15年前に書いた書評『ウェルカム・ホーム!』(鷺沢萠)

思い出したようにやっているmixiからのサルベージ企画。今回は2007年7月に書いた本のレビューを紹介したいと思います。

読み直して、今の自分には書けない文章だなと。失われた文体というか、心の奥の奥に仕舞い込んでしまった文体というか。当時はギリギリ20代。最後の一文はいまだ独身である自分の胸に突き刺さります(笑)

題材にしたのは鷺沢 萠さんの『ウェルカム・ホーム!』です。

 鷺沢さんの本とは、人生で一番ぶっ壊れていた時期に出会った。その頃の僕の気持ちを一言で表現するなら『悲しい』とか『寂しい』なんて単純言葉になるのだろうけど、実際のところはそんな簡単なわけにはいかず、頭の中がぐっちゃぐちゃになって、「もうどうにもなりません」と白旗を揚げるしかない状況だった。結構昔なので記憶は曖昧だけど、「酒だ!酒を持ってこい!」とアルコールに逃げ、気絶するようにして寝て、長い長い毎日をやり過ごしていたような気がする。

 そんな時、偶然見つけた鷺沢さんの本は、僕の重い気持ちに輪郭を与え、色彩を付けてくれた。「ああ、自分の今の気持ちはこういうものだったんだ」と救われたような思いになったのを覚えている。

 小説で一番大事なことは何か?流れの早いストーリーとか、面白いキャラクターとか、興味のある主題だとか、人それぞれ答えは違ってくると思うけど、僕が重視しているのは感情のリアリティーだ。

 例えば、誰かにフラれたとしよう。“悲しい”とか“苦しい”、“寂しい”なんて感情もあるけど、諦めとか投げやりなんて気持ちもあるし、「もう誰でもいい!」なんて逆ギレしている部分もある。変に楽しくなってきたり、前向きになる瞬間もあるけど、一瞬にして明日の自分が想像できなくなったりもする。そして、なぜか悩みながらも凄い充実した時間を過ごしていることに気づき、「俺って今、生きてるなぁ」なんて思ったりもする。

 そんな気持ちは『悲しさ3、寂しさ4』なんていう風に簡単な点数なんかで表せない。人間が感じる感情は、何万、何億もの感覚が複雑に絡み合っていて、どこか似ているようだけど、実はその人がその瞬間にしか感じることが出来ない、全宇宙を探しても一つとして同じものがない絶対的な感情なんだと僕は思う。それをどうやって表現したものか、途方に暮れているのが小説家なんじゃないだろうか。

 難しい言葉を使ったからといっても簡単に表現できるわけはなく、かといって感覚的な言葉に任せてもどこか違ってくる。そんな曖昧な感覚を相手に、ああでもない、こうでもないと答えが出ないと分かっていても戦い続けていたのが、僕の中での鷺沢さんのイメージだ。

 この作品『ウェルカムホーム』では鷺沢さんは“家族”という曖昧模糊とした枠組みをテーマにしている。血が繋がっていたとしても、結婚したとしても、一緒に住んでいるからとしても、それがすぐさま家族になるわけではない。色々な感情や経験の積み重ねが家族というものを作っていく。男3人の家族や血の繋がっていない親子の気持ちを丹念に描くことで、鷺沢さんはそれを表現したかったのではないかと思う。

 本を読み返すたびに思うけれど、鷺沢さんの作品がもう読めないということが残念でならない。僕の中でも書籍化されている作品を全て読んでいるという特別な作家だった。在日という自分の出自やバブル期という時代、家族との関わりが描かれることが多かったが、その先に広がってくるだろう鷺沢さんの目から見た次の景色をもっと読んでみたかった。

 将来、自分で家庭というものを作ることが出来たら、また読み返してみようと思う。

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