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六段合格の面白くない話をしよう

昇段審査で不合格になったときの経験談はいくらでもできる。しかしながら、簡単に合格してしまった話は面白くないものだ。そして、特に話すような出来事もない。

六段の審査は一発合格だった。五段で長らく足踏みしていたこともあり、41歳で受けることになった。会場は愛知県名古屋市の枇杷島スポーツセンターだ。

六段審査を一発で合格する人は意外と少ない。とはいえ、希少部位のシャトーブリアンほど少ないというわけでもない。

最近は六段の合格率も高くなっているが、高くても30%前後だ。つまり、合格できるのは3人に1人か4人に1人となる。果たして合格者の中に1回目という人は何人居るだろうか・・・という感じだ。

そんな中、私は1回目の受審でわけもわからずに合格してしまった。家族は私が合格できるとは思っていなかったようだが、私自身は
「六段くらい、絶対に受かるやん」
と思っていた。五段に14回失敗している男が、である。今考えると、自信過剰過ぎて恥ずかしいことこの上ないが、事実なのだ。

しかし、わけのわからない計算式が働いたのかと言うと、そういうわけでもない。実は、そう思えるだけの根拠があったのも確かだった。実際の審査の様子も踏まえ、その辺りについて、もう少し具体的に話そう。

立合い動画を見て・・・

まずは私の六段審査の時の立合い動画を見ていただきたい。
私は「A」なので、最初の立合いと最後の立合いの左側に出てきます。

この時はまだ誰でも自由に見学できる時代。たまたま見学に来ていた知り合いが私を見付けて撮影してくれていた。どうやら人生は徳を積むことで、こういうラッキーなこともあるらしい。(大ウソ)

さて、動画を見てどう思われただろうか。

大したことない。そう、大したことないのだ。
手応えとしては、
『しまった!1回目の立合いの時にもっと見せ場を作るべきだったか。』
という印象だった。はっきり言って、失敗したと思った。

やり直せるものならもう一度やり直させてくれ。本当はもっと上手にできるんだ。私はやればできる子なんだ・・・と。

だから、合格発表の時「えっ?いいの?」と思ってしまった。

しかも、このグループで合格したのは私一人だけだった。動画を見直してみても、それほど良いとは思えない。何なら、の人の方が強そうに見えた。

ちなみに、この時の合格率は19.3%だった。今の六段審査よりはかなり合格率が低いかもしれない。合格率は大きな問題ではないのだが、やはりどうしても数字は気になってしまう。

参考:全剣連の公式発表(合格者名簿付き)

審査前は無敵だった

実は、審査当日よりも審査前の稽古の方が調子が良かった。いつもの稽古会では無敵だった・・・気がする。ポケモンで言うなら、イキっている聖剣士ケルディオあたりを想像していただきたい。

当時、私と同年代で私よりも先に六段に合格した方が数名いらっしゃった。審査の直前、その方達に稽古をお願いするも・・・

あっ、六段ってこんな感じか。

という印象を受けただけだった。以前は「この人強いなぁ~」「全然敵わんわ~」などと感じていた。しかし、いつの間にか追いついていたのだ。

しかも、六段審査は同年代の人としか当たらない。実は五段の審査ではかなり若い人と当たったこともあるので、その点は大きな安心材料だった。年齢とスピードは反比例することは誰もが経験済みだろう。同じ段を受審するスピードの速い人に対応するのは意外と骨の折れる作業だ。

同年代なら、年齢的にそんなに強い人(速い人)は残っていないはずだ。なぜなら、五段でもたもたしている間に、早い人は七段を取得している年齢に達していたからだ。

つまり、総合的に考えて、六段は合格するのが当然だという結論に至った。
そして、実際に合格した。有言実行とは実にカッコイイではないか。誰も褒めてくれないので自分で褒めておくことにする。

実は、私にとっては五段の審査が最も難しかった。そして、五段を突破できたことで、六段は直ぐそこにあったのだ。もしかすると、五段≒六段だったのではないかとさえ感じている。

五段で苦労していた時、何人かに

『あなたは五段が通れば、六段は直ぐに通りますよ』

と言われていたが、実際その通りになった。
その時は
「だ~か~ら~、五段に合格する方法を教えてくれよ!」
と思ったことは言うまでもない。

中央審査のシステムがわからない

六段の昇段審査で一発合格すると、システムが全くわからない。一発合格における唯一のデメリットと言っても良いだろう。

私が初めて中央審査を受けた時、受付やら何やらさっぱりわからなかった。
いつも一緒に稽古をしているH君が居なかったら一人でおろおろしていたに違いない。H君には感謝の意を表したい。

これから六段を受審する方のために、何がそんなにわからなかったのかを書き記しておこう。

受付がわからない

まず、受付の場所がわからない。
会場広過ぎ(多過ぎ)問題だ。

さらに、受付を済ませても自分の番号すらわからないのだ。何やら名刺程度の小さなカードを渡されたが、「受審番号ではありません」と書かれているではないか。不思議の国に迷い込んだのかと勘違いするほどの異世界だ。もはや右も左もわからない。

後から知ったが、受付をしてから組み合わせを決めるらしく、受付の時点では何もわからないシステムらしい。つまり、何もわからなくても良かったのだ。

しかし、一つだけわかったことがあった。それは、同じ会場の人たちはみんな同年代ということだ。同年代どころか、同い年なのだ。それだけで大いに安心できた。

六段以上の審査は年齢ごとに会場が分かれている。午前が50歳以下、午後が51歳以上となるらしい。その中でも年齢順に会場が分かれている。

私が受けた時は第1会場から第8会場まであり、その中の第4会場だった。午前の真ん中辺りということになる。一つの会場の年齢差は2~3歳というところだろう。つまり、中学・高校で一緒に部活動をしていた年代だ。そう考えるとイメージも付きやすかった。

合格発表には要注意!

立合いが終わると、何組かずつ(5組ずつ?)合格発表が行われる。一緒に行ったH君は立合い内容が全然ダメだったらしく、「ちょっと休憩しに行きましょ☕」と言われて外に連れ出されてしまった。

休憩から戻った時には既に合格発表は終わっていて、私の名前と番号が会場内の場内放送で呼ばれていた。遊園地内で流れる「迷子のお知らせ」以上に切羽詰まった状態だ。恥ずかしいだけではなく、どこへ行けばよいのかもわからない。

私は人を恐れて逃げ惑う子犬のようにおろおろしてしまった。
「放送で呼ばれているのですが、どこへ行けば良いのしょうか?」
と3人の係員に順に聞いて回り、ようやく辿り着く。もう少し戻るのが遅かったら、完全に不合格だったに違いない。

危うくH君の罠に嵌められるところだった。今まで味方だと思って一緒に闘っていたはずなのに、気が付けば敵だったのだ。「ブルータス、お前もか」状態である。これで合格できていなかったらH君を孫の代まで恨んだに違いない。

最後まで何が起こるかわからないので、受審者は気を付けることをお勧めする。審査に不慣れだとこんな辱めを受けることになるので要注意だ。

ちなみに、私に罠を仕掛けたH君は、この後も不合格の山を築くことになった。きっとバチが当たって、不思議の国の恥ずかしい穴に落とされたに違いない。

評価ハガキ

中央審査では、自分の評価を「A」「B」「C」でお知らせしてくれるシステムがある。合格発表の直後にハガキで申し込むのだが、一回で合格してしまったのでそのシステムもわからないままの卒業となった。

七段審査で私がおろおろしたことは想像にたやすいだろう。

ちなみに、六段審査は6人の審査員の内4人が認めれば合格となる。不合格となり、希望すれば下記のようなA・B・C評価を受け取れる。簡単かつ便利なシステムだ。

  • A評価:あと1票で合格

  • B評価:あと2票で合格

  • C評価:あと3票以上で合格

しかし、これはあくまでも目安であって、A評価だったから次は合格できるというものでもない。A評価の次にC評価なんてことも多々あり、C評価の次に合格したという事例も多い。

日本剣道形の審査は・・・

実技審査の後は日本剣道形の審査となる。実技審査とは別会場だ。合格発表の後、会場ごとに整列して移動しなければならない。

私が出遅れてしまった為に他の方々を待たせてしまった。しかも、垂を観覧席に置きっぱなしだったので、とにかく走った。全速力で走ったことで、形の審査前には汗だく状態だ。恐らく冷や汗も入り混じっていたに違いない。実に恥ずかしい。

形の審査は8会場の合格者全員が狭い武道場に集まって行われる。狭いと言っても、私がいつも稽古をしている武道場の2倍以上の広さだが。

演武は10組くらいが一度に行っていたのだろうか。七段の時は5組だったと記憶しているが、それより多かったと思う。

その人数に対して、審査員は3名・・・かな?
はっきり言って、見えるはずがない。いや、恐らく見ていない。見ようともしていない。雰囲気だ、雰囲気。

実際、完全に間違っている人がいた。目立っていたのは、太刀の二本目。正しくは「小手抜き小手」だが、明らかに「小手抜き面」を打っている人がいた。他にも怪しい人は何人かいたのだが、
「これが生きた日本剣道形か」
と思い、納得することにした。型ではなく形というところがポイントだろう。

「全員合格です!」

と、その場で女性の係員から告げられた。
「いいのか?」
という感じだったが、審査員が良いと言っているので問題なし。恐らく、審査員の目が節穴なのではない。システム自体が節穴なのだ。合格は合格だ。

合格を告げられると、受審者全員が歓喜の声を上げる。こんな光景は滅多に見られるものではないので、是非味わっていただきたい。

だが、聞くところによると所作を間違うと不合格になりやすいらしい。ちょっと耳より情報として置いておくことにする。特に、木刀の置き方や小太刀の時の左手の使い方などだ。親指を開くとか閉じるとか、そんな細かいことで落ちたと聞いたことがある。真偽のほどは不明だが。

六段審査において、形の合格率はほぼ100%だ。しかし、実技の合格率は前述したとおり30%前後となっている。この合格率について少しだけ考えてみよう。

どうして合格率が低い?

五段までの審査と比較すると六段の合格率は低いと思っている人も少なくないだろう。

しかし、地方によっては逆パターンも十分にあり得るのだ。私の地域で開催された少し前の五段審査では合格率が15%だった。私が五段に合格した時もそのくらいだ。ただ、たまに40%くらいまで跳ね上がることもあるので一概には言えない。

また、隣県では何年間も五段の合格者がゼロだったと聞いている。合格者が居ないから、受ける人も何が正解かわからずに目標を見失っているという。

一方、地方によっては五段の合格率が100%というところもあるらしい。100%でなくても80%以上というところも少なくない印象だ。

果たして、100%近い合格率の合格者と15%の合格率の合格者は実力が同じレベルなのだろうか。どう考えても同じではないだろう。したがって、通常は六段まで1ステップのところ、中には3ステップくらいジャンプしないと合格できない人もいるに違いない。

地方審査の基準が大きく異なることが、結果として合格率の低さにつながると考える。合格率は関係ない・・・とは思うが、あまりにも数値が違い過ぎるのはおかしい。単純な数値で測定できないのがもどかしいところだが。

しかし、大きくジャンプしなければ合格できないレベルの人が、そんなに急に大きなジャンプができるようにはならない。結果としてそのレベルに到達できずに諦める人も多いようだ。

私の場合、15%→19%の合格率に跳ね上がったので、六段審査はイージーモードだった。

何の参考にもならないが・・・

私の六段審査の話を知ったところで、恐らく何の参考にもならないだろう。

私の場合は五段で苦労した分、六段審査は簡単だった。一緒に行ったH君は五段では一発合格だったが、その分六段で苦労していた。

多くの人が、昇段審査のどこかで躓くことになるようだ。躓くことは、きっと財産になる。ぜひ、下記の記事も読んでいただきたい。

追記
ちなみに、六段審査はジャージ素材の剣道着(袴は綿素材)で臨みました。
今となっては後悔しています。(笑)
審査を受ける「心構え」という点で、失敗したと。
その話はまた機会があれば…

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