見出し画像

昨今の「RTA」に思うこと

はじめに


筆者がこれまでRTA(※1)動画を視聴・投稿してきて、今の「RTA」という文化について色々と考えてみたところを、つらつらと書いていきます。

本記事は、1RTA動画投稿者として、今のRTA界隈を主観的に見た感想を述べています。
特定の個人や団体等を非難する意図はありません。

(※1)定められたルールのもとで、ゲームを可能な限り短時間でクリアし、そのクリアタイムを競うプレイスタイル・競技。

筆者について


本題に入る前に、筆者の情報を軽く記載します。
筆者はニコニコ動画で、1年ほど前からRTA動画を投稿しています。
動画を投稿する前から、同所で後出の「biimシステムRTA動画」を視聴者としてよく見ていました。
2022年3月現在、「100%カテゴリ(※1)」を中心に、3作品のRTA動画シリーズを投稿しています。

(※2)ゲーム内の収集要素・実績等を100%完了することを必須条件に含めるRTA。

RTA文化の変遷


では本題に。
まずは、既に各所で紹介されていると思いますが、「RTA」という文化の変遷について触れておきます。

そもそもRTAとは、ゲームにおけるやり込みプレイの1つであり、当初は大衆向けのエンターテインメントではありませんでした。
動画は存在したものの、その目的は「記録の証拠」であり、視聴者も基本的に、同じゲーム・シリーズを研究するRTA走者に限られていました。

しかし、2012年5月16日、そんなRTA界隈に一石が投じられます。
「biim」氏により、解説付きのRTA動画が投稿されたのです。

それまでも解説付きのRTA動画はアップされていましたが、そのほとんどは同じく走者に向けられた、プレイ中の技の説明等に留まるものでした。
しかし、biim氏のRTA動画は、それまでになかった、以下のような要素がふんだんに盛り込まれていました。

  • 左上に本編動画、右上に字幕解説、下にゆっくりによる音声解説(※3)という見やすいレイアウト

  • 解説だけにとどまらない、雑談やネットミーム等の豊富なネタ

  • ミスをそのまま投稿し、あまつさえ面白おかしくしてしまう編集

  • 単純作業の倍速編集

それまでのRTA動画ではタブーとされていた、「動画に編集を入れる」ことに切り込んだbiim氏の動画は瞬く間に反響を呼び、「RTA」という文化を急速に拡大させました。
氏の編集を取り入れた「biimシステム」動画は、RTAにとどまらず、様々なジャンルで活用され、今や、ニコニコ動画には31,693件もの「biimシステム」タグの動画が投稿されています。(2022年3月13日現在)

そして昨今では、日本最大級のRTAイベント「RTA in Japan(※4)」が開催され、2021年夏の開催時には、Twitterトレンド1位、Twitchでの配信の最大同時接続数が18万を超える等、RTAは一般に広く知られる文化として広がり、多くの人がエンターテインメントとしてRTAを視聴するようにまでなりました。

(※3)「SofTalk」等の合成音声によるテキスト読み上げソフトと、「ゆっくり」と呼ばれる独特なキャラクターを組み合わせた解説。
(※4)日本最大級のRTAチャリティーイベント。

biimシステムの功績


前項のとおり、特にニコニコ動画でのRTA文化を語る上で避けては通れないのが、biimシステムです。
では、RTA文化におけるbiimシステムの功績とは何なのでしょうか。

筆者は、以下の2点と考えます。

  • RTA動画"視聴"の敷居を大幅に下げたこと。

  • RTA動画"投稿"の敷居を大幅に下げたこと。

1点目は、「そのゲームを知らなくてもRTAを楽しめる」編集方法を示したということです。
biimシステム以前のRTA解説動画は、主に投稿者コメント(※5)や字幕解説を用いており、記載できる情報が限られていたため、必然的にその内容は「既にそのゲーム自体の内容や、RTA事情を知っている」ことが前提になっていました。

しかし、biimシステムでは画面レイアウトを調整し、多くの情報を記載できるようにしています。
具体的には、「ゲーム内では現在何を目的としているのか」という情報や、ゲーム内データ等、ゲーム内容やRTA事情の理解に必要な情報は右枠に表示し、視聴者がいつでも確認できるようになっています。
他方、技の解説や、「今現在、走者が何を考えているのか」といったリアルタイム性を要する内容は、下枠で音声を交えて解説することで、ゲーム画面や右枠の解説を邪魔することなく、視聴者にすんなりと情報を提供することができます。

これらにより、RTA動画を視聴する上での前提知識は必要なくなり、自分の知らないゲームのRTA動画でも無理なく視聴・理解ができるようになりました。

2点目は、視聴者に、「自分でもRTAを走って投稿できそう」と思わせるのに貢献したということです。
biimシステムでは、しばしばミスがそのまま投稿されます。それだけでなく、ミスをネタとして編集さえしてしまいます。
しかもそのミスの多くは、事前に綿密にチャート(※6)を組んだにもかかわらず、本番で悪運が続いて引き起こされたり、あるいは本番にも関わらず、「試してみたいことがある」等といった名目で、チャートの変更がされたことにより引き起こされたりするのです。

これらの面白いところは、「事前調査は万全なのに、本番でしょうもない要因でミスが起こる」というギャップにあります。
と同時に、こういったネタは、「RTA=厳格な競技」というイメージがある視聴者に、「意外と気軽に走っていいものなのかもしれない」と思わせることに、大いに貢献しています。

それまでの、"証拠物件としての"RTA動画は、「自己ベストや世界記録の更新ができなければ価値がない」ものとされてきたように思います。当然、上記のようなミスがあれば、その動画は日の目を見ないことになります。
しかし、biimシステムは、「自分の好きなゲームを、ミスをしても最後まで走りとおせばRTA動画になる(そして受ける)」という新たな価値・イメージを生み出しました。
昨今はそれが更に拡大し、「自分の好きなゲームを紹介する」ことを主な目的として、RTA動画を投稿する走者も増えています。

以上のようなことがRTA文化に与えた影響が、良いものなのか、悪いものなのかは、視点によって変わると思います。
しかし、ともかくbiimシステムのこれらの功績によって、RTAは需要も供給も急速に拡大し、ニコニコ動画の一大コンテンツにまで成長したのです。

(※5)投稿者自らが自分の動画にコメントを投稿できる、ニコニコ動画の機能。
(※6)RTAをプレイする上で参照する、クリアまでの手順や注意点を記した文章・メモ。

RTAの需要と供給


さて、「RTA文化の変遷」でお話ししたように、今ではRTAはニコニコ動画を飛び出し、広く知られ、見られるまでになっています。
その結果、現在のRTA文化の状況はどうなっているのでしょうか。
また、今後のRTA文化はどうなっていくのでしょうか。
それは、RTAの需要と供給、すなわち、視聴者と走者の変遷を見ていくと分かりやすいと思います。

初めに図を示すと、RTAの需要と供給は、以下のような変遷を辿っているように筆者は思います。

図1.RTAの需要と供給の変遷

先述したように、初期の頃は、RTA動画を投稿する人も視聴する人も、ほとんどRTA走者に限られていました。
閉じたコミュニティでの「情報共有」のような側面が強かったのでしょう。

やがてbiimシステムが台頭すると、RTA動画の需要は急速に広がりました。
それと同時に、コンシューマーだった視聴者が、自分もRTAを走ってみたい、投稿してみたいと思うようになり、サプライヤーへと転身していく流れが生み出され、供給も同様に拡大しました。
ただし、この時期のRTAの拡大は、あくまで「ニコニコ動画内」のものであったように思います。いわゆる「内輪」のものだったのです。
これは、biimシステムが、ネットミームに代表されるように、それまでのニコニコ動画で醸成された独自の文化に根差したものであったことに起因するでしょう。

こうした状況を変えた大きな要因が、RTA in Japanの拡大です。
これにより「RTA」という文化はニコニコ動画を飛び出して一般に広まり、エンターテインメントとして、需要が一気に拡大しました。
しかし、この時期の、biimシステム全盛期との決定的な違いは、「供給があまり拡大していない」点です。

誤解を恐れずに言うと、biimシステムが台頭したとき、RTAの「質」は下がったのだと思っています。
(ここでいう「質」は、動画のクオリティではなく、RTA本来の目的である「記録」に対する質を指しています。)
それがRTAの敷居を下げて、走者の拡大を手伝ったのは先述の通りですが、この「質」が、RTA in Japanの普及により、再び上がっていると感じます。

RTA in Japanは、戸口を広げて走者を募集してはいるものの、中身はれっきとしたRTAイベントであり、参加者も世界記録保持者のようなハイレベルな方が集まっています。
これによりRTAの「質」は上がり、同時にハードルも大幅に上がったのだと思います。言い換えれば、世間のRTAに対するイメージが、biimシステム台頭前に戻った、とも言えます。

色々なゲームのスーパープレイを見たい、という需要は大幅に拡大したものの、その内容がハイクオリティであるがゆえに、視聴者が走者へと転身しにくいのです。
その結果、相対的に供給は減少し、大変な需要過多の様相を呈しているのが、現在のRTA文化であると考えます。

RTAの今後と課題


最後にRTA文化の今後について考えます。
これまでの通り、現在のRTA界隈は需要過多であり、今後も需要は拡大していくと思います。
その中で供給の拡大に貢献していたbiimシステムですが、少なくともニコニコ動画のbiimシステムRTAは、今後淘汰されていくと予想しています。
現状の関連動画の再生数やコメント数を見ても、衰退の一途をたどっていることは明白です。プラットフォーム自体の衰退も要因として挙げられるでしょう。

ニコニコ動画という閉じたコミュニティの中で醸成されてきたbiimシステムの文化の一部は、RTAが一般に広まったことにより外から流入してきた視聴者には、受け入れがたいものであると思います。
その結果、RTAの需要が拡大した状況下であるにも関わらず、流入よりも流出のほうが大きい状況にあるのが、ニコニコ動画の現状でしょう。

そもそもの昨今の動画配信形態として、動画よりも生配信が一般化している状況も要因の1つと思います。

これらを踏まえると、今後RTAは、YouTubeやTwitchでの生配信がメインの提供形態となり、biimシステムは残ってもレイアウトが利用される程度になるのだと思います。

需要が変容していくのは仕方ないですが、この場合に課題になるのはやはり、「どのようにして供給を拡大するか」ということです。
いくら需要が拡大しても、供給が少なければ、いつかは廃れていくと思います。そうなった時に、いかに走者を増やすか。
まずはRTA in Japanの普及によって増えた一般の視聴者が持つ、「RTAのイメージ」を払拭することが急務です。
ここにおいて、biimシステムは有用なのです。
biimシステムの文化を変質させ、一般の視聴者が目につきやすいプラットフォームに拡大していくことが1つの手になるのかもしれません。

おわりに


ここまで長文をお読みいただきありがとうございました。

いかに「カジュアル層」を増やすか。
いかに「"競技"としてのRTAでなく、"趣味"としてのRTA」を増やすか。
RTA文化は3度目の変容を迫られています。

関連リンク


・biim氏のユーザーページ

・RTA in Japan公式サイト


この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?