海がきこえる

8年住んだ家を引っ越した。温いタナトスのようなものにずっと引かれながらも重い腰がなかなか上がらずにいたが、勢いが大事だ。お金のこともあまり考えないようにしよう。と都心から離れ特に土地勘もない神奈川の果てに居を構えた。「俺がwebライターだったら刺し違える覚悟でサンクションを与えてやる…」と思うくらい不動産屋と揉めたけど何とか新しい暮らしにも慣れてきた(残置物がまだ旧居にあるが…)。

東京でまだ消耗してるの?と煽る気持ちは一切ないが、よいグルーヴのある地方都市だ。時間がゆっくり流れている気がする。海が近いので毎週末に夜の海をただ眺めている(日中は人がたくさんいるので)。同じ温度でも東京より涼しい、気がする。通勤もバンド練習もかなりの移動時間になるが、上手い時間の過ごし方を掴めればそんなに苦ではない、気がする。


バンドサークルの後輩の結婚式だった。昔のメンバーに、とにかく久しぶりに会った。根本的には皆何も変わってなかったのかも知れない。そこは選民思想と賎民意識の混淆だった。でも、それにずっと囚われながらも、皆「普通」に折り合いをつけて生きている。ぎこちなくペルソナをかぶって。そこら辺は変わったのかも知れない。わからない。祝福に溢れた空間を共有した満たされた気持ちと、瓶底の澱のような濁った何かが消えないような気持ち。
皆成功も失敗もしなくていいから、元気でいたらそれでいいよな。誰に同意を求めるでもなく、電車に揺られながら自身に言い聞かせた。


「全部なくなっちまえばいいんだ!!!全部!!全部さぁ!!」夜中の1時過ぎに新居の上の住人が叫んでいた。鈍い物音。然るべき連絡を然るべきところに取ろうかと思ったが、30分程で咆哮は治まった。どうか一過性のものであってほしいと強く願う一方で(また引っ越すのは勘弁だ)、そのセリフを大声で叫んだらもしかしたら気持ちがいいのかも知れない、とも思った。

靄がかかった星空と漆黒の海を眺める。もう一人の自分が「いや、それは寒いよ」と肩に手を置いた。声も出さず、何もせずに水平線の向こうの闇を見つめた。

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