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原口剛さん(神戸大学大学院准教授)インタビュー前編・4

活動家が労働者の行為を反復する

――実質的な運動として釜共闘というものがあって。その激しさゆえにいわゆる手配師の仲介業者から嫌がられてしまったとか、もっと端的に言ってしまえばオイルショックと構造不況ですよね。本当に日雇い労働の人たちというのは景気循環の最先端に常にいるんだな、と資料見せてもらってしみじみ思うんですけれども。まず真っ先に職がなくなるのは日雇い労働の人たちですよね?そういう不況と直面して労働者自身の人たちからもちょっと批判を浴びて。まあ、ガッチリとした組織ではないからフェイドアウトしたみたいですけど。

原口:そうなんですよねえ。

――でも日雇い労働者組合というのが、その後出来ているんですよね?

原口:そうです、そうです。

――それはそういう前例があって、釜ヶ崎の日雇い労働者組合というのは出来るんでしょうか。

原口:そうです。前史としては釜共闘の運動が切り開いたのは間違いない。その後は釜共闘がとったような、もうひとりひとりが釜共闘を名乗る。要は「トップがいない」という状態は否定されていくんですけれども。

――アナキズムですね。

原口:確かにアナキズム的な、やっている活動家が自分自身のことはアナキストと思うかどうかは別として、活動としては完全にアナキズム的な活動だと思います。たぶんそのアナキズム的性質というのは、ぼくがひとつ釜共闘の面白いところだと思うのは、すごく労働者の論理、日雇い労働者の論理を積極的に取り入れたことだと思うんですね。重要な局面で釜共闘の運動を転換するときって彼ら自身が労働者がやったことを釜共闘で反復するようなことが多いんですよ。
 ぼくが好きな、とても重要だなという思想は越冬闘争の始まりですね。越冬闘争のはじまりは、まず三角公園で集会をやろうとするわけですよ。冬に向けた。ところが寒いものだから、誰も集まらないわけです。真面目な集会だから。で、もう完全に集会としては失敗した。

――はは(笑)。

原口:肩を落としてもうやることもない。だからもう「今日はやめ、やめ」と言って何をするかというと、寒いからお互いに、じゃあ相撲でもやろうかといって相撲を始めるわけです。それを始めると「おお、何やってるんだ?」ということで回りに労働者が集まってきて、中には行司をかってくる人も出てくる。結果的に当初予定していた集会よりも相撲大会として盛り上がったわけです。それを受けてその冬にはバトミントン大会をやってみたり、いろいろスポーツをやっているわけです。で、その流れの中で夏祭りをやるという方向になっていくわけです。

――そういう出来事のうえに夏祭りがあるわけですか。

原口:そうなんです。だからいまだに一番重要なのは夏祭りのプログラムの中でも相撲なんです。労働者の文化の始まりなので。最初は相撲をとるところから始まったので。そういう所でも実は釜共闘が運動してやったというよりは、労働者が勝手に面白がって始めたことが釜共闘の内実を作っているというところがあるんですよね。だから鈴木組闘争の現場も実は、当事者に聞くと立ち上がり怒りくるったのは労働者で、釜共闘の活動家は真ん中にはいなかったという話らしくて。

――(笑)なるほどね。

原口:ちなみに船本も思想をすごくロジカルに語っているんですけれども、よくよく読んだら、日雇い労働者がいったいどういう風に労働しているかということを記録したルポルタージュみたいな性格がすごく強い。例えば船本州治が労働者がやる実践で一番重要なのは「サボタージュ」だと言ってるんですけれども。どういうプロセスでそれを言うかというと、労働者はここぞというときによく「手を抜く」と。あまり働きすぎず、なるべくゆっくりと働いて、自分が殺されないように労働現場で自衛する。それが一番ラディカルではないかということで船本州治は「サボタージュ」という言葉を重視するわけです。それも船本が考え出したというよりは労働者がやっているその姿の中から船本が観察して拾い上げて、それを言葉に結晶したものであるからこそ、面白さがあって。

――ある意味翻訳をしていると。当事者たちの翻訳者みたいな。

原口:だと思いますね。そのあたりが釜共闘のアナキズムのたぶん限りない原点で、「流動的下層労働者」という言葉を生み出した。まさにその通りのことで。労働者のありように限りなく即した組織ともいえない組織の運動を作り出したという面白さなんじゃないかなと思いますね。


         「流動的下層労働者」とは?

――でね。ちょっと話を別の角度に持っていきたいと思うんですが。おそらく船本さんの議論の面白いところは労働運動の展開の、日雇い労働の展開の話だけじゃなくて、さっき言われた「流動的下層労働者」という言葉で釜ヶ崎という土地の議論だけじゃなくて、例えば山谷=釜ヶ崎の関係とか、あとは寿町と名古屋の…。

原口:笹島。

――笹島ですね。つまり空間を一か所にとどめないで、空間をいくつかまたいで同じような運動が起きていく。そして労働者が流動していくと。そのようなことに着目するあたりなんです。釜ヶ崎における労働者の生存のための闘争。これはすごく大事なんですけれど、原口さんの研究のオリジナルなところはその空間をまたぐ運動への問題意識だと思うので、そのあたりを少し説明いただければ。

原口:まずは先ほど話した地図の二次元の空間。実はそのあたりとも深く関係するんですけど。通常僕らが空間としてシュミレートするのは地図なんですが、それはどうしても定住的なものなんですね。定住と、所有と。ところが地図がそうであるということは、労働組合もそうですし、労働運動もそうですが、基本的に抵抗のありようというのも定住していることが、抵抗的組織の前提になってしまうということがあって。ところが実際、全港湾の労働組合組織を作った時には要するに組合を作ってもすぐ人がいなくなってしまう。労働者がいなくなってしまう。

――ああ、なるほど(笑)。そうか。

原口:だから運動として立たないというのが一番の悩みどころだったんですけど、なるほどと思いつつ、でもそこは勝手に研究者的には面白い話だと思って。つまり定住を前提とした組織は基本的に裏切られていくというか、ひっくり返されていく。

――活動家がいなくなってしまう、と。

原口:ええ、そうなんです。流動をベースとしてますから。ところが釜共闘はむしろ流動をベースとしているわけで、それはもう短期間とはいえ、爆発的な力を発揮するわけです。たぶん釜共闘のすごい点というのは、組織のありようとして定住を前提とするのではなく、流動を前提としたときに一気にさまざまな場所で実践が伝播していくようなルートを作ったということ。もともとあったんですけど、ただそれを「発見した」ということですね。有るものを発見していくというのはまさに「地図を描く」。そういうことがありますので。

――なるほど。

原口:やはり地図を作るというのはどういうことかというと、すごく地理学的な言い方になるんですけど、どれだけ広い空間を認識できるかということだと思うんですね。通常それが二次元の、平たい平面を上から眺めるという形になるわけですが、そうではなしに、流動を前提とした釜共闘の運動という全く違うやり方で広い空間というのを掴み取ったわけですね。
 掴み取ったというのは、要するにコントロールしたというわけではなしに、例えば釜ヶ崎で起きた出来事があっという間に山谷に飛び火するとか、山谷で起こったことがまた別の場所に飛び火するとか。そういう形で空間を広げていったし、それはそれなりに可視的なものとして出てきたわけです。目に見える出来事として提示されるわけですから。そういった空間のありようを如実に示したということで流動的下層労働者という言葉と、それがもたらす空間のイメージというのは、一瞬であれ、その空間のありようを言葉の広い意味で「地図化した」と思うんですよね。で、そういった地図の描き方というのは、たぶんそれを前提として見えるものが確実にある。
 例としては、過去10年くらいに起こった世界の運動状況もそうですけれども、実に「しっちゃかめっちゃか」な広がりかたをしているじゃないですか?アラブの春が起きました。それに呼応してオキュパイ、ニューヨークで抗議が起きました。と思いきや、今度はイスタンブールに飛び火しましたというので、「どこを通ったらそうなるのか?」というような飛び火の仕方をしている。この飛び火の仕方というのはたぶん通常の地図でポイントにおとしたところで、まったく意味不明の広がり方をしているのであって、そういったかつての釜共闘が垣間見せたような、遠いところに飛び火させていくような空間。そういう力というものがあるという風にみないとなかなか掴むことができないしろものだと思っているんですね。それを地図化するため、掴むための手掛かりがたぶん、「流動的下層労働者」という言葉と、それにともなう空間イメージの中にあるんじゃないかと思っていて、そこにいま現在だからこそ賭けるべき何ものかがあるんじゃないかと思っているんです。

――流動していくわけですよね?日雇い労働者の人々は。だからその流動する先々の中で口コミのコミュニケーションが生まれて、現場の声が、ということがあっただろう。共通項のようなものを発見してそれがまた現場の労働者の人たちは現場の声としてやはり共有できる声があった。運動論とかは別として、そういうことはあるのでしょうね。

原口:そうですね。だからいま、「ハッ」と思って。そうなんです。もう一つのキーワードは「共有の感覚」をどういう風に培うかということだと思うんですよ。「流動性」というのはどこかに運ぶ回路があるわけですから。その中で釜ヶ崎で起こっていることが、例えば山谷の労働者は自分たちのこととして感じ取るというような場のつながりというのができているはずだし、流動性のもつポテンシャルというのは確実にあるだろうと思ったりするんです。

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          「流動性」には「場所性」の付随が大事

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