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世界の古代文明の見直し

タイトル画像は世界遺産「ティオワカン」(メキシコ)の太陽のピラミッド

1.はじめに・・消えた世界4大文明という用語

「世界4大文明は元から中国と日本でしか使われていなかったもので日本では今では使われていない。中国まではまだ使われているようだ」と書いた。改めて整理する。
(1)どこから出てきたのか・・日本説と中国説
①日本人説(1950年代?)
著名な歴史考古学者である元東大教授の江上波夫氏がその人。文章としての初出は江上氏をはじめとする錚々たる大学教授陣が共同執筆者になっていた高校教科書『再訂世界史』山川書店(1952)とされる。江上氏は筆者が会員になっている「古代オリエント博物館」の初代館長で大和朝廷「騎馬民族征服王朝説」でセンセーションを巻き起こしたことで有名になった(諧謔的な方であったようで本当にそう思っていたかは?)。

②中国人説(1900年頃?)
清朝末期の知識人、梁啓超が1900年に作った詩『二十世紀太平洋歌』の中に「古文明祖国有四」があり、これが4大文明という用語のルーツという考え(但し、梁啓超は明治維新後の日本の文化人の影響を大きく受けていると言われているので発想は日本人かも知れないという)。

尚、日本で4大文明が初出したとされている山川の高校世界史の教科書からこの用語は消えている。

(2)何故使われなくなったのか
4大文明はよく大河文明といわれ、チグリス・ユーフラテス川、ナイル川、インダス川、黄河があったので成立した、即ち大河(大河でなくても川)があることは文明の必要条件のように嘗ては思われていた(当然十分条件ではない)。使われなくなった主な理由は以下のとおり。

①メソアメリカ(中米)、アンデス(南米)に嘗ての4大文明からの影響を全く受けることなく発展した高度な文明があった。尚、これらは高地文明であり大河(川)沿いではない。
②中国に黄河文明とは別に長江文明があった。文明が興る要件は食料の安定確保=農業革命(農耕と牧畜)が必要で、そうなると主食になるものが淘汰されて決まる。黄河文明は雑穀(後にコムギ)、長江はイネであり同一文明とするには無理がある。また、黄河系より長江系の方が古いという考古遺跡もある(加えて遺伝子的に同じ民族とは言い難い?)。

個人的見解を付け加えるなら、発掘された考古資料の多様性や都市の規模を考えるとインダス文明はメソポタミア文明・エジプト文明と比肩するようなものではないと思う。また、メソアメリカとアンデス文明は時代的には嘗て
の4大文明よりずっと新しいので同列に扱うのはどうかとう意見もあるけれど、人類が到達した時期に鑑みれば、文明の発祥モデルと言えるであろう。

<補足>
メソポタミアのメソは挟まれたという意味でメソポタアは「川に挟まれた」地を表す。川はチグリス川とユーフラテス川である。メソアメリカのメソも同じ挾まれたという意味でメソアメリカは北米、南米に挾まれたメキシコ~中米のことである。

2.文明の別の分け方 ・・一次文明かどうか
崩壊した世界4大文明・世界4大大河文明に代わり、一次文明かそうでないか(言い換えると一次文明か二次文明(・三次文明)か)という概念が出てきている。学者によって、基本文明と周辺文明と呼ぶ人もいる。

○一次文明(基本文明)・・他の文明から影響を受けず独自に発達した古代文明
○二次文明(周辺文明)・・他の文明から影響を受けたと思われる古代文明
(古代と敢えてつけたのは、文明は極論すればどの時代でも適用できるからである)

この区分け分類すると、一次文明は古代メソポタミア文明、古代中国文明(注1)、古代メソアメリカ文明(注2)、古代アンデス文明ということになる(以降「古代」は省略)。エジプト文明、インダス文明はメソポタミア文明の影響を受けていると考えられ、メソアメリカ文明およびアンデス文明は旧大陸文明と独立しているからである(この二つは独自発展と見做されている)。

「文明が起こる要件は食料の安定確保=農業革命(農耕と牧畜)が必要で、そうなると主食になるものが淘汰され決まる」と書いた。豆類や家畜は省略して主食となると以下の様になる。

○メソポタミア文明・・ムギ(オオムギ、コムギ)
○エジプト文明・・同上
○インダス文明・・同上
○中国・・黄河は雑穀(のちムギ)、長江はイネ
○メソアメリカ・・トウモロコシ(イネ科)
○アンデス(インカ文明が代表)・・ジャガイモ
主食が穀物ではないのはアンデス文明だけである。
アンデスにもトウモロコシはあったが、酒を造るための材料だったようだ。

(注1)今は黄河文明と長江文明を併せて古代中国文明という
(注2)高地文明のテオティワカンがメソアメリカ文明の代表。日本で有名なマヤ文明は高地ではない。同じく有名な高地アステカはせいぜいAD14世紀以降なので、アステカ文明とは言わずアステカ帝国というのが通例である。(山川の高校世界史にアステカ文明と書いてあるのは如何なものかと思っている)

3.文化と文明
文化と文明がどう違うか書籍により人によりマチマチである。全く逆のことすら書かれていることもある。一般には精神活動によるものを文化、物質的技術的なものを文明とするようだが、誰もが納得する定義はないと思う。

それより、文化の英語culture語源はラテン語colereで「耕す」という意味、civilizationはラテン語のcivitasで「都市、国家(或いは市民)」という意味に鑑み、耕作で精神的余裕が生まれ文化的活動(例:祭祀・宗教、造形など)が可能になり、また、集住の単位が大きくなることで職能分業、階級の発生などが文明の要件と考えればいいと思う。因みに、狩猟採集生活での人の塊は最大150人程度が限界と言われる。都市とは最低でも5,000人以上の集住を指すとされている。

<参考:大修館『明解国語事典』>
○文化
ある民族・地域・社会などでつくり出され、その社会の人々に共有・習得をされながら受け継がれてきた固有の行動様式・生活様式の総体。若しくは、人間が精神的な働きによって生み出した思想・宗教・科学・芸術等の総体。

○文明
人間の知識や技術が向上し社会制度などが整備され、物質的・精神的に生活が豊かになった状態。若しくは、人知の発達がもたらした技術的・物質的な所産。

4.新大陸の発見(侵略)で恩恵を受けた農産物
欧州人の新大陸進出で、現代では世界的な農産物となっているものが世界に拡散したのは周知のとおりである。従って、15-16世紀までトマトを使ったイタリアのパスタや唐辛子を使ったキムチなどありようもなかった。植物の原産地比定は容易でない(原生種、野生種が見つかることが必要)ものの、原生と比定されている主だったものは以下のとおり。

<メソアメリカ、南米のどこか必ずしも特定されず>
トウモロコシ、トウガラシ
<メソアメリカの原産>
カカオ、インゲン豆、東洋カボチャ、リュウゼツラン
<アンデスの原産>
ジャガイモ、トマト、ピーナツ、西洋カボチャ
<ブラジル>
パイナップル、カカオ(種によりメソアメリカとアマゾンに原生する模様)

尚、牧畜と農耕では牧畜が先行すると考えられている。野生種から栽培種
への選別において、家畜による攪乱(例えば糞による攪乱)が寄与しているという学者もいる。

5.「文明」は時代の雰囲気次第、融通無碍の用語?
何をもって文明と呼ぶかを提唱した学者は少なからず居たけれども、世界的に規範として認められたものはない。例えば、ギリシャ文明はよく使われるもののローマ文明という言い方はしないのは何故か。恐らくはローマはギリシャ文明の遺産を継承してできたからというのだろうが、ローマはギリシャ対比、芸術面が凡そ駄目だった一方、文明に値するインフラ整備技術は大いに進んだ。
明治維新の「文明開化」の文明も何を指すのかよく分からない。西洋の科学技術・文化移入のことだと思う人は多いと思うが、その前の江戸時代は文明でなかったと言える人はいないだろう(維新を除き)。などなど突っ込みが入るところは多々はある。

少なくとも理解しておくべきことは、世界4大文明という考え方はもうないこと、文明は大河のあるところに興る(=必要条件)という説は正しくないこと、だと思う。以前書いたように歴史(世界史、日本史)は最新の研究や史跡・史料発掘により変わっていく。嘗て中学~高校で習ったことが正しいとは限らないことを認識しておくべきである。

蛇足ながら、『銃・病原菌・鉄』で有名なジャレド・ダイアモンドのもう
一つのベストセラー『文明崩壊』の題名は酷い。文明とは何の関係もないと
言っていい。英語のタイトルは『Collapse: How Societies Choose to Fail or Succeed』である。

オマケ:肥沃な三日月地帯
肥沃な三日月地帯とメソポタミアとの関係を念のため。英語のウキペディアに書いてあるが、エジプトを含める学者と含めない学者がいる。

肥沃な三日月地帯


もう一つの肥沃な三日月地帯

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