シネマ小並館その3:人生は思ったよりさみしいが、人々はだいたい優しい。『天才スピヴェット』(星4)

ジャン=ピエール・ジュネの映画が、わりと好きだった。

はじめて観たのは『アメリ』で、なにをしても思うとおりにいかなかった女の子がひょんなことから自分の人生を変えてゆくさまを、いささか奇妙なケレン味とともに描いていて気に入った。その後『ロング・エンゲージメント』や『ミックマック』、『エイリアン4』、そして『デリカテッセン』も観たが、全部が好きになった。残念ながら『ロストチルドレン』はまだ観てないが。

そして現時点での最新作である『天才スピヴェット』を観て初めて気づいた。
自分はジャン=ピエール・ジュネの映画が『わりと好き』なのではなく、『大好き』だったのだ。

アメリカの僻地の牧場で、ワイルドな男と学者筋な女との間に間に生まれたT.S.スピヴェット少年(以下T.S.)。一緒に生まれた双子の弟と比べると知恵者、いやそれどころではない天才で、ものを知りすぎるほど知っていて、なおもいろいろなことを知りたがる。そして(母以外の)家族からも、そして学校でも浮いている。ちなみに双子の弟は銃の誤射で死んでいる。
そんな少年T.S.は、ある日受賞のスピーチのためにワシントンに呼ばれて、アメリカ大陸をほぼ縦断する旅に出かける。しかも独りで。

全編を通じて、理解されない者のさみしさや、独りでいることの切なさ、『片割れ』がもういないことの癒されないやるせなさ、そしてそれを超えるような人々のやさしさが、美しい風景の中で描かれる。もちろんジャン=ピエール・ジュネの特有の幻想やブラックジョークとともに。

どこかのだれかのレビューで『アメリカ嫌いのジャン=ピエール・ジュネらしい映画』と書かれてたけど、案外ジャン=ピエール・ジュネはアメリカ的な風景そのものは嫌いじゃないんじゃないかと思う。もっともこの映画のロケは大半がお隣のカナダでやったらしいし、銃関係のシリアスな描き方からみると、ガチでアメリカ嫌いなのかも知れないけども。

ジャン=ピエール・ジュネがホントに嫌いなのは、空虚な権威なのだろう。T.S.のレポートをむげにこき下ろした挙げ句靴下をあげつらったりする学校の先生やら、T.S.をダシに有名になろうとするスミソニアンババアやら、スミソニアンの記念パーティで作り笑いをする一同やら、視聴率とかのことしか頭になさそうなTVショーの司会やらは、嫌みとおかしみたっぷりに描かれている。ジャン=ピエール・ジュネの映画ではたいていそういう『権威にあぐらをかくだけのただのばか』は最高に嫌みに、おかしみたっぷりに描かれる。

でも、一見無理解に見える家族の描写はそうでもなかったりする。なんだかんだで、あんまりにもカウボーイすぎるオヤジも、ちょい頭の軽そうな姉も、実はT.S.と、亡くなった弟のことを思ってたりするんだよなぁ。
『家族や親しき者はだいたいやさしい』というのも、ジャン=ピエール・ジュネの映画の特徴だ(でも母が『ミスコンテストの云々』を生放送で言い始めたのは長女的にはどうかと思うがwww)。
舞台こそアメリカだか、基本的にはいつものジャン=ピエール・ジュネの映画だ。優しい人々と、ちょっと奇妙な演出と、不快感が際立たない範囲でひどい目に遭う権威。

アメリカを舞台にしただけに、『銃社会』というわりとヘビーな話題も主題に据えている。冒頭ではさらっと触れられただけだが、それも家族にとっては重い話であるがゆえであり、終盤ではT.S.自身がそれに意図的に触れたり、弟の死亡『事故』で、家族の結びつきが今まで鑑賞者が観たよりずっと強かったことが浮き彫りにされたり、スミソニアンババアやテレビショーの司会がそれを『ありふれた悲劇』として全面に押し出そうとする『銃社会の耐えられない軽さ』が描かれたりする。

ジャン=ピエール・ジュネ的には、アメリカは『頭の悪い権威やエンタメ連中や銃社会さえなければ、そこそこいいところなんじゃないか?』と思ってるんじゃないか。よくわからないながらも、そう思う。

全体的には、これまでのジャン=ピエール・ジュネの映画よりも、なんとなく淡々と描かれている感じがする。『ミックマック』ではほぼなかったナレーションが復活してはいるものの、基本的には無口なカウボーイのごとき淡々さがある。とはいえ、さっきも書いたように基本的にはスーパーインボーズで図表や別の映像が挿入される、いつものジャン=ピエール・ジュネ的な演出はそれなりに多くてニヤニヤしてしまう。

個人的には、この映画は優しさに満ちた映画だと思う。銃社会なあたりは手放しでは喜びきれないところはあるんだけど、人は(たまにひどいのがいるが)思いのほか優しく、味方は案外多い。そして居場所の『松』は意外と近くにあったりする。そんな優しさを感じた。じんとくる、いい映画だ。

T.S.たちのおかん(かつ昆虫に詳しい学者)は、ファイト・クラブにも出てたヘレナ・ボナム・カーター。なかなかかわいらしい母親役を演じている。あと(個人的にスミソニアンババアと呼んでる)ジブセンも、ジュディ・デイビス(バートン・フィンクのオードリー役だ!)がノリノリで演じてて小気味いい。あとジャン=ピエール・ジュネ映画の常連、ドミニク・ピノンたんも『松の寓話』を話すおっさん役として出てくる。

星は4くらいだろうか。おれ的には、文句なしに面白かったっす。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?