議等のITツールを活用して非対面で行う重要事項説明(=IT重説)についても、当面の暫定的な措置として建築士法の規定に基づく重要事項説明として扱うものとしました(「ITを活用した建築士法に基づく重要事項説明の実施について」(令和2年5月1日付国住指第232号))。

その後、国交省は「ITを活用した建築士法に基づく重要事項説明の社会実験について」(令和2年6月10日付事務連絡)に基づき、2020年7月~11月にかけて中長期的なIT重説の在り方について検証するための社会実験を実施し、その結果の検証等を行ったところIT重説について特段の問題が見られなかったことから、2021年1月18日付で、今後は暫定的な措置ではなく恒久的な措置として、マニュアルに即した形で行われるIT重説を建築士法に基づく重要事項説明として取り扱うことを公表しました(「ITを活用した建築士法に基づく設計受託契約等に係る重要事項説明の本格運用について」(令和3年1月18日付国住指第3499号))。

2020年5月1日
暫定的な措置として、IT重説を建築士法に基づく重要事項説明として扱うことを通知
https://www.mlit.go.jp/kikikanri/content/001344261.pdf
https://www.mlit.go.jp/report/press/house05_hh_000831.html 
2020年7月~11月
中長期的なIT重説の在り方について検証するための社会実験を実施
https://www.mlit.go.jp/jutakukentiku/build/jutakukentiku_house_fr_000097.html 
2021年1月18日
恒久的な措置として、IT重説を建築士法に基づく重要事項説明として扱うことを公表
https://tokyokenchikushikai.or.jp/jigyo_event/20210119kokosyo.pdf
https://www.mlit.go.jp/report/press/house05_hh_000862.html

【IT重説の適切な運用~6つの要件】

契約に係る紛争等を事前に防止するためには、テレビ会議等のITツールを活用した場合であっても建築士から建築主に対して設計等の内容や業務体制等が的確に示されることが必要です。

そこで国交省は、「ITを活用した建築士法に基づく設計受託契約等に係る重要事項説明実施マニュアル」(令和3年1月18日)(以下、「IT重説実施マニュアル」)において、IT重説を対面の重要事項説明と同様に建築士法第24条の7第1項に定める重要事項説明として取り扱うための以下6つの要件を示しています。

① 建築主の事前同意
② 建築主のIT環境の事前確認
③ 重要事項説明書の事前送付
④ IT重説の開始前の建築主の準備の確認
⑤ 建築主の本人確認
⑥ 建築士免許証等の確認


● 建築主の事前同意(①)

建築士またはその補助者は、建築主が希望に応じて対面かIT重説かを適切に選択できるよう事前確認を行い、IT重説の方法による場合には書面やメール等の記録として残る方法で同意を取得する必要があります。

なお、上述の社会実験に際して示された「ITを活用した建築士法に基づく重要事項説明運用指針」(令和2年6月10日)において、建築主の事前同意(①)の取得は有資格者である建築士が行う必要がありましたが、IT重説実施マニュアルでは、「建築士」または「その補助者」が行えるものとして要件が緩和されました。当該緩和については同様に②~④も対象とされており、これらについても補助者が対応することが認められています。

● 建築主のIT環境の事前確認(②)

IT重説では、その内容を十分に理解できる程度に映像を視認でき、音声を聞き取ることができるとともに、双方向でやりとりができる環境で実施することが重要です。したがって、建築士またはその補助者は、そうした環境を建築主が用意できることを事前に確認する必要があります。具体的なIT機器やサービスに関する仕様等の定めはありませんが、確認項目・内容として、IT重説実施マニュアル p.3では以下が例示されています。

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● 重要事項説明書の事前送付(③)

IT重説は、建築主の手元に、建築士が重要事項説明を行う際に交付する書面(重要事項説明書)がある状態で行われることが必要です。そのため、建築士またはその補助者は、IT重説の実施に先立ち、建築主に重要事項説明書を書面で事前送付する必要があります。

なお、電子メール等を用いてPDFファイル等により重要事項説明書の交付を別途行うことは可能ですが、あくまでも書面での事前送付が必須とされています。

● IT重説の開始前の建築主の準備の確認(④)

IT重説を実施する日時において、建築士またはその補助者は、テレビ会議等に係る適切なIT環境が整っているかを開始前に確認しなければなりません。具体的な確認内容については以下が示されていますが(IT重説実施マニュアル p.5)、あらかじめ準備のための確認・接続の時間を協議しておき、映像の視認や音声の聞き取りができない場合に備えて二次的な連絡手段を確保しておくことが求められます。

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● 建築主の本人確認(⑤)

説明を受ける者が建築主本人であることは重要事項説明の前提事項であるため、建築士は、IT重説の開始前に、運転免許証その他の身分証を提示させることで、その者が建築主本人であることを確認することが必要です。

● 建築士免許証等の確認(⑥)

建築士としての資格を有しない者が重要事項説明を行うことや、建築士の名義貸しといった不正が行われることを防止する観点から、IT重説の開始前に、建築士はテレビ会議等の画面上で建築士免許証等を提示し、建築主にこれを確認させることが必要です。具体的な対応は以下に記載の通りです。

- 画面上に表示されている建築士免許証等の氏名を読み上げてもらうなどの方法で、建築主がこれを視認できていることを確認する。

- 写真付きの建築士免許証等による場合、当該免許証等と画面上の建築士の顔を見比べる方法で当該免許証等の人物と同一であることを建築主に確認させる。写真付きのものがない場合には、運転免許証その他の身分証を併せて提示することで、当該免許証等の人物と同一であることを確認させる。

- 画面上に表示させる建築士免許証等の情報については、顔写真、氏名、登録番号等で足りる。個人情報保護の観点から、生年月日、本籍地欄についてはシール等で隠す対応でも差し支えない。

以上、IT重説実施マニュアルで示された6つの要件について説明してきましたが、これらの他にも、同マニュアルでは、録画や録音をする際のプライバシーへの配慮、取得した個人情報の適切な管理、実施に際して必要とされるIT環境等についての考え方などが示されていますので、IT重説を実施するにあたっては必ず同マニュアルを熟読することが推奨されます。

【補足①:不動産取引に関連する他の「重要事項説明」】

なお、不動産取引に関連する重要事項説明としては、本稿で説明した【1】の他にも【2】や【3】の制度が存在し、これらについてもIT重説の本格運用が開始されています(【2】について:「不動産の売買取引に係る「オンラインによる重要事項説明」(IT重説) の本格運用について」(令和3年3月30日)、【3】について:「法律改正に伴うマンションの管理の適正化の推進に関する法律第72条に規定する重要事項の説明等について」(令和3年3月1日付国不参第51号))。

【1】 建築士法における重要事項説明
 設計受託契約または工事監理受託契約を締結しようとするとき、
 建築士事務所の開設者が、所属する建築士をして、
 建築主に対して行う重要事項説明
 (建築士法第24条の7第1項)
【2】 宅建業法における重要事項説明
 宅地・建物の売買・交換・賃借に係る取引の契約が成立するまでの間に、
 宅地建物取引業者が、宅地建物取引士をして、
 当該取引の相手方等に対して行う重要事項説明
 (宅地建物取引業法第35条第1項)
【3】 マンション管理適正化法における重要事項説明
 管理組合との間で管理受託契約を締結しようとするとき、
 マンション管理業者が、管理業務主任者をして、
 当該管理組合等に対して行う重要事項説明
 (マンション管理の適正化の推進に関する法律第72条第1項)

【補足②:建築士法の改正に係るその他の動き~設計図書への押印義務の廃止】

以上、本稿では、重要事項説明の非対面化(IT重説)というキーワードで建築士法その他の法令に関する動向を説明してきましたが、最後に建築士法の改正に係るその他のトピックについても触れたいと思います。

建築士法第20条第1項は、建築士が、自身の設計に係る設計図書へ「記名及び押印」することを義務づけていましたが、2021年の通常国会に提出された改正法案が可決されたことで「押印」の義務が廃止され、「記名」のみを行えば足りることとなりました。施行期日は2021年9月1日となっており、同日以降、建築士は、建築主に対して設計図書を提出する際、データを紙出力したものを交付すれば足り、事務負担の大きな軽減につながるものと考えられます。

【改正前】
建築士法 第20条(業務に必要な表示行為) 
1 一級建築士、二級建築士又は木造建築士は、設計を行った場合においては、その設計図書に一級建築士、二級建築士又は木造建築士である旨の表示をして記名及び押印をしなければならない。設計図書の一部を変更した場合も同様とする。
2~5 略
【改正後】
建築士法 第20条(業務に必要な表示行為) 
1 一級建築士、二級建築士又は木造建築士は、設計を行った場合においては、その設計図書に一級建築士、二級建築士又は木造建築士である旨の表示をして記名しなければならない。設計図書の一部を変更した場合も同様とする。
2~5 略

【最後に】

本稿では、IT重説を中心とする建設業界のデジタル化について説明してきました。テレビ会議等のITツールを用いる上で実施マニュアルに沿った対応を行う必要があるなど、移行期間中は一定の苦労を伴うところがありますが、対面で説明を行うための物理的移動から解放されることで得られる生産性の向上効果は計り知れません。

ご紹介している情報は執筆時点のものとなりますが、今後も建設DXに向けた様々なデジタル化の取り組みが実現していくと予想されます。こうした時流を適切に捉え、引き続き、有益な情報を発信できるよう努めて参りたいと思いますので、今後とも、どうぞよろしくお願いいたします。

筆者プロフィール
吉岡 浩一
建設DX研究所 研究員。
法科大学院修了後、オンラインゲーム、インターネット広告、AI開発と異なる事業領域の会社にて法務業務を担当。2021年7月に株式会社アンドパッドへ入社し、法務部に配属。