アフター・ザ・ゴールドラッシュ

まさに、光だった。川崎の言葉を私も引用しよう。四半世紀になる。当時小学生になったばかりの自分にとって、イチローは神様だったのだ。イチローが所属するチームは「がんばろう神戸」を合言葉に95年はリーグ優勝、翌年は日本一と黄金時代を迎えており、「憧れの選手がいる強いチーム」を小学生が応援するのも無理はなかった。

しかしイチローが海を渡った2001年以降、長い低迷を迎える。無援護のエース2枚が防御率1位2位で9勝しか出来なかったり、打線が活発になったと思ったら守乱と投壊でチーム防御率が6近くなったり、毎年のように監督が変わった。

21世紀に入ってから、優勝はおろか、Aクラスに入ったのは2回だけ。それでも毎年応援し続けた。昨年もまた酷いものだった。監督の積極的なダブルスチールはことごとく看破され、社卒小兵野手たちが毎試合のようにポジションを変え、レギュラーを掴むことなく負けを重ねていった。

恒例のシーズン途中での監督交代。2軍監督だった中嶋聡に白羽の矢が立った。実働29年というプロ野球記録を持つ男、そして95年96年の連覇を知る男。ようやく舞台は整ったのだと思う。

そして正式に監督に就任し始まった今シーズン。若手と心中する決意はよくわかったが、如何せん耐え難いものがあった。致命的なエラー、フリースインガーの低出塁率、チャンスでことごとく打てない。先発が試合を作っても防御率4超え被打率3割超えは当たり前の救援陣がぶち壊す。4月まではいつもと同じかそれ以下かも知れないと肚をくくっていた。

しかし、5月になると漸く吉田以外も打ち始め、交流戦に入ると課題だった中継ぎ陣も若干整い始め、故障者やベテランも復帰し始めた。素人目にもわかるようにチームは成長し、交流戦では何と優勝まで果たし、貯金どころかリーグ1位まで手が届くところまで来てしまった。

正直今まで応援してきた中でも屈指の楽しさだ。もちろん当社比で考えられないくらい勝っているからそれは当たり前かも知れないが、自身が夢中になった野球マンガみたいなエピソードやキャラクターに溢れており、一挙手一投足から目が離せないのだ。

「私とオリックス」で記事を書くと長編小説になってしまうので、「マンガっぽさ」に焦点を合わせて、今年の応援ポイントをまとめたい。

①神童山本と頓宮の幼馴染バッテリー

野球マンガと言えば幼馴染。タッチもメジャーも、ストッパー毒島もその存在は切っても切れないもの。まさか現実のプロ野球で首尾よくお互いプロになるなんてね。チームが別なら田中将大と坂本のようにあるかもしれないが、山本と頓宮はまさかの実家が隣同士。学年は違えど同じ少年野球チームで切磋琢磨し、山本は頓宮の父親とよく釣りにいったという。頓宮が大卒で山本に遅れてプロ入りした際にそのエピソードが話題になったが、今年の開幕戦で遂に幼馴染を超えた「実家が隣同士」バッテリーが実現した。残念ながら頓宮のリードや送球はまだまだ及第点といかず、現在は伏見がメインで組んでいるが、投げては山本が完封、打っては頓宮が決勝アーチ…なんて日も遠からず実現しそうだ。

②吉田・杉本の青学コンビ

昨年まで散々に“吉田個人軍”と揶揄されたオリックス打線。通算敬遠数の現役記録を見ればその意味がわかるだろう。試合数、通算年数換算すると吉田の数字が飛びぬけていることに。要するに「吉田以外誰も打たないから吉田は四球で次を抑えればいい」をここ数年やられてきたのだ。しかしその現象にも終止符が打たれる。

「2年後、同じドラフトでね」青山学院で共にクリーンアップを張った二人。2学年上の杉本は大卒時に指名漏れ。卒業の寄せ書きに吉田が綴った言葉である。そして2015年のドラフトで奇跡が起きる。ドラフト1位、吉田。ドラフト10位、杉本。まさか2年後同じドラフトで同じチームに指名されるとは。ルーキーイヤーから目を見張る成績を残した吉田に対してホームランか三振を地で行く杉本。30も手前、2020年に前任の監督に嫌われ2軍で首の涼しい思いをしながらも快打を連発していた杉本に転機が訪れる。中嶋監督の1軍監督代行と同時に「一緒に1軍に行くぞ」と遂に声がかかったのだ。そして確実性を身につけ今シーズンの飛躍に繋がったのはご存じの通り。4番に固定するには不安もたくさんあるが、少なくとも今は「吉田を避ければもう安心」という状況ではない。後ろにはチームホームラン王のラオウこと杉本が控えているのだ。これ、たしかやまだたいちの奇蹟とかで多分あったよね。というレベルのエピソードである。

③アンファンテリブル宮城の愛されキャラ

ドラフトはずれはずれ1位で入団したこの男は19歳にして、結果的にチームの救世主となっている。とても年相応に見えない見た目から「琉球ジジイ」と酷いあだ名を同世代のスターにつけられた男。実家がド貧乏でビニールグローブをレンジで溶かしたり、夕食は具なしのカレーだったりとエピソードには事欠かない。しかし実力はまごうことなき本物。というか年不相応の老獪なピッチングなのだ。左から150キロのクロスファイヤーを投げ込んだかと思えば球速差50キロのスローカーブで打者を手玉にとる。とてもプロ2年目とは思えない。見ていて楽しいピッチングである。しかもピンチにも強くゲームメイク力はやや乱調のきらいがある山本よりも上回るかも知れないレベル。敵味方関係なく「お金を払ってでも観たい」ピッチャーである。

シーズン開幕以降5連勝で伸ばし続けた髪はかつてのマスコット・ネッピーのようになっていたが先日突然高校球児ばりの5厘刈りに。「後輩がアタッチメントを付け忘れた」と苦笑いしながらもチームメイトに大受けし拝まれる様もマンガの主人公のようだ。オールスター投票でもマー君や山本を抑え現在堂々の1位。本格的にスターダムの階段を駆け上がっているが本人の「いてはいけないところにいる」という謙虚なコメントも思わず笑って応援したくなってしまう。

④安達とT-岡田のベテランコンビ

今シーズンの躍進にこの2人の存在は欠かせない。潰瘍性大腸炎を患いながらも、出場した試合では間違いなく打撃に、守備にチームに貢献する安達。その姿は青年誌の野球マンガで間違いなく見覚えがある。突破口を開く四球やソツのない併殺など、ここにきて玄人好みのプレースタイルを完全に確立している。シーズン途中に紅林に禅譲するような形で二塁にコンバートされたが、ポジションは変われどやることは変わらない。古参のファンからは「今日は安達の休養日か…」と残念がられるのはそれだけ安達がチームに欠かせない存在という何よりの証左だ。

そして22歳の若さでホームラン王を獲ったT-岡田ももう33歳。一時の深刻な不調に「もう終わった」などと言われたが今年は見違えるようにチャンスで打点を稼ぎ、西武戦の3点差をひっくり返す大逆転試合に同点打を放つなど、スタメン固定とは言えないものの「やっぱりオリックスの顔だよ」とファンを唸らせた。そして迎えた交流戦は絶好調。3割後半のアベレージと3本のホームランを放つなど2度目の全盛期かと言わんばかりの活躍で交流戦最終戦には11年ぶりのサヨナラタイムリーを放ったことも記憶に新しい。ネットで時折話題になる7年前の「T-岡田の昨日のホームラン」から漸く時計の針が動き出した。T-岡田のホームランが描く放物線は日本一美しい。すごい、起死回生の、エグいなどとホームランを形容することはよくあるが、本当にこの人のホームランは美しいのだ。

⑤躍動する若手

真の若手厨こと中嶋監督は開幕の二遊間を20歳の太田、19歳(しかも早生まれ)の紅林に託した。そしてセンターは野手転向して3年の佐野。守備ではエラーと記録にならない判断ミス、打撃ではケースバッティングガン無視で振り回す若手たち3人。崩壊したセンターラインを暗澹たる気持ちで見守っていたが、遂に太田と佐野を諦め、まさかの紅林がスタメンショートに定着した。低出塁率ながらパンチ力あるバッティングと大舞台でも物怖じしない強心臓。シーズン中でも如実に成長が伺える遊撃守備。これ、ホームランの打てる小野寺(ストッパー毒島)でしょう。太田と佐野は現在2軍でも迷走しているが黄金時代のためには2人の力が必要不可欠だ。何とか1軍に戻ってきて欲しい。そして課題だったサードには外野手の宗がまさかの定着。「お金をとれる守備」は必見だ。肩がメジャーリーガーみたいに強くてびっくりする。クラッチヒッターぶりも際立っており劣勢でも目が離せない。

投手陣では20代前半のローテーション投手は言わずもがな、開幕時の守護神でボコボコに打たれた漆原が何となくまとまってきて、大家族の冨山もようやくセットアッパーらしくなってきた。いつまでも能見、平野、ヒギンスに頼っていられない。活きのいい若手の登場をいつでも待つ。個人的には先発6枚目に山﨑颯が来たら嬉しい。あの角度はロマンに溢れている。

⑥見事にキャラ立ちしたレギュラー、脇役たち

6/12の交流戦優勝を決めた試合で久しぶりの勝利となった田嶋のコメントに涙が出てしまった。ポーカーフェイスで独善的にも見られかねなかった左腕が遂に周囲に心を許した。これ、ルーキーズでいう新庄の「握れば拳、開けば掌」ってやつではないか。それかストッパー毒島の清水、やまだたいちの和久井といったところか。

期待外れの打棒に散々“偽物”と叩かれた4億円の代打男兼打撃コーチことジョーンズも聖人エピソードに溢れており、代打では出塁率7割超えと“本物”のここぞの集中力も目を離せない。


かなり長くなったが、秋には25年ぶりの優勝を果たしていることを祈る。

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