シネマ小並館 その7:幻惑的映像、ジャンキーたちのじゃれあい、そして重い罰 『スキャナー・ダークリー』(星3.5)

数年前に観て以来、たまに観たくなる映画(とはいえ今回で二回目という程度だが)。酔った勢いでGoogle Playでレンタル。

互いの顔や素性を見せない薬物関係の捜査機関で、潜入捜査官がひょんなことから潜入捜査中の自分を監視させられるハメになり、また捜査の過程で自身も薬物『物質D』にハマってしまったことで、潜入捜査官としての自分とそうでない自分とが乖離し…という話。

特徴的なのが、この映画が全編『ロトスコープ』を使っているというところ。実写映像をトレースしてアニメーション化したもので、日本ではわりと最近(?)やってた『惡の華』でも使われている。
もとが実写映像なので、そうでないアニメーションよりも現実感がある…のかというと、そうでもない。いちいち映像内の要素をトレースしているためか、どことなく奥行き感やものの位置や動きが実写よりもブレていて、どことなくふわふわした、幻惑的な印象を受ける。
また、アニメーションでなければ難しいかもしれない『スクランブルスーツ』の表現もすごい。部外者から、また捜査機関の『身内』から身元を悟られないために、絶えず様々な人間の顔や服装を投影する服で、あまり見たことのない映像表現になっている。これ、本気でアニメーションに落とし込むのすごい大変だったろうなぁ…(一応DVDで観たときに特典のメイキングも見た覚えはあるが、よく覚えてない)

一方で、薬の影響で幻覚が…というシーンはそれほど多くはない。ただ冒頭でフレックが見る『アリマキ(アブラムシ)が体じゅうから、どころか犬からもわいてくる』シーンはいつ見てもかゆくなる。この映画のこれ以上ないほどの『ツカミ』だと思う。

個人的には、主人公周辺のジャンキーたちのじゃれあいや無駄話が好き。『50ドルの自転車』のあたりの、誰ひとりとして冷静にものを考えられないままどうしようか侃々諤々するあたりの空気感がなんともいえない。
あと『フレックの自殺(失敗)』のエピソードも好き。いざ死のうと飲んだ鎮静剤がニセモノで、あまつさえ幻覚を見るというあたりのしょーもなさがたまらない。

正直、麻薬捜査官もまたジャンキーとなる的な展開はそれほど琴線に触れないんだが、『捜査官同士は基本的に顔も素性もわからない』という設定がかなり効いていると思う。それがあるから、『潜入捜査官が自分をただのジャンキーとして監視する』とか『しまいには薬の影響で本気で捜査官フレッド(自分)がジャンキーのボブ(自分)を監視しているという気になる』という状況が生きてくるんじゃないか。

そして、主人公が悲惨な末路をたどったあとに明かされる『上司の正体』と『本当の目的』には驚かされるとともに、昏く重い気持ちにさせられる。ある人物が語る『犠牲』の話はほんとうに残酷で、救いのないような気分になるが、ラストで主人公が『目的』を知らぬまま『目的』を果たそうとする姿には、少しだけ救われる。

最後に原作者のフィリップ・K・ディックの(おそらく原作のあとがきか謝辞らしき)文章が流れるが、これもまた胸を打つ。
原作は自身の体験をもとにしている部分があるらしく、映画でも彼と親交があった『あまりにも重い罰を受けた』人々の名前が流れるが、みな死んでいるか、不可逆な障害が残っている。

ただ、映画的に最も『あまりに重い罰を受けた』のは、主人公と懇ろだったドナではないだろうか。薬で身を持ち崩したわけではないのだが、彼女が最後に背負ってしまった(別の意味、もしくは本来の意味の)罪と罰は、致し方ないとはいえあまりに重いだろう。

星は5つ中3.5くらい。今後も何回か観たくなるんだろうな。たぶん。

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