怪物


 夜遅くに家に帰るといつも父が起きていて、よく食事を用意してくれる。ぼくにはその愛情が鬱陶しかった。きっと母でも同じように思っていただろう。なぜならべつに父が特別嫌いというわけではないのだから。

 11時を過ぎて帰宅し、リビングでゆっくりしていると、父は「おかえり」と声をかけてきて、続いて必ず「ご飯は?」と聞く。ぼくは冷徹に「いらない」と答えたい。どうしても鬱陶しい、この面倒臭さを今すぐに払い除けたい。結局、「ああ」とも「うん」ともつかないような呻き声を上げるだけである。

 それはきっとぼくが食事もせずに仕事を頑張っていることを示したいわけでも、自ら進んで不健康に向かおうとする独りよがりな自己犠牲でもなかった。いな、それでもあり、また別のものでもあるのだろう。

 ぼくは結局のところ、この無意味な親不孝に名前をつけることができなかった。ぼくはぼく自身が何者でもないことを思い知った。そして同時に、そのようなぼくによるぼく自身の否定が名前のない異物の正体だった。

 父を傷つけ、母を罵倒する。他人を傷つけることによる自傷行為。大量のタバコや飲酒、抗うつ剤の多量摂取もきっとその端くれだろう。ぼくはぼく自身の虚無性とその否定のために、自身だけでなく、周りを傷つける邪悪な怪物となっていた。

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