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【剣道コラム】切り返しの元立ちは難易度が高い

切り返し。
単純に左右面を打つだけの稽古法……
と認識している人も多いだろう。

高段者でも「切り返しなんてやっても意味がない」と指導する先生もいるくらいだ。強豪高校出身の若い人の切り返しを見て、「ただ竹刀を振り回してるだけか?」と感じたこともあり、「意味がない」と言いたい気持ちも理解できた。

切り返しは、私の中ではもっとも嫌いな稽古法の一つである。しんどいから。一方で、切り返しはもっとも重要な稽古方法とされている。「切り返しができればすべての技が使える」とまで言われるほどだ。

また、地域差はあれど、昇級審査や昇段審査で切り返しは重要なため、避けては通れない。私の地域では二段の審査まで、審査内容に切り返しを課している。しかも、多くの審査員が切り返しを重視しているのだ。

ある先生は言う。

「切り返しが7割です」


切り返しさえできていれば、ほぼ合格なのである。しかし、簡単なようで難しい。それが切り返しだ。


今度の週末は県の昇段審査があり、指導している子の中には初二段の受審者がいる。そこで、先日の稽古では私も入って立ち合いの稽古をしてみた。

そのときの様子がこちら(切り返し部分のみ抜粋)。改善点が多すぎてイヤになる。

ちなみに、右腕が痛いため、本調子ではないことだけ付け加えておきたい。(言い訳)

ところで、実際に見ているときには気付かなかったことも、映像で見るとわかることがある。同じ人の切り返しなのに、元立ちによって全然違うのだ。

立ち合いの内容は、切り返しと短い稽古(懸かり稽古に近い)だ。その後には全員でそれぞれにアドバイスをすることにした。

Mさんが言う。
「F君の切り返しは、左右面が面の位置まで届いてませんでした」
手厳しい。ちなみに、Mさんは常にニコニコしているが、見た目に反して自分にも厳しい子なのだ。

全員のアドバイスが終わったあと、相手を変えてもう一度立ち合いを行った。

F君はアドバイスを聞いて修正したのか、2回目の立ち合いでは面の位置まで振り下ろせていた。全部ではなかったが……しかし、単純に振りを修正しただけではないようだ。

映像を見てみると、1回目と2回目は明らかに間合いが違うのだ。それは、おそらくF君が調整しているのではない。元立ちの「間合いの取り方」が違うのだ。

1回目と2回目は異なる元立ちでの切り返しだった。つまり、F君は1回目の立ち合いのときは間合いが近かったために、元立ちの竹刀が邪魔で下まで振り下ろせなかったようだ。適切な間合いとなった2回目、F君の竹刀は面の位置まで振り下ろせていた。

確かに、元立ちとの間合いを踏まえて上手く調整できなかったF君にも非はある。一方で、元立ちによってここまで差が出ることに衝撃を受けた。2回目の元立ちはMさんだった。

もし、昇段審査の相手が「下がらない人」だったら……
考えただけでゾッとする。

「あぁ、この人は元立ちが下手だから、面の位置まで振り下ろせてないんだな」と見てくれる審査員は少ないだろう。多くの審査員からは「面の位置まで振り下ろせてない」と見られるに違いない。


Xに投稿したところ、不良中年さんからこのような返信を頂いた。

9本の左右面を打った後の正面打ちのことである。最初の正面打ちは遠間から掛り手が間合いを詰めて正面を打つ。しかし、途中の正面打ちと最後の正面打ちは元立ちが一足一刀の間合いを作らなければならない。

じつは、明確な文章としては書かれていないため、3本の正面打ちは同じと捉えている指導者も少なくないだろう。私も講習会に参加するまでは知らなかった。

全日本剣道連盟の「幼少年剣道指導要領」には下記のように書かれている。

(受け方)
4.(中略)打ち終わったら双方が中段の構えになるように間合いを充分に取って、ただちに剣先を開いて正面を打たせる。

全日本剣道連盟「幼少年剣道指導要領」

残念ながら、詳しく書かれていない。しかし、多くの解説サイトを見ると「一足一刀」と書かれていることもわかる。

つまり、元立ちは掛り手の一足一刀の間合いを知り、瞬時に適切な間合いを作り出さなければならないのだ。かなり難易度が高いだろう。初めて対峙する相手に対し、一足一刀の間合いを作り出すことは並大抵のことではない。

相手の間合いを知り得る有力な情報としては、切り返しの最初の正面打ちである。最初の正面打ちで、掛かり手の一足一刀を知り、その間合いを再現するのだ。

最初の正面打ちを何も考えずに打たせていた自分を深く反省した。


切り返しについて調べてみたところ、打太刀と仕太刀の関係に似ていることに気がついた。元々は師の位の者が元立ちをするものだったらしい。したがって、本来はこのようなモヤモヤは起こり得ないのかもしれない。

とはいえ、一発勝負の昇段審査と日頃の稽古では、月と地球ほどの隔たりがある。日頃の稽古で、間合いを学び、正しい元立ちをしなければならないことを痛感した。

打ち返し八徳の中に「目あかるく、間合いを覚える」とある。先日の稽古では八段の先生に間合いについての指摘をいただいた。まだまだ間合いがわかっていないのかもしれない。

初段や二段を受審する者がそこまで考えているとは思えないが、切り返しは本当に奥が深い。

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