心象風景の旅6 深淵と槍 中編
「深淵」が打ち寄せ、何者かの手足が流れつく浜辺。
俺は立ちすくんでいた。
雨は蕭々と降っている。
雨。
涙の雨。
俺のこの生はおそらくこの涙と共にあった。感慨はない。
ただ「自分のために泣く事」を許されぬ世界を俺は生きて来た。
その代償として狂気を得た。
俺は…本当の俺はただ泣きたかった。
今までこの深淵の浜辺に打ち上げられた四肢ように自分を切り刻み、あるいは「俺の世界はこのようにして在る」と誰かに解ってもたいたくて、解らぬのならこの絶望を少しでも伝染させようと人を傷つけ生きて来た。
それが「深淵」なのだ。
俺より過酷な状況があった事は解る。
だが俺はこのようにしてしか生きられなかった。
俺は俺の生を紡ぐためこの異形の海を見出すしかなかった。
雨の中で俺はただ深淵の浜辺に居る。
「リル=獣」を懐に抱いて。
こんなはずじゃなかった。
数日間。
俺は座りながらただ「深淵」を見ていた。
懐の中のリルはうずくまっていた。
腹が減ったのかリルは浜辺に駆けてき、深淵から打ち寄せられた何者かの四肢を食べようとした。
俺はそれを制止した。
ロクなことにはならない。
君が空腹でもそれを食ってしまってはおそらく俺の内世界は面倒な事になる。
だが同時にリルを哀れに思った。
俺の「自殺」のイマジネーションに付き合わせるのは…自分を許せなかった。
だから俺はリルに「食べていいよ」
と力無く行った。
例え俺が朽ちてもこの子だけは。
どんなにこの子が悪業を背負おうともここで終わらせるのは俺のエゴでしかない。
リルは許可を得ると一目散に浜辺に走って行き何者かの四肢を喰らった。
「これでいいんだ」
例え間違っているのだとしても。
それが将来的に「良くない兆し」だとしても。
この子をここで、俺のエゴで終わらせるわけにはいかない。
せっかく得た我が子を。
ザ。と砂浜が鳴った。
俺は座りながら上を見上げた。
獣。
俺のかつての内世界に居た最大の敵であった相棒。
「最終剣」が散ると共に去っていった俺自身。
『お前今なんつった』
「さーね」と俺は言った。
『茶化すんじゃねえぞ、お前は今なんつった』
彼は俺を真っ直ぐ見ていた。
「…俺の子………」
俺は自分の出自を呪うが故に自分の子を欲した事はなかった。
実を言うとそれを承諾してもらったためもあって妻と結婚した。
でも。
本当は!
俺は!
俺の子が欲しかった!
『お前の子はどこにいんだよ』
獣は言った。
そうか…。
俺の可能性。
俺が昇華し得なかったものは次世代に継がれ…
「俺の可能性!リルは俺の得られなかった世界線の子!」
『冥府とか意味わかんねーよ。お前が欲しかったのは…こういう事なんだろ?面倒くせえ奴だよ』
彼を真っ直ぐ見て言った。
「面倒くせーのはお前だ。お前は、、俺の子として生まれたかったのか?」
『クソッタレが。』
「誤魔化すな。」
『俺は…未分化なお前は…新しい命として生まれたかった。』
人は完全ではない。
自分の得られなかった答え、得たかった答え、自分が想像し得ぬ答え、それらを得るために…いつか自分の問いや探索が終わる事を夢見ながら…例え自分がしたことが間違いでも、自分で愚かしさに気づきながら我が子を生かす。
それは祝福であり、呪いであり、彼らの生そのものでもある。
そうして人の世は紡がれていく。
突如true endが中空に現れた。
さまざまな何かが咆哮を上げている。
俺の過去?未来?俺の指導的な超自我?
悲しみ?怒り?慶び?この内世界自体?
true endであったものはさまざまな幾何学的図形になり生成と消滅を何度も繰り返し雄叫びのようなものをあげてた。
次の刹那。
俺の内世界、深淵の浜辺、俺のあまり知覚出来ない何かが凝縮し虹色の闇として一点に集中し超新星爆発、スーパーノヴァのように爆発した。
その閃光が止んだ後、金色のルーンのような梵字のような不思議な文字を宿した黄金の武器が現れた。
槍。
それはただ槍だった。
名前もなく名付ける必要もない。
刃はなく先端が尖っているだけの装飾もない文字だけが刻まれた金色の槍。
あれ。
終わらない。
懊悩の末に出てきたのは槍でした。
長年持っていた「剣」というイマジネーションが槍に変質した。
多分意味があるものだ。
俺は本当は子供が欲しかったのだと知った。
気づいた。
まあ今更遅いんだけどね 笑
子供を欲しいと思っていた俺も、どこかのパラレルワールドに居るかも知れない俺の子もこの「冥府」におり「獣=リル」に姿を変えていたのかも知れない。
例え間違った選択だと解っていてもそれを選択し己の子を安んじようとするのは親の性であり業なのだろう。
それで間違われた子の方はたまったものではない。
毒親は365日、24時間毒親ではないから罪深い。
優しさと間違った選択を子に渡すが故に子は親の本質を見極めかねて葛藤する。俺は奴らの葛藤をこの身に精神病理として引き継いだ。
尻拭いなぞまっぴら御免だが、怒りも憎しみも安らぎも抱えながら生きる。
「答えを出さない勇気」を持って俺と似た生きづらさを持った方々に接したい。
病理とともに生きなくてはならない方々に少しでも希望を渡せるように。
さてこの槍は一体何者か。
イマジネーションの「魂の案内人」ウルズとの対話の中でその正体を見出す事になります。
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