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グラニュースミス

これはグラニュースミスから実生で先祖帰りをしたりんご クラブアップル

町田さんのところを山梨の三井さんと訪ねました
町田さんは農薬のいらないりんご作りに情熱を燃やしていてグラニュースミスを植えてワリンゴと交配 先祖返りしたリンゴです

グラニュースミスは低農薬で栽培できる品種です

●「高坂リンゴ(こうさかりんご)」は、長野県北部の飯綱町高坂地区周辺に古くから伝わるワリンゴで、江戸時代には善光寺でお盆のお供えとして売られていたそうです。このリンゴは、完熟して落下する前に皮が剥けてくるのが特徴です。
農薬のない時代から栽培されていた ワリンゴとグラニュースミスの交配種から農薬のいらないリンゴが誕生日するかもしれません

ワリンゴ http://www.naro.affrc.go.jp/archive/fruit/itiosi/2012/043785.html


りんごの歴史

現在栽培されているりんごの起源はコーカサス地方(ロシア南部)が原産地とされ、古代民族の移動に伴いヨーロッパに伝りました。ヨーロッパではりんごは最も栽培の歴史の古い果物で、4000年前から栽培が始まったとされています。その証拠に湖棲民族(ヨーロッパ中部の先住民)の遺跡から炭化したりんごが発見されました。この頃のりんごは品種としては確立されておらず、原種そのままでした。
6~7世紀になると、アングロサクソン民族により栽培技術の進歩と品種改良が行わるようになりました。しかし、16世紀頃までのりんごはクラブアップル(小さく、酸味、苦味があり、主としてサイダーの原料になる。)でした。16世紀からイギリスなどで大玉の果物用品種が発達し、現在のりんごのもとになりました。17世紀頃にはアメリカへ移民とともに入り、当初酒用だった物が、19世紀中期から大果の美味な現代品種が多く育成され、逆にヨーロッパへ普及していきました。中国へは西域を経て6世紀には伝わっていましたが、すでに中国原産のワリンゴが栽培されていました。

日本では野生のミツバカイドウやエゾノコリンゴの原生はあったものの食べられる物はなく、8世紀頃中国からワリンゴが渡来しました。
ヨーロッパ系のりんごは文久年間(1861~1863)に初渡来、江戸の大名邸に植裁されていたようですが、公式導入は1871(明治4)年に開拓史がアメリカから持ち帰ったものがはじめです。

グラニースミスの色は黄緑色である。さくさくした食感でジューシーで酸っぱく、生で食べるのにも調理用にも適している。Lytle Sweetness Scale では、生のグラニースミスの糖度は 6.2 であるが、火を通したものは 11.6 である。そのため、グラニースミスはアップルパイを作るのに向いている。また、切り口がなかなか茶色にならないため、スライスしてサラダに入れるのにも適している。

グラニースミスの栽培には、冬の寒さは短い方が良い。そのため、通常のリンゴよりは温暖な気候を好む。

グラニースミスは、ビートルズのアップル・レコードのシンボルマークに採用されたことで世界中で知られている。

グリコ乳業の「赤りんご青りんご」は当初、本品種と紅玉をブレンドさせた100%ジュースとして発売された。

グラニースミスはオーストラリアで1868年にマリア・アン・スミスによって発見された偶発実生とされています。クラブアップルの一種(Malus sylvestris)に地元の栽培種(Malus domestica)の花粉が交雑して生まれたと考えられているそうです。このマリア・アン・スミスという女性はその地域でみんなから”グラニー・スミス=スミスおばあちゃん”と呼ばれていたそうです。そこからこのリンゴがそう呼ばれるようになったのだそうです。実在した女性の愛称だったんですね。
彼女はこのリンゴを発見した2年後に亡くなっていますが、その後この木は受け継がれ徐々に広まり、1935年にはイギリスへ、そして1972年にはアメリカでも栽培されるようになりました。それ以来、今日に至るまで欧米では最もポピュラーな青りんごとして親しまれています。ビートルズの「アップルレコード」に使われていることでも知られています。


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