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マニラKTV☆カラオケ物語24


店長であるアレックが、ポマードでガチガチに固めた髪を掌で撫で付けながら、店内にあるホワイトボードに磁石で貼られた5位の目隠しに手をかけた。

つい小一時間前まで、お客の歌声とCCAの嬌声で大賑わいだった店内は、嘘のように静まりかえっていた。

店内のボックスソファなどに所狭しと座っている、2店舗総勢70名のCCA達が、いつもは話半分に聞いているアレックの口が開くのを、真剣な表情で窺っていた。

まだ自分とは、無関係な順番である、アナセルには、5位のCCAを推測する余裕があった。

もうひとり、アナセルと同じように余裕のCCAである、ノエルが携帯をイジっていた。

ノエルは、デジャヴに入店して2ヶ月後に、それまで不動のナンバー1であったサラを追い抜き、以後誰にもナンバー1の座を譲ったことはないので、当然と言えば当然であった。

アナセルは、ピンク色のふくよかな唇で微かに弧を描いた。

そうやって微笑むと、彼女はよりいっそう童顔になり、19歳という実年齢より幼く見え、中学生位だと勘違いするお客もいる。

だが、そのあどけない笑顔は、彼女の大きな武器になった

『あなた、くるところを間違えたんじゃないの?』

ちょうど一ヶ月前、本名の「グレイス」改め、現在の源氏名「アナセル」がデジャヴの面接に訪れたときの、ノエルに言われた言葉が蘇った。

妖艶な雰囲気を醸し出しているノエルとは、まさに対極な少女・・・

清純な少女という表現がしっくりとくる、清楚な白いブラウスにジーパン姿のCCA希望者をみて、月に指名本数が百本を超えるノエルがそう思うのも無理はなかった。

アナセル自身、KTVどころかジョリビーのような飲食店にすら勤めたことはなかった。

『ここって、男の人のお相手をする仕事場ですよね?』

アナセルの質問に、ノエルはもちろんのこと、面接担当者だったアレックまで噴出したことを、昨日のことのように記憶している。

『ハーイ、お嬢ちゃん、それって、本気で言ってるのかい?』

ひとしきり腹を抱えて笑ったあと、アレックが、呆れ口調で聞いてきた。

いま思えば、ずいぶんと間の抜けたことを言ったものだ。

しかし、その時のアナセルは至って真剣であり、冗談のつもりでももちろん、ブリッコしてたわけでもない。

率直に、ただ疑問に思ったことを訊いただけの話だった。

数年前まで、赤ちゃんはキスだけで生まれてくると信じて疑わなかった。

アナセルは、常識では考えられないほどに純粋で、無垢だった。

そう、、まるで、生まれたたての赤ん坊のように・・・


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数か月後に訪れる出来事など知る由もないノエルは、パサイの日本大使館近くの家賃3万ペソ(約7万円)のコンドミニアムの玄関から通りに出た。

灼熱の炎を思わせる蜃気楼のような地鏡がロハス通りに浮かび上がった。

自身の給料+太客からの送金額は一月で30万ペソ(約70万円)を超える。

9人姉弟の長女のノエルは、8人の弟たちを養うために日々奮闘していた。

同伴のお客との待ち合わせは、ジュンマニラホテルのロビーである。

たまたま休みを取っている同僚のCCAのナンシーを連れてお客と、ハーバービューにある焼肉店に行く予定である。

つづく


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