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スタバ読書から"BORDERLESS"へ

数年ぶりのスタバ読書で目に留まった文章。

「ある禅寺の老僧は、自分の体験をこのように語った。
『たけのこにあえばたけのこになりきり、松茸にあえば松茸になりきり、馬鈴薯にあえば馬鈴薯になりきり・・・その持ち味を知るとともに、単独では料理にならないから、お互いの持ち味を出しあって、それらが融合して完全な一つの味を出さねばならぬことに気がついた』と。
このたけのこをAさんに、松茸をBさんに、馬鈴薯をCさんという人間に置き換えれば、そのまま世の中のつき合いとなるばかりか、私たちが生きて行く上の大きな指針になるに違いない。
(中略)
したがって、この著書から精進料理の技術を学ぼうとしても駄目である。そのかわり、読者は、そこからいくらでも豊かな糧が得られるし、またそれは何にでも応用できる可能性を秘めている。要は、実行することである。今、はじめてみることだ。目を覚ましてごらん。材料はまわりに一杯あって、あなたを待っている。水上さんがほんとうにいいたいのは、そういう自覚ではなかったかと思う。」
白洲正子『縁あって』から「水上勉『土を喰う日々』」(p.254-255)
「Q33.じぶんのやりたいことがわからないのですが、どうやって見つけたらよいですか?
一般社会では、「未だ見ぬもの」を実現するために、その合理性や必然性を証明し、責任者や上司、仲間を説得する必要があります。けれどもほんとうにたいせつなことは、じぶんが見たい光景を意識し、たとえささやかなことであっても、それを実現し、記録し、伝えることです。それを続けていくと「この人が言っているのだから、よくわからないけれどきっとうまくいく」という評価、信頼が、まわりから少しずつ得られるようになります。」
三浦丈典『いまはまだない仕事にやがてつく君たちへ』(p.213)

自らが動き、始めることが周りに及ぼす影響こそ、関係性をダイナミックに変化させ、自他の境界線をぼかしていくことに繋がる。
そのためには、他とは違う自分に気付き、認めた上で、世界へと開いていくことが、何としても必要なことだろう。
常識や世間に囚われることなく、自分が望む未来へ。

「愛した人 歩んだ道 何もかも全部間違いじゃない 顔を上げて 明るい未来へ ほら、辿り着けそうだ どこまでも越えていけ 誰も止められない 名もなき僕らの声を 刻み込む今を We go」雨のパレード『BORDERLESS』


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