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幼馴染が語る!ボードゲームの作り方①

こんにちは。
ボードゲームデザイナーの大塚健吾です。
……が、今回の記事は大塚健吾ではありません。

ボードゲームデザイナーでは全然ない。
というか、ボードゲームをほぼ遊んだことがない幼馴染のヒーローさんが僕のゴーストライターとして記事を書いてくれました。

なにかしら参考になることがあるんじゃないでしょうか?
なにが参考になるんでしょうか?
ちょっとわかんないですけど。

何よりも恐るべきはこの記事のタイトルには“①”とあることですね!

それでは!!

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1.ゲーム作りのコツ
世界観について考えてみる。あなたならどんな世界を思い描くだろうか。
僕は常識にとらわれないようにすることが独創的な世界観を描く一番の近道だと思っている。考えてみればそもそも物事に正しい、間違っているなどということがあるわけではない。後から人間が必要なルールを一つずつ作ってきただけなので、だから別に人殺しは良くないとかはこの際、関係ない。いかにオリジナルのルールが通った世界を組み上げられるかそれが大事なのだ。ただ、ぶっ飛んだ世界観では感情移入がしづらいという欠点もある。それを解決するためには片足は地についていることである。どういうことかというと僕達が普通に暮らしているこの国の現代での主人公達の生活をメインに描き、何か事あるごとにぶっ飛んだ世界観を冒険するはめになるだとか、そういった工夫である。では主人公達はどのようなキャラクターにすべきだろうか。主人公にも感情移入しやすいほうがいい。だから余計なことはしゃべらせない。選択肢を豊富に用意してもいいし、なんならしゃべらなくてもいい。ちなみに主人公がこんな次第なので主人公が伝えたいことを、俺もそう思ってたんだよとか、さりげなく代弁してくれる相棒キャラがいると便利だ。ただ、この二人だけでは物語が先に進まない。他にどんなキャラが必要だろうか。そう、問題を起こすキャラだ。問題を起こすと言っても必ずしも問題児でなければならないというわけではない。今日、あそこに遊びに行こうよーとか主人公達を引っ張ってくれる役目を果たしてくれればいい。ヒロインはできるだけ誰から見ても魅力的に見えるようにしたい。そのうえで何を考えているか分からないミステリアスなキャラが良いのではないだろうか。きっと物語が進むにつれ謎が明らかになっていくのだろう。では主人公達は何をするのだろうか。ここでは戦わせることにするが何もモンスターと戦わせることにかぎることはないだろう。別に人や組織などのぶつかり合いを描いてもいいのだ。片足が地についた物語にしたいのだから環境問題や世界で起こる戦争などを取り上げるといい、注意しないといけないのは普通の中学生や高校生がそんな事柄に関心があるのかということである。もしかしたら実際、あるのかもしれないがたぶん大抵は無いので物語の中でそういったことに首を突っ込むはめになるような工夫が必要だ。工夫と言ってもそんなに難しい話でもなく部活動の一環から始まり能力を認められた人物のみが入ることのできる組織にスカウトされるとか、そんな感じでもいい。それと、ちょっと上に書いたがどんな能力を主人公達が持っているかも重要だ。何かと戦う話の場合、主人公達はただの学生であり、そのままではモンスターなどとわたりあうことなど、到底できないだろう。普通のRPGでいう魔法のようなものが必要だ。魔法と言ったがなにも馬鹿正直に魔法で固定にしてしまうのは勿体ない。もっと、あなたらしいネーミングとそれはどんな能力かを定義することで物語の魅力は格段に上がると思う。さて、モンスターと戦うことにしたわけだがロールプレイングゲームの華である戦闘はどのようにすれば良いだろうか。一言で戦闘といってもフィールドを駆け回って敵を斬りつけるような戦闘からコマンド選択式の戦闘など幅広く存在する。どんな戦闘を採用するかは難しいができればヒット&リターンを頭に置いておくと面白い戦闘になると思う。ヒット&リターンというのは何かというと敵の攻撃を間一髪かわすと攻撃を一方的に叩き込めるだとかそう言ったことである。他にも削られたライフが資源として手元に戻ってきてそれで有利に戦うことができるだとか、ただピンチというわけではないというわけだ。環境問題というテーマを背に主人公達はモンスターと戦う。それは決まった。ただ、これだけでは、なぜモンスターと戦わなければならないのかがよくわからない。環境問題というのはそもそも人災でモンスターに非は無いのである。だからモンスター達が人類を襲ってくるのは地球を守るためというのはどうだろうか。これが敵における正義というわけである。本当に人類は滅びたほうがいいのかもしれないとプレイヤーに思わせるようなイベントをどんどん作っていこう。
そして葛藤しながらも進み、それでもなお人類は地球環境の悪化を克服することができるのだという希望を提示しラスボスと戦っていくのだろう。

ここまで書いてきたのは一例に過ぎないが自分が思うゲームを作る上でのコツを書いてみた。次に僕が遊んできたゲームについて思うことを書いていきたいと思う。

2.僕がゲームについて思うこと
2-1
僕がゲームを遊んで残念に思うことがある。
そのゲームは戦闘のみ横スクロールで敵を相手にコンボを叩きこむというゲームだった。
攻撃を受けた敵はのけ反るが気合いの入っている時はのけ反らない一方的な戦いにならないようにするための工夫だ。それは良い。ただその気合の入っている時、今は攻撃受けたら反撃しますといわんばかりにピカピカ点滅している。確かに分かりやすいが実際の戦いでそんなことが起こることはないわけで。それに下手をすれば何の合図かも分からない。
いつ反撃されるかどうかが分からないから慎重に行動し戦闘に緊迫感を生むのではないのだろうか。
2-2
とある洋ゲーであった話なのだがゲームを開始していきなり首が切り落とされるシーンがあった。犯罪行為もできてしまう。自由度の高さが売りのゲームではあるが
なぜ、そんなグロテスクで犯罪的な方向に走ってしまったのかと思うと残念だった。
2-2
何のゲームだったか全く思い出せないが横スクロールで気持ちよく敵を倒しながら、ひたすらに先に進というゲームで最後の方で突然、ライバルか何かにお前の手も血汚れたな。などといわれ気分を悪くしたことがある。そういうゲームだからそうしてただけなのに。
これがシナリオの強いゲームで何か理由付けとかがあれば良かったのかなあ。
2-3
僕は今だにスマホに慣れない。こんなことを言うと古いと返されそうだがボタンの付いている携帯電話が懐かしい。電車の中ではスマホでゲームを遊んでいる人をよく見るが
ゲームをするなら3DSやVITAではダメなのだろうか。
だってゲームをするためのデバイスと電話でゲームも遊べますよということなら
ゲームをするためのデバイスの方が遊びやすいに決まっている。
思えばnintendo switchが成功しているのはボタンが欲しい人とタップで十分という人を両方獲得できたからなのかもしれない。
コントローラーを取り外せばただのタブレットにしか見えないしコントローラーを取り付ければ携帯ゲーム機になる。もちろん据え置き型にもなる。
2-4
ハードの特性を生かすことが新しい遊びを開拓することにもなる。
そう、思わせてくれたのは任天堂だ。DSとWiiが発売する、少し前ネット上で僕は任天堂好きと話をしていた。当時普及していた任天堂の携帯ゲーム機GBAをコントローラーとして使えるようになるのではないか?などと噂されていたのだ。しかし蓋を開けてみれば
DSはペンでキャラクターを描いて動かしたりマイクを使って息の強さをはかることもできた。これはDSゼルダのソフトで生かされていたのを覚えている。全てペンだけで操作することに最初は不安だったが問題なかった。ペンだけでもこんなに快適に操作できるのだ。
スマホゲームでこういうのあったらいいかもしれない。
Wiiの方はリモコンを振って全身でゲームを楽しもうというものだった。
ただ正直、飽きるのも早かった。

任天堂はWiiUの不振で赤字になったこともあったわけだ。
やっぱりどんな遊びでも人は飽きてしまう。
だから作り手の僕達は常に新しいことに挑戦しなければいけないのだ。

ここまで読んでいただきありがとうございました。
これからも当ブログをよろしくお願いいたします。

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