職場の孤独への対処法: ウェルビーイングという視点 (前半)

石川善樹

職場の孤独が問題とされる2つの理由

「人生のあらゆる問題は、対人関係の問題である」。

心理学者のアルフレッド・アドラーは、このように述べた。

私もアドラーの見解に共感しており、特に近年は、組織における人間関係の研究を行っている。具体的には、①ネガティブな人間関係を改善する、②ポジティブな人間関係を構築する、という2つの観点から多くの企業を観察してきた。

その中で非常に興味深いと感じている現象が「職場の孤独」である。後述するが、従業員が職場で孤独に陥ると、本人はもちろん、組織にも負の影響をもたらすことが分かり始めてきたからだ。そこで本稿では、「職場の孤独」というテーマを検討していきたいが、その前に、職場の孤独がなぜ問題か、企業への影響という観点から2つの主な理由を挙げていく。

第一に、孤独が個人や組織のパフォーマンスに悪影響を与えるためである。

たとえば、カリフォルニア州立大学サクラメント校のハカン・オズチェリクが、六七二人の従業員とその上司一一四人を対象とした調査では、職場での孤独感が強い従業員ほどパフォーマンスが低いと報告されている。ハカンによると、そのメカニズムは、孤独感を抱いている従業員は組織に対するコミットメントが低く、周囲の人間が接しづらさを感じるからだという。

また、社会心理学者であり、フロリダ州立大学教授のロイ・バウマイスターらは、調査の参加者に対して実験的に孤独感を抱かせた結果、論理的思考能力の低下、および他者に対する攻撃性が見られるようになったと報告している。このように孤独は、さまざまなメカニズムを通して、低パフォーマンスを誘発することが示されている。

第二は、孤独が健康を害するからである。

英国に孤独担当大臣(Minister for Loneliness)が新設されたことは話題になったが、その発端は、孤独はタバコと同等かそれ以上に健康に悪いというリポート(「ジョー・コックス委員会の報告書」)が発表されたことも大きいと言われている。同リポートでは、孤独は一日一五本のタバコを吸うのと同じくらい健康を害し、雇用主に対して年間二五億ポンドの損失を与えると記述されている。その一方で、孤独を解消するために一ポンドを投資すると一・二六ポンドの費用対効果が得られると報告されている。

別の調査では、社会的に孤立しているかどうかにかかわらず、孤独を感じる人たちは死亡リスクが二六%高いと示された。つながりが多そうに見えても、本人が孤独感を抱いていれば、健康に悪影響を与えるというのだ。これは、きわめて興味深い結果である。

このように、従業員が職場で孤独感を抱くことは、従業員の心身の健康状態を悪化させる。それは結果的に、第一の理由であるパフォーマンスの低下を加速させることとなる。

以上の通り、従業員が職場で孤独を感じると、①個人や組織のパフォーマンス低下、②心身の健康状態の悪化、という問題が生じる。言うまでもなく、これらは企業にとって見過ごすことのできない喫緊の課題であり、孤独を個人の問題だと切り捨てるわけにはいかないのである。

職場の孤独対策はウェルビーイングがカギを握る

では、「職場の孤独」という問題を解決するために、企業はどのような対策を講ずるべきなのだろうか。そこには、大別して二つのアプローチがある。

一つは、孤独という課題に直接アプローチすることで解決を目指す方法である。

『孤独の科学』などの著書で知られる社会神経学者であり、元シカゴ大学教授のジョン・カシオポによれば、孤独を解決するためには四つのアプローチがあるという。具体的には、孤独を感じる人に対して、①社会的接触を促す、②社会的スキルを高める、③社会的サポートを与える、④周りの人に対する認識を変えてもらう、である。ただし、①~③のアプローチはそれほど効果的でなく、④は有望な可能性が高いとカシオポは述べているが、実践例が少ないのが課題だという。

今度も、どうすれば孤独という課題に直接的な働きかけができるかに関する検証は続くだろう。

ただ、その特効薬と言えるほどの対策は見つかっていないのが現状である。

それゆえ、本稿では二つ目の方法、孤独に対して間接的にアプローチするやり方を紹介する。すなわち、孤独そのものではなく、孤独に影響を与える、他の要因にアプローチするという考え方だ。

ここで重要なのは、その要因にアプローチすることで、従業員の孤独に限らず、企業が抱えるいくつもの課題を一つでも多く解決できるような要因を選ぶことである。言うなれば、人体のあるツボをつくことによって、あらゆる健康問題の解決につながるような要因を探すのだ。そんな都合のいい話があるものかと疑念を抱かれるかもしれないが、個人や組織のパフォーマンスを向上させるツボとして、可能性を提示されているものがある。

それは、「ウェルビーイング」(well-being)である。

組織行動論の研究者であるエリザベス・テニーらは、ウェルビーイングが、職場の孤独を含む、企業のどのような課題に影響を与えるのかに関する包括的なレビューを行った。図表1「ウェルビーイングと個人や組織のパフォーマンスの関係」は、その結果を端的にまとめたものである。

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結論から述べると、ウェルビーイングは、従業員の孤独、健康、欠勤、自制心、モチベーション、創造性、離職率に影響を与えることで、個人や組織のパフォーマンス向上につながることが示された。すなわち、従業員のウェルビーイングを高めることで、職場の孤独を含むさまざまな企業課題を、いっきに解決できる可能性があるのだ。

では、個人や組織のパフーマンスを向上させるために、いかにしてウェルビーイングへ働きかければよいのだろうか。その本題に入る前に、そもそもウェルビーイングとは何かについて考察を加えたい。 

実は、ウェルビーイングという単語を日本語でどう表現するかは、いまだに定まっていない。”well-being”という単語を目にしたことがある人はいるだろし、”well”も”being”も馴染みある単語である。にもかかわらず、なぜ定訳が存在しないのか。その理由は単純だ。ウェルビーイングを一語で表現する日本語が存在しないからである。

ウェルビーイングという言葉が有名になったきっかけは、一九四八年のWHO(世界保健機関)の憲章前文で、健康の定義に「ウェルビーイング」という単語が登場したことにある。そこでは「健康とは、肉体的・精神的・社会的な観点から見て、完全にウェルビーイングな状態である」と定義された。なお、当時の日本人は、このウェルビーイングを「福祉」と訳している。それから六〇年以上が経つ中で、ウェルビーイングは「幸福」「満足」「快適」などさまざまな訳があてられており、定訳がないのが現状である。

ウェルビーイングの解釈が定着していないのは、英語圏でも同様である。たとえば世界最大の調査会社であるギャラップは、二〇〇五年から毎年、世界約一六〇カ国の「ウェルビーイング度」を測定している。国連はこのデータを用いて、二〇一一年から各国のウェルビーイングのランキングを発表しているのだが、その報告書名は「世界幸福度調査」(World Happiness Report)である。これは英語でも “well-being”という単語のなじみが薄いために、一般に伝わりやすい「幸福」(Happiness)と表現していると考えられる。

こうした状況を踏まえると、ウェルビーイングという概念は、それが示す範囲の広さ・曖昧さ自体が一つの特徴になっているとも言える。ただし、科学とはそもそも、曖昧な概念を具体的に定義・測定していく中で進歩するものである。それはウェルビーイングとて例外ではない。本稿の議論とは外れるため詳細は割愛するが、時に哲学的・宗教的な論争の的になりながらも、研究者たちはその時点で最善と思われる定義を行い、ウェルビーイングを測定してきた。

そして、数多の研究者が議論を交わした末にたどり着いた最高到達地点の一つともいえるのが、ウェルビーイングを「人生評価」(Life Evaluation)と「ポジティブ/ネガティブ体験」(Experience)という二項目で測定を行うという結論である。

人生評価では、人生全体に対する主観的な判断を問う。ポジティブ/ネガティブ体験とは、日々、それぞれの経験をしたかどうかを問うものである。この二項目でウェルビーイングを測定する方法は、ギャラップの世界調査でも採用されており、図表1も基本的にはこの考え方に従っている。

とはいえ、人生評価とポジティブ/ネガティブ体験という二項目によって、調査対象者の主観的なウェルビーイングを完全に捉えられるかといえば、おそらく違うだろう。だが、たった二項目の限られた情報によって、すべてではないにせよウェルビーイングの多くを説明できる簡便な測定法であることはたしかである。これは科学が目指す「最小の情報で最大を説明する」という発想にも合致するため、この手法は、経済学、心理学、経営学、予防医学などの社会科学分野で広く採用されている。

ウェルビーイングを測定しようという動きは、企業の現場でも始まっている。たとえば電通は、従業員がPCにログインした際に表示される質問(一日一問)にこたえると、自分のウェルビーイングが客観的にわかるシステム(バイタリティ・ノート)を全社で導入予定だ。こうしてデータが蓄積されれば、個人や組織のどんな特徴がウェルビーイングに資するのか、示唆が得られるという仕掛けである。

さて、ここまでウェルビーイングの概観を論じてきたが、次号では、どうすればウェルビーイングに働きかけができるのかを従業員、マネージャー、経営者と階層別に考えていきたい。

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