職場の孤独への対処法: ウェルビーイングという視点 (後半)

石川善樹

前号では、職場の孤独に対して「ウェルビーイング」という視点から対策が講じられ得ることを述べてきた。今号では、どうすればウェルビーイングに働きかけができるのかを従業員、マネージャー、経営者と階層別に考えていきたい。

1.従業員に対して ~家族・生きがい・雑談を大切にする~

従業員が自分自身で何ができるかを考えるためにはまず、日本人のウェルビーイングの国際的な位置付けを知ることが有効である。それを調査した結果によると、分析対象となった八九カ国において、日本人の人生評価は24位、ポジティブ体験の多さは44位、ネガティブ体験の少なさは9位となった。日本人の特徴として際立つのは、ネガティブ体験の少なさと同時に、ポジティブ体験も少ないことである。

では、どうすれば日本人のポジティブ体験を高めることができるのだろうか。元ドイツ日本研究所のティム・ティーフェンバッハらは、内閣府が2010年に実施した国民生活選好度調査のデータを活用し、何がポジティブ体験(主観的幸福度)と関連するかを分析した。その結果、「家族への満足度」と「生きがいへの満足度」が重要であると報告している。その一方で、「所得・就業・健康・余暇・友人・職場・居住地域への満足度」は、ポジティブ体験との関連が見られなかった。

ウェルビーイングのもう一つの側面である人生評価については、どうだろうか。私も関わらせて

もらった、日本人労働者1万人を対象に行った調査によると、「職場での雑談」がそれと強い関連を示した。具体的には、職場で笑う機会があることや、ワイワイ・ガヤガヤとした雑談をしている従業員は、人生評価が高い傾向を示した。その一方で、愚痴やヒソヒソ話といった雑談は関連を示さなかった。

従業員の雑談を促す方法の一つとして、いわゆる「たばこ部屋」のような空間をつくるのは有効ではないか。健康の観点から喫煙は避けるべきだが、私は、そこで起きる現象自体はポジティブにとらえている。限られたスペースに役職や立場を超えて従業員が集まることで、多様なコミュニケーションが生まれるからだ。たとえば、メガネ専門店「JINS」を運営するジンズは新しいオフィス空間の提案も行っており、「たばこがない、たばこ部屋のような空間」を設計するために、私も入らせてもらって共同でR&Dを行っている。

以上、日本人を対象にした限られた知見に基づくと、家族・生きがい・雑談を大切にすることが、個人のウェルビーイング(特にポジティブ体験と人生評価)を最適化するのに有効である可能性が高いと考えられる。

2.マネジャーの役割 ~エンゲージメントの推進~

職場のウェルビーイングを最適化するために、マネジャーの役割はどうだろうか。結論から述べると、「部下のエンゲージメント」を高めることが、ウェルビーイングに働きかけるうえで有効であると報告されている。

ギャラップは、2009~2010年にかけて、世界50カ国で労働者を対象に調査を実施した。その結果、エンゲージメントの高い従業員ほど、ウェルビーイングも高いと報告されている。これはもちろん、日本においても同様のパターンが見られた。

エンゲージメントが高い従業員の定義とは、仕事と職場に深く関与し、熱意を持って取り組んでいることとされている。エンゲージメントの測定法には、ギャラップが開発した「Q 12 Ⓡ」と呼ばれるエンゲージメント項目があり、これは科学的かつ国際的に、その妥当性が検証されている指標である。

それでは、日本人のエンゲージメントについて見てみよう。Q12で定義されるエンゲージメント度合いによって大別すると、次のような結果が示されている。

「エンゲージしている」(6%)

「エンゲージしていない」(71%)

「非常にエンゲージしていない」(23%)

となっている。なお、国際標準と比較した時、この割合は非常に低いといえる。

Q12 が興味深いのは、ほとんどの調査項目が、マネジャーが取るべき行動について問われている点である。それゆえに、これら一二項目を活用してPDCAを回すことで、部下のエンゲージメントを着実に高め、ウェルビーイングに働きかけることができるだろう。

たとえばQ12 には、「この一週間の間に、良い仕事をしていると褒められたり、認められたりした」という項目がある。この「一週間」という期間が重要であり、毎日でも、月に一回でもなく、週に一度、部下の仕事を気にかけることが有効だと判明している。

ヤフーの川邊健太郎CEOはこれを実践しており、一週間に一度、部下と一対一の面談を行ってきた。面談の終わりには「今日の面談の中で何が印象に残ったか」と尋ねるそうだ。この質問を通して、部下が自分の仕事で何を大切にしているのかを知る機会となり、「これからは、そこに目を向けよう」と気づきを得られることが多いからだという。もちろんQ12に加えて、前述の通り、従業員が家族や生きがいを大事にできているか、職場で笑ったり、ワイワイ・ガヤガヤと雑談できたりしているかを気にかけることも、マネジャーの役割ととらえていいだろう。

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3.経営者の役割 ~信頼の文化を築く~

「繁栄する国家や組織には、どのような特徴があるのか」。

経営者なら誰もが知りたいこの問いの答えとして、研究者は100を優に超える要因を明らかにしてきた。その中で、ウェルビーイングに関連する要因として近年注目を浴びるのが「信頼の文化」である。

『トラスト・ファクター』などの著書で知られ、クレアモント大学院大学教授であり、神経経済学者のポール・J・ザックは、信頼の文化が国家や組織の繁栄と関連していること、信頼はオキシトシンと呼ばれるホルモンによって生じることを実証した。

ところで、「信用」と「信頼」にはどのような違いがあるのだろうか。私は、信用とは相手に対する「理性的」な判断であり、信頼とは相手との「感情的」な結び付きであると定義している。つまり、信用とは、相手の過去の肩書きや実績などから理性的に相手を判断することを意味する。それに対して信頼とは、相手がどのような人物であるかに左右されず、感情的に結び付くことである。信頼関係とは言っても、信用関係とは言わないように、お互いの関係性が伴うかどうかが、信用と信頼を分かつ重大な違いだと考える。

それでは、経営者はどうすれば、信頼の文化を築くことができるのか。ザックによると、信頼の文化を築くうえで重要なキーワードの一つが、「従業員を一人の人間として認める」ことだという。そのためには、仕事の側面だけに目を向けるのではなく、従業員がどのような趣味を持っていて、人生を通して何を達成したいと考えているのかなどを理解し、それを示す必要がある。

その際、特に重要になるのが、組織の末端にいる人たちへの接し方であろう。たとえば、マンチェスター・ユナイテッドの元監督アレックス・ファーガソンの場合、チームがゴールを決めた時、最初に抱き付いて喜びを共有するのは得点を決めた選手ではなかった。ベンチにいる用具係である。

ファーガソン元監督は、チームが末端の構成を含めた全員の信頼から成り立っていると示すために、意識してその姿を選手たちに見せていたという。

リクルートマーケティングパートナーズの山口文洋社長も、従業員一人ひとりと向き合いながら、信頼の文化づくりに多くの時間を投じる経営者の一人だ。マネジャーはもちろん、新入社員や中途採用社員にも信頼の重要性を直接かつ何度も訴えたり、従業員間で信頼が育まれるよう、職場外での活動にも積極的に投資したりするなど、信頼を体感できる仕組みの構築にも工夫している。

このような経営者の姿勢は、組織に信頼を伝播させる。それが企業文化に昇華することで、従業員にとっては「家族・生きがい・雑談」を大事にしやすい風土が整い、またマネジャーにとっても「部下のエンゲージメント」に取り組む土壌になると考えられる。

最近では、経営者が中心となり、組織レベルで信頼の文化を築こうとする動きも見られる。CPO( Chief People Officer:最高人材活用責任者)という役職の誕生は、その象徴であろう。CHRO(最高人事責任者)とは異なり、企業文化の醸成により重点を置く新たな役割として注目を浴びている。日本でも、たとえば楽天では、創業メンバーの一人である小林正忠氏がCPOに就任した。

4.おわりに

日本ではいま、国を挙げての働き方改革が進んでいる。その背景には、現代を生きる私たちの責任として、次世代にどのような働き方を継承すべきか、という大きな問題意識が横たわっている。そして長時間労働の是正をはじめ、従業員が働きやすい環境を築くべく、国と産業界が一丸となって取り組んでいる。

これに対して、本稿で論じた「職場の孤独」という問題は、働きがいのある環境の推進に資するテーマといえるのではないか。「働きやすさ」と「働きがい」は、自動車の両輪のようなものである。どちらか一方がより重要というわけではなく、等分に改善すべく両者を視野に入れながら、これからの働き方改革を推進していくことが求められる。

その際、本稿で紹介したウェルビーイングという視点は有効であろう。まだ十分な科学的知見は蓄積されていないものの、日本企業をより働きがいのある会社へと成長させるうえで、大きな一助になると考えている。

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