見出し画像

私人逮捕系YouTuberは思想のないルターであり、ヤバいラビである。

私人逮捕系YouTuberのニュースが相次いで流れてきている。


「煉獄コロアキ」「ガッツch」という私人逮捕系YouTuberが逆に逮捕されるという、コントみたいな状態である。

僕はこういうコントみたいなニュースが好きなので、ニュースを楽しみきるためにしかたなく彼らの動画を見た。正直もう「アホなYouTuberは食傷気味なので、見るのがツラい」という気持ちがあるのだが、コントみたいなニュースを楽しむためには、しかたないのだ。

そしたら、これがめちゃくちゃアホでおもしろかった。「ガッツch」で過去に一番叩かれた痴漢撲滅動画。



内容を要約すると、

・チャンネル主が痴漢を見つけた!と騒ぐ(実際に痴漢かどうかはイマイチ判然としない)

・被害者(?)女性は、「あ、痴漢はされてないです」と否定。

・チャンネル主は「いや、たしかに痴漢です!撮りました!」と大騒ぎ

・犯人(?)は仕事に行きたがるが、引きずり降ろされて連れて行かれる

・とりあえず被害者(?)女性に話を聞こうとした駅員にチャンネル主はブチギレ。「女性に話を聞く必要はない!オレが見ている!」

・大騒ぎするチャンネル主が邪魔なので「とりあえず事務室にどうぞ」と駅員が女性を案内するが、ずっと付きまとって駅員の邪魔をして更に大騒ぎ

何をひとりでお祭り騒ぎしてるんですか?」という感じである。動画ネタのためにムリヤリ事件を作り出している。

僕はこれを見ながら「どうしようもないな~」とひたすら呆れるしかなかった。しかし、呆れながら見た甲斐があった。この動画のラストがめちゃくちゃおもしろいのだ。


動画のラストはこう。ずっとつきまとわれた駅員が「お前らに暴力振るわれたから被害届出すわ」と反撃を繰り出す。警察は「駅員さんもそう言ってるから同行してや」と言うのだが、そこで彼らは頑なに拒否。その際に言うのがこれ。


逮捕状持ってきてもらってもいいんで」である。定番のセリフだが、実際に逮捕された後に見ると味わい深い

こうなってくると、私人逮捕系YouTuberという存在そのものがコントだったような気がしてくる。「俺たちはこのYouTubeを通して社会を変えたい」と社会正義を気取ってイキリ散らかしているのも、捕まったときの落差を出すための壮大なフリであったかのように思えてくる。


私人逮捕系YouTuberは、あまりに愚かだ。法的に認められた「私人逮捕」の枠を明らかに逸脱して、犯罪の事実があるか怪しい人をムリヤリ確保したり、無辜の人に罵詈雑言を浴びせたり、暴力行為を行なったりしている。これは私人逮捕でなく、単なる私刑執行人だ。


『DEATH NOTE』は私人逮捕系YouTuberに似ている

話は変わるが、マンガ『DEATH NOTE』が大好きだ。

魅力的な設定と、息つくヒマもない頭脳戦。間違いなく平成のジャンプ史を彩る傑作だと思う。

ただ、昨今の情勢のせいで、どうしてもこのマンガの主人公は私人逮捕系YouTuberにしか見えなくなってしまった。

・主人公・夜神月が、「デスノート(名前を書かれた人間が死ぬノート)」を拾う。

・最初は「くだらない冗談だ」と思いながらも、試しに名前を書いてみたら本当に死んだ。

・「死んだ方がいい犯罪者の名前をドンドン書いて殺せば、みんな犯罪をしなくなる」というロジックで、デスノートに名前を書きまくる

・夜神月は「これで理想の世界を作る」と言っている

どうだろう。めちゃくちゃ私人逮捕系YouTuberだと思わないか。主人公は既存の司法制度の下での裁きに納得せず、私刑を執行している。正義の使者気取りで。


『DEATH NOTE』 1巻 Kindle位置51

「ガッツch」の人も同じようなことを言っていた。「こういう発信を続けていくことで、痴漢を撲滅できる」と。私人逮捕系YouTuberと夜神月は共通点が多い。


しかも、『DEATH NOTE』作中では、こういうくだりもある。

『DEATH NOTE』 7巻 Kindle位置161

ネット上でタレコミがあった人物を標的にする」である。ここまで含めて、私人逮捕系YouTuberとまったく同じだ。私人逮捕系YouTuberの走りは夜神月だった。証明終わり。


司法制度はすごい

さて、そんな『DEATH NOTE』だが、大人になってから改めて読むと、主人公の思想が幼稚すぎるのが気になってしょうがない。「お前めちゃくちゃ賢いんだから司法制度の偉大さぐらい分かれ」という気持ちになる。

夜神月は東大法学部首席のエリートだが、法の思想を1ミリも理解していない。適正な手続きなしにポンポン人を死刑にしていくので、「刑事訴訟法って知ってる?????」という気持ちにならざるを得ない。


特に圧巻なのはこのシーン。「僕に逆らうものは悪だ!」とライバルを殺そうとするところ。

DEATH NOTE 1巻Kindle位置75


これはまさに権力の暴走であり、中世の暴君みたいな動きだ。こういうのを防ぐために近代以降の司法制度は存在しているはずなのだが、夜神月は東大法学部で一体何を学んだのか。

権力はしばしば暴走するので、それを食い止めなければならない。人間は失敗をする生き物だから、何度も何度も間違ってきた。中世以前の王様はすぐに政敵を暗殺し、市民の財産を没収し、自分の権威を示すムダな建造物に国費を投じまくっていた。権力の暴走を止める仕組みがなければ、人はすぐやりたい放題になってしまう。

翻って、三権分立はすごい。ひとつの機関に権力を集中させずに相互監視することで、致命的な暴走を起こりにくくできる。人類史の積み重ねの上でたどり着いた芸術的なシステムだ。権力はひとつの機関に集中させてはいけないし、ましてやひとりの人間に権力を集中させるのは論外だ。これは大学の法学部どころか、中学社会で習う。夜神月は中学校の公民を理解していないようだ。


……みたいなことを考えて、noteネタにしようと思ってリサーチを開始した。ちょっと堅めの本『世界の法思想入門』を読んでみた。

すると、割とたくさんの学びがあった。最初は夜神月や私人逮捕系YouTuberをこき下ろそうと思っていたのだが、「なるほど彼らはこういう法思想の下で生活しているのだ」と腹落ちすることになった。愚者だと思っていた人たちがそうでなく見えるようになるのが、人文学のひとつのおもしろさである。

結論から言うと、夜神月はマルティン・ルターと同じ思想で行動しているし、私人逮捕系YouTuberはユダヤ法のような法律を間違えて運用しているヤバいラビなのだ。


ここから先は

5,681字 / 4画像
この記事のみ ¥ 300

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?