吉田太郎 食の安全と種の話

食の安全と種の話

吉田太郎氏のキューバ有機農業紹介がおもしろい

 吉田太郎氏もかつて、東京都に勤務しながら金子氏の農場で土日の研修を経験しました。吉田氏は1961年東京生まれ。筑波大学自然学類卒。同学大学院地球科学研究科中退。『200万都市が有機野菜で自給できるわけ』を書いた時は東京都の農業関係の職員をしていました。現在は「長野県農業大学校勤務」となっています。
 この本を書いてからの氏の活躍はすごい。キューバへの並々ならない傾倒が氏の情報収集力を一層高め、未だかつて日本人が知らなかったキューバに関する新しい情報とそれに基づく新しいキューバ像を私たちに示してくれました。それは360度転回の全く従来とは異なる斬新なものでした。これほどの情報転換はめずらしいものでした。
 それまでは、年配者ならケネディとキューバ危機、ソ連の属国などのイメージもあるでしょうが、大半の者が砂糖生産だけのイメージであったと思います。無理もありません。アメリカの経済封鎖で、キューバはいわば鎖国状態だったわけですから。世界の経済発展から取り残される、いやこの表現はよくないですね、世界の価値観とは別次元の独自の社会を作ったのです。
 その独自性を吉田氏は私たちに克明に説明してくれたのです。独自性は社会構造から生活様式まですべてに亘っていたので、吉田氏の書くべきテーマは無限に広がっていて、氏の筆力は俄然、怒涛の勢いをもってほとばしったのです。
 それにしても、すごい筆力・文章力です。小川町での研修時の仲間はこう言っています。「当時から彼は、物事の本質を見極める抜群のセンスと緻密な調査能力と明解な文章を迅速に書き上げる 才能を持っていました」(「石ころ農場」より)。それと語学力も抜群、東京都に勤務しながら、土日には小川町での農家手伝いに出かけてくるフットワークのよさ。吉田氏にとっては、東京から小川町までの距離とキューバまでの距離の違いはなかった。その後、氏はキューバに足繁く通い、見聞の成果を私たちに開陳してくれることになったのです。
 それにしても、。『200万都市が有機野菜で自給できるわけ』はすごかった。これでもか、これでもか、まだあるぞ、と事例、エピソードが次から次へと出てくる。総ページ数416頁。各章各節が一冊に値する内容である。いま、それが、新たな取材と分析が加えられて次々と出版されています。福祉、医療、教育等々。私たちの経済社会と対極にある社会の仕組みと人々の生活がリアルに楽しく描かれる――行ったことにない観光地の面白さに似た陽気な面白さ、それでいて経済を競って崩壊していく社会のアンチテーゼをしっかりと認識させてくれる、そんな魅力があります。
 氏の本を読み情報に接する時は、キューバに関することであるがキューバだけに関することではない、と言えます。キューバを突き抜けた文明論だからです。そこにキーワードはいくらでもあります。成長なき経済、そのもとでの福祉、石油なきエネルギー社会、等々。我々の生活の対極をイメージすればいいわけです。そこには、どんな博識傍証の理論より説得性あるかつわかりやすい文明論があります。
 吉田太郎氏の本をとサイトに触れてみることをお勧めします。
 http://www14.plala.or.jp/Cuba/
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日本農業新聞より
『タネと内臓 有機野菜と腸内細菌が日本を変える』の著者で知られる吉田太郎さんは現在、長野県で暮らす。東京都庁で働いていた頃から、キューバの都市農業などを紹介してきた。ところが50歳を過ぎて突然、糖尿病を患い、インスリンを打つ暮らしを強いられた。大病を食生活で克服した吉田さんが「タネと内臓」の知られざる謎に迫ったのが今回の作品だ。

 吉田さんは、免疫力を高めるには腸内細菌の改善が大切と考え、食生活を見直し、地元の有機農家とつながる。さらに、食と農の真ん中にある種というものが、国内外の大企業のビジネスの最前線にあり、そのことが、土壌菌に至るまでの多様性を危うくしかねないことに疑問を覚える。

 米国では、既に9割が遺伝子組み換え(GM)大豆である。同書では、ロシアやブラジルなどの種と生物多様性を守ろうとする新たな動きも紹介されているが、何より、中年の独身者である吉田さんが食生活を変えることで、難病を克服していくさまに希望と説得力がある。
伝統野菜も守る
 2月末、飯田市の「子どもの食・農を守る会伊那谷」主催の講演会に招かれた。共催は地元のJAだ。昨年、主要農作物種子法(種子法)が廃止された。将来的には、国内でも種苗産業の自由化が進み、種が高騰したり、農家が自由にまけない種が増えたりする事態が起こらないとも限らない。

 そこで地方自治体が、今後も農家が自家採種できるような枠組み作りに乗り出した。新潟、山形、埼玉、富山、兵庫の5県が既に条例を制定。長野、北海道、福井、岐阜、宮崎などでも新たな条例の施行を予定・検討しており、さらに増えそうだ。

 北海道は稲、大麦、小麦、大豆の「主要農作物」に加え、畑作の輪作で重要な小豆、エンドウマメ、インゲンマメ、ソバを対象作物とした。長野県もソバや伝統野菜などを組み込もうとしていることが評価される。

 そう教えてくれたのは、もう一人の演者で、日本の種子を守る会事務局アドバイザーの印鑰(いんやく)智哉さんだった。

法整備が進まず
 印鑰さんは、ブラジル社会経済分析研究所に3年間勤めるなど、海外の動向にも詳しい。今、最も危惧するのは、昨年米農務省で認可されたばかりのゲノム編集の商業作物の日本上陸だという。繊維が多い小麦、高オレイン酸の大豆などが、既に商品化されている。あまりの速度に法整備が追い付かず、現時点では、ゲノム編集された作物が隣の畑で栽培されても届け出の義務さえないという。

 国連食糧農業機関(FAO)の元職員、ホセ・エスキナス・アルカザール氏は、19世紀半ば、数種類のジャガイモに主食を依存していたアイルランドで、芋の病気がまん延した時、多くの国民が犠牲となった悲惨な事例を紹介しながら、食の安全保障は、もはや単一品種を効率良く作ることではなく、農と食の多様性をいかに守るかにかかっていると力説する。

 2018年の「小農と農村で働く人びとの権利に関する国連宣言」には、農家の自家採種の権利が明記されている。国際熱帯農業センターは、今ならまだ世界の種の8割以上が、小さな農家の自家採種や種の交換を通じたものだという。

 こうした世界のもう一つの潮流を受けて、今、日本各地から地域の食の安全保障として、農や多様性を守るための枠組みを作っておこうという頼もしい動きが芽生えている。取り組みが広がることを期待したい。

 しまむら・なつ

 1963年福岡県生まれ。東京芸術大学卒。ノンフィクション作家。イタリアのスローフード運動を日本に紹介した先駆者。著書に『スローシティ』『生きる場所のつくりかた~新得・共働学舎の挑戦』など。

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