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自治体メタバースが成功しない理由

前回の記事では、富山県にある井波という小さな町で「バーチャル井波」という独自の仮想空間をつくるプロジェクトを紹介した。告知なしで公開から2日で米国、英国など国内外から1,000人以上が訪れた。この仮想空間を通して彫刻作品を知り、早くも彫刻師に仕事の発注を検討する人がいるなど、これからの情報発信・交流ツールとして期待している。

同様に、全国でバーチャル渋谷やバーチャル大阪など、自治体や企業、教育機関が主体となった仮想空間が続々と登場している。今後、補助金などを活用しながら、いわゆる「メタバースをつくる」事例が増加していくと思われる。ただ、開発者が言ってはいけないことかもしれないが、バーチャル井波を含めて、(少なくとも5年や10年という期間内では)地域や企業に特化したメタバースは成功しないと思っている。今回はその理由を考えていきたい。

メタバースの成功とは

まず、メタバースの定義にもよるが、世界で最も成功しているメタバースとしてEpic Games社が開発するバトルロイヤルゲーム「フォートナイト」が挙げられる。全世界で3億5000万人ものユーザーがプレイしているが、なぜそれほど人が集まるのかというと「ゲームとして圧倒的におもしろいから」だと思う。フォートナイトは広大なマップの中で生き残りをかけて戦うゲームだが、著名なアーティストのライブが開催されたり、ただ集まって会話を楽しんだりする場にもなっている。戦って遊ぶだけでなく、他のユーザーがつくったコンテンツを楽しむこともできる。そのため、絶えず新しい遊びができるようになっているのだ。

この記事では、メタバースが「成功」した状態を、「絶えずその場所にユーザーがいて、ユーザーの手で発展し続けている状態」とでも定義してみようと思う。

コンテンツに魅力がない

メタバースからは話が逸れるが、InstagramやTwitterなどのSNSにも人が集まっている。これらのサービスが人気になっている理由に「自己 アピールがしたいから」「人と交流したいから」といった要素がよく挙げられるが、投稿やコメントを一切しない人でもついついSNSを見てしまう。そんなことを考えると、ヒトがSNSを見てしまうのは、人間関係の問題よりも、むしろ生物としての本能的な問題のような気がしている。ヒトは不確実な状況の中で思わぬ結果に出会った時、ドーパミンが大量に放出される。ドーパミンは脳にご褒美を与える物質で、ヒトは本能的にこの物質が分泌される行動をやりたくなってしまう。SNSで予想外の「いいね」を貰った時はもちろん、たんにフィードをスクロールして興味のある投稿に出会うだけでも脳が「報酬」を得てSNSを見る行動に夢中になってしまうのだ。

さて、ここでバーチャル井波を見てみよう。この仮想空間でできることは「町を散策すること」と「人とおしゃべりすること」だけだ。これを現実の世界で考えてほしいのだが、たとえば家の近所に世界中から観光客が訪れる世界遺産の町並みがあったとしても、ほとんどの人は毎日遊びに行ったりしない。何度行っても見られる景色に大きな変わりはないし、観光客と話しをする動機もない。どんなに立派な「箱」があっても、そこに人を夢中にするだけのコンテンツがなければ、一度訪問することはあっても繰り返し訪れることはない。

あらゆる施設があるが、いつ訪れても夜のまま。
運営側がアップデートをしない限り、展示物に変化はない。

コンテンツのつくりかた

では、どうすれば魅力的なコンテンツを作れるか。方法は3つある。

  1.  運営者が絶えずアップデートをする

  2.  AIによって自動的にコンテンツを生成し続ける

  3.  参加者にコンテンツを作ってもらう

まず運営者が絶えずコンテンツを作り続ける方法だが、ユーザーが喜ぶだけのコンテンツを提供するには相当な量の作業が必要になる。これは数人のスタッフでできるものではないし、莫大な予算が必要になる。

続いてAIが作る方法だが、2次元のコンテンツならまだしも、3次元オブジェクトやゲーム、しかけなど全てをAIがシミュレーションするには技術的なハードルが高すぎる。

そうなってくると、ユーザー自身にコンテンツを作ってもらうのが現実的だ。

UGCの問題

ユーザーがつくるコンテンツのことをUser Generated Content(以下、UGC)という。SNSの投稿もUGCだし、YouTubeの動画も同様だ。YouTubeが成功しているのは、Googleがプラットフォームを用意しているだけで、ユーザーが勝手に面白い動画を作ってくれるからだ。

バーチャル井波の場合はどうだろう。VRChatやclutserなどのメタバースプラットフォームでは、ユーザーが「ワールド」の中で自分のお店を開くこともできなければ、アイテムを持ち込むことさえできない。NeosVRというサービスを使えばワールドの中で自由にものづくりができるが、直感的に操作できるとは言えず、まだまだハードルは高い。


デバイスの処理性能の問題

また、ワールド内に魅力的なコンテンツを用意できない理由に、ハードウェアの処理能力の問題もある。3Dのコンテンツは画像や文章とは比較にならないほど処理が重く、高性能なハードウェアが要求される。バーチャル井波はスマートフォンでもストレスなく動くように容量が50MB以下になるよう設計している。ただ、4Kの写真を1枚入れただけで容量を20MBも喰ってしまうため、圧縮に圧縮を重ねて、やむを得ず低解像度の画像を入れている。本当ならば高解像度の彫刻作品を視界いっぱいに並べたいが、低解像度の3Dモデルがただ3体並んでいるだけということになってしまった。

最大解像度で表示した彫刻作品
メタバース内の彫刻作品


通信速度の問題

デバイスのグラフィック処理能力だけでなく、通信速度も大きな問題だ。もし仮に全員が超超超高性能パソコンを持っていたとしても、理想のコンテンツを全て盛り込もうとすると数百メガ、あるいは数ギガバイトの容量になってしまう。そうなると、読み込みだけで数分、場合によっては数時間待たされることになってしまい、とても使う気になれない。

わが家の通信環境は悪くはないが、50MBのローディングでさえストレスに感じてしまう。いまはようやく4Gから5Gになろうとしているが、6Gを飛び越えて100G通信が普及するのを期待してしまうほど、通信速度は大きな障壁となる。


そもそも面倒くさい

このように技術的な問題が山積みで、メタバース上におもしろいコンテンツが作れないのだが、そもそも魅力的なコンテンツがあったとて、スマホでアバターを操作するのは正直、面倒くさい。慣れの問題かもしれないが、思うようにアバターを動かせないし、没入感もそれほどない。

VRであれば、その世界にいるかのような没入感があり、本当に目の前で人と話しているかのような感覚にさえなれるため、もしメタバースが普及するとしたらVRが当たり前になることも条件のひとつなのかなと、個人的には思う。

ただ、現状ではHMD(VRゴーグル)は大きく重いし、ゲームやエンタメ以外の使い道がほとんどない。スマートフォンが普及したのは、これまで分散していた電話、カメラ、財布などの機能がすべて小さな端末に集約されて生活が便利になったからだ。HMDは年々小型・軽量化しているが、最低限、現在のスマートフォンと同等の機能が含まれる(すなわち「これ一台あれば生活が便利になる」と思われるようになる)まで、HMDが普及することはないと思っている。

スマホでの操作には慣れが必要。


それでも希望は持っていたい

ということで、いまの流行に乗って自治体や企業が独自のメタバースプラットフォームを作っても成功しない理由をさくっと書いてみた。本当はもっと書きたいが、これだけでも十分理解してもらえると思う。

ただ、ぼくはメタバースを批判しているわけではないし、個人的にはVRChatやclusterは遊んでいて楽しい。LINE通話やZoomでのオンラインミーティングは苦手だが、clusterでなら苦にならない。VRでバーチャルマーケット(仮想空間内で行われる世界最大のマーケットイベント)に行くと、現実のショッピングセンターへ行くのと同じ、いや、それ以上の満足感がある。いまの技術ではまだ3D空間で「暮らす」のが一般化することはないと思うが、将来、そうなってほしいという願望はある。

バーチャル井波は実験の場だ。この空間を育てながら、そして楽しみながら、おもしろいコンテンツとは何か、バーチャルとリアルをつなげるにはということを考えていきたい。

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