「流れに従って生きる」ーN建設編ーACT18:「住宅事業部」へ配属
鉄筋コンクリート造の小学校の現場も、「マンガを描くというエピソード」と「多くの人との関り」という思い出を残して、無事に竣工しました。
その年、N建設は「公共工事に頼りすぎている体質」を改善する目的で「住宅事業部(民間工事)」を立ち上げる方針を打ち出しました。
私は、大きな「箱もの建築(小学校や体育館など)」よりも住宅をやりたいなぁ・・という思いもあり、その住宅事業部に希望を出して配属させてもらいました。
しかし、ゼネコンに家づくりを依頼する・・というのは敷居が高いのか、新築の受注の見込みもない前途多難な船出でした。数ヶ月間小さな改修工事やリフォームの経験をしたのち、運命の展開がまたも訪れてきたのです。
その年の秋ごろに、内田さんという方から 「ご実家が家を建てる」といことで、N建設に相談があったのです。
これも、偶然なのですが、内田さんは私がN建設でアルバイトする直前まで、そこでアルバイトをしていた「N建設アルバイト組 腐れ縁」の1人なのです。
しかも、内田さんは、東北大学建築学科という私の先輩でもあり「東北大学建築学科の腐れ縁」でもありました。
その内田さんが設計事務所として独立することとなり、その第1号の住宅がご両親の家で、その工法が「新在来木造構法」だったのです。
(新在来木造構法=在来木造で全室暖房可能な高断熱住宅)
内田さんが建築予定の説明にN建設に来たとき、私と内田さんとは実は初顔合わせでした。腐れ縁がいろいろあり、名前とエピソードは5年ほど前から聞くことはありましたが・・、機が熟したのか・・ようやくの顔合わせ・・となりました。
内田さんは、これから始まるご実家の家づくりについて、「構造」や「高断熱高気密」の説明を詳しくして、「これからの時代の住宅だと思います」と力説しました。私は、その住宅の説明を聞いているうち、無性に「この現場をやりたい」という思いに駆られました。
強烈な「流れ」を感じたのです。
内田邸の現場担当・・
翌日の住宅事業部でのミーティングで、私は、この現場をやりたいという「やる気」と「オーラ」と「目ぢから」を、当時の上司であるS工事長に出しました。誰が見ても、「私がやりたい」という・・・
「やる気満々」の雰囲気を醸し出しながら・・(^^;)。
ところが・・、
数日後のS工事長から言われたのは・・、
別のTさんが、内田さま邸の現場担当で・・
私は・・小さい改修工事担当という指示でした。
2年目という経験値を考えられたのか・・
あまりにもあからさまに「やりたいオーラ」を出し過ぎたからなのか・・
理由はわかりませんでしたが、肩透かしをくらった感じになり大きなショックを受けました。
E工事長だったら・・やる気を尊重して、違う判断をくだしてくれただろう・・と思うほど、そのときのショックは何故か今でも覚えているほどでした(;_;)。
私は数日間、腑抜けた状態で、次の改修工事の準備をすることとなり、未練たらたらで悶々と日々を過ごしていました(--;)
つづく・・
この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?