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ドキュメントオブ821

第一子出産のときのブログが自分の備忘録としても有意義だったので、忘れないうちに今回も、ここに残しておこうと思います。

陣痛始まるまでの話がやたら長くなった。なぜかというと、陣痛中に残していたメモが、意識が朦朧とするにつれだんだんあやふやになっていて、細かく記憶が辿れないからです。


8月19日(金)

夜寝る前、5歳の息子が10ヶ月続けてきた空手をやめたいといきなり言い出し、説得してみるも、シクシクと泣く。道着を捨てていいのか、とショッキングであろうことを聞いても、うん、という。その後夫と息子が2人で話し合ったけれども、辞める…という結論になり、泣きながら寝ていった。空手は、初めて自分でやりたいと言い出した習い事。引っ込み思案な息子が、「強くなりたい」という気持ちで続けてきたもの。行きたくないと言ったことはこれまで何度もあったけど、終わって迎えに行った時には毎回すごくいい顔をしていて、成長を感じていただけに、ついに辞めてしまうのかと悲しくなり、私も泣きながら床についた。

8月20日(土)

朝、再度私から話してみたところ、やっぱり強くなりたいという、最初に空手を始めようと思った動機は変わらないらしい。同い年くらいの男の子に組手で激しく攻撃されたのがトラウマになっているようで、辞めたい理由がそれだけなら、強くなりたいなら、続けよう、と必死でこちらの思いを伝えた。なんとか伝わったようで、もう少し続けてみることに。ホッとした。


結果的に出産前日となったこの日。17日の検診では子宮口はまだ1.5cmくらいと言われていたので、予定日すぎるんじゃないかなー?と、のんきにへらへら構えていた。

前回の出産後に決意表明していたように、2人目では無痛分娩をしたいと思っていました。通っている産院はわりとフレキシブルに希望を受け入れてくれて、計画無痛分娩のほか、陣痛の痛みを少し抑える麻酔なども希望に応じて行っているとのこと。まったくの無痛にしたいなら夜間と土日は対応できないのでできれば計画分娩にすべし、ということだったのですが、費用的な面と、子供が選んだ産まれてくるタイミングを大事にしたいなぁ…という思いもなんとなくあり、夜間や土日に陣痛が来た場合は腹くくって軽い麻酔スタイルで臨もう、と思っていました。

そんな中迎えた予定日前最後の土日。39週2日。

そろそろ遠出はできないなー何しよう、と思っていたところ、息子は「ファインディング・ドリー」が観たいという。近場で映画ならまあ大丈夫かな、と、KINEZOでチケットを予約。が、その直後の10時すぎ、おしるしが来た。

おしるしがあったからといって陣痛がすぐくると決まったわけではないのだけど、夫にも家にいたほうがいいのではと言われ、泣く泣く映画はキャンセル。息子がガッカリしてしまうなぁ、と思って、家のテレビにてU-NEXTで「ファインディング・ニモ」を観ることに。電気を消してカーテンを閉めて、ポップコーンをフライパンで作ったら(我が家にはコストコで買った種が無限にある)、「映画館みたい!」と大満足してくれたのでホッとした。久しぶりに見たニモは、マーリンパパのニモへの思いやら、ニモがぴちぴちとがんばる様やら、ギルの漢っぷりやらでなんだか泣けた。

そして近所の中華料理屋で昼食。麻婆茄子で夫が鼻を火傷して笑う。自転車の練習をしに公園に行こうとすると、まだ完璧に乗りこなせない息子は道が少しガタガタだったために漕げないと思ったらしく、父に自転車を持ってという。しかし父は自分で持ちなさいといなし、イヤだと息子は大泣きして立往生。ここ数ヶ月、こうして言い分を曲げず、ただ泣いてしまうことが増えていた。もう5歳だけどまだ5歳。家族の形が変わることへのなんとなくの不安がたまっているのだろうなあと思う。

なんとか公園に行き、セミを観察したり自転車に乗ったりしていたが、近くにある実家マンションから和太鼓の音。マンションのお祭りがあるらしい。のぞいてみよう、と向かうと、保育園で仲良しのお友達がいた。神輿を追いかけたり、住人でもないのにご褒美のスイカを食べたりしてはしゃぐ。

夜は空手にもきちんと行き、トラウマの原因になった子がいて最初はかなり泣きそうになっていたけれど、先生に事情を伝えたところ、配慮を約束してくれた。終わったあとにもいい顔をしていて一安心。その近くで売っているテイクアウトの餃子を買ってきて夕飯。寝室の入り口に虫が止まっていて絶叫してしまったが、飼っているクワガタが虫カゴから脱走していたのだった。超びびった。


20時頃からなんだか陣痛のような痛み。ムムムと思うも、間隔が不規則なので前駆陣痛かな?と思う。また息子が「おかあさんだいすき」と書いた手紙をくれた。最近やたらと、こうしたものを渡してくれる。嬉しいのだけど、母の存在を自分に繋ぎとめようとしているのかな、と切なく申し訳なくもなる。

寝る前に、もしも夜中に陣痛がきたらお母さん病院に行ってくるから、後からお父さんと来てね、と話す。そういえば陣痛がきたら痛み逃しにお尻の穴を押すボールがいるなあ、息子の仮面ライダードライブのスーパーボール、借りていい?というどうしようもない会話をしつつ、息子と夫が寝付く。

22時前、電気を消して就寝と思った頃から、なんだか規則的な痛みになっている気がして間隔を計り始める。本格的なお産につながるのかどうか、自分の中で半信半疑だけどなにかが来そうな感じがあり、脳内でゴゴゴゴゴゴという効果音とジョジョのフォントが踊っている。どうやら陣痛は12〜3分間隔くらいになっている。10分間隔になったら連絡してね、と医師に言われていたので、これは…と思い、経過を見守りつつ意外と冷静に産院に電話。

数分後、すでに6分間隔くらいになっているが、耐えられるくらいの痛み。見てなかった今日のとと姉ちゃんの録画を流しながら、保育園の持ち物、置き場所などの申し送りをメモに残す。夏の保育園はプールがあり、持ち物がすごく多いので、仕事のマニュアルくらい細かい内容になってしまった。

電話したところ、病院に来て診察しましょうと言われる。そして把握しきれてなかったのだが、朝になっても、夫が子連れでくるのは無理だということ。陣痛室は無理でも、待合室で子供が待ってるくらいはできると思い込んでいたが、それも難しいという。急遽始発で母に来てもらって息子と待機してもらうことにする。ドタバタの展開のまま、ひとりタクシーで産院へ。

2人目はお産が速いっていうし、朝になるまでに産まれちゃうかな、そしたら1人で産むのか…と覚悟を決める。夫も「立ち会えないかもしれないのか…」と残念顔。最後にひとりっ子の息子を見たのは、大の字でダイナミックに寝ている姿だった。ちゃんとバイバイを言えず、なんだかとてもセンチメンタルに。

8月21日(日)

0:30ごろ

産院着。血圧を測定すると130越えで看護婦さんが神妙な顔。血圧高めだと妊娠中毒症の恐れがあると言われる。ビビる。自分の息がニンニク臭いのが気になる。なんで餃子を食べてしまったのか。

1:30 内診

まだ余裕あるが、痛みが来るとまあ痛い。寝ておきたいが、寝られはしない。子宮口1.5cmでまだまだとのこと。モニターをつけられる。てっきり子宮口がもう結構開いててぐんぐんお産が進むと思ってたので、おい経産婦は速いんじゃなかったのか⁉︎騙された!と心で絶叫。挙げ句の果てには痛みが遠のく場合もあるかもね、そしたら一時帰宅もあるかもね、ともサラリと言われる。

遠のく様子はなく、引き続き6分間隔くらいで痛みがやってくる。土日の夜間なので完全なる無痛分娩はもちろん無理なのだけど、痛み止めの麻酔はお願いしようと思っていた。が、もう少し赤子が下がって、痛みが大きくならないと痛み止めも打てないと言われて涙。地道に痛みに耐える。5年前の息子を出産した時も、陣痛の間隔は短いのに子宮口が開いてなかった。あの時も土曜の深夜だったよ、どんだけ仲良し兄妹やねん、と突っ込みが止まらない。「陣痛の間隔が最初から短いけど、子宮口がなかなか開かないタイプ」、本当に辛いことしかない。

実母が予想より早く来てくれるみたいなので、6時すぎにいくよ。と夫から連絡。間に合いそうかな、と頼もしい気持ちに。

3:00 内診

子宮口が開いていることを願っていたが、変わりないと言われる、、絶望。痛くて眠れないし、お腹もすいてきた。痛みは増してきていて、内臓が抉り取られる感じ。そして前回も苦しんだ、太ももの外側の痛み。腰と連動して骨盤が広がる痛みなんだろうけど、とにかく痛すぎる。

4:30くらい

痛みが3、4分間隔。痛い。もうなんか耐えるのが辛い痛さ。ナースコールしていいものやらわからず、悩み続けて孤独にのたうちまわる。

6:30くらい

夫がきてくれる。子宮口はまだ2cm。。この時点でようやく、「あっ思い描いてたスピード出産と違う。先は長いっぽい」となんとなく悟り始める。周りのみんなの話を聞いて、4.5時間で産まれるだろーという「2人目は速い神話」をここまで呑気に信じていたのだ。やっと痛み止めを打ってもらえた。肩に筋肉注射。ボーッとする薬とのこと。確かに体の力が抜ける。痛みの感じ方が変わる。それまでは全体がビリビリと痛かったのが、ずずずずと奥から痛みがやってきて、思い切りつねって去っていく感じ。痛いけど、のたうちまわらなくて済むようになる。「シン・ゴジラ」のガッズィラが第二形態から第三形態になり、二足歩行を始めたイメージ。ふつうにめちゃ痛いが、頭がボーッとしているので気分的にはだいぶ楽に。脳がラリってる人みたいになるので、夫との会話は喋った先から直前に自分が何言ったかわからなくなる感じで、ろれつが回ってなかったかもしれない。

8:00

朝食が届けられる。焼き魚と筍の煮付けみたいな。おいしい。完食。前日のサマソニ大阪のレディへのセトリを見てくっそおおお今日のマリンスタジアム行きてええええと泣く。

9:00 内診

子宮口柔らかくなってるから、進めば速いのでは、と看護士さんに励まされる。痛み止めが効いていて、この感じで速く進んでくれれば余裕かも!とこの時は思っていた。夫とも、午前の間に産まれたらいいよね、とか話していた。まったくもってここからが長かったのだが。っていうかこの時点ですでに陣痛始まってから11時間も経ってる!(白目)

12:00

子宮口が柔らかくなってきており、5cmくらいとのこと。だんだん痛み止めが切れてくる。次に麻酔を注射するのは7.8cmくらいまで開いてからにしようかと言われ、泣きそうになりながらひたすら痛みに耐える。昼食のハンバーグが運ばれてくる。完食。ときおり泣いてる赤ちゃんの声が新生児室から聞こえてくる。窓から差し込む陽光は明るく、外はとっても暑そう。痛みが来るたびに夫が太ももを揉んだりさすったりしてくれる。すごく頼もしい。

13:00

お腹の痛みが強く長くなってくる。ギブアップしたい気持ちになってきて看護婦さんにすがり、2度目の痛み止めを打ってもらう。またほわわんと、幽体離脱みたいな感覚に。まだ夫と他愛もない話ができていた、ような気がする。

15:00

痛みがどんどんどんどん強まる。もはや痛み止めの意味なし。子宮口8cm。もう少しだねーと看護士さんに言われる。もう少しってどれくらい!ずっと「もう少し」ばかりじゃないか!具体的に言ってくれないとわからないでしょうが!! と、意識高い人の説教みたいな文句が頭を支配する。相変わらずボンレスハム的に脚を紐でギュウウウゥと縛られてるみたいな外側の痛みがもうやばい。そこばかりが気になって、頼む湿布を貼ってくれええええと心で叫んでいた。湿布貼ってもどうにもならないけど。

15:30ごろ

まだ子宮口は開ききっていないとのことだけど、分娩室へ。前も思ったけどどうして自力で歩かなきゃいけないんだろう…陣痛室のベッドから分娩台まではほんの2メートルくらいだったけど、死ぬほど遠く感じた。この時自分的には痛みMAXでかなり呼吸も荒くなっていたけど、これがMAXなのかもわからないから、とても怖かった。お産において一番つらいのは、終わりが見えないことだと思う。何事も、終わりが見えてさえいれば頑張れる。私は小心者なので、終わりを見通して何もかもやりたくなるのである。小説も残りのページ数を視野に入れつつ読み進めたりする。「あと少しだよー」とまた言われたが、もう本当に余裕がなくなっていたので、「あと少しってどれくらいですか💢」とつい看護婦さんにもつっかかってしまった。悪質妊婦。

いきみたい気持ち、何か大きな塊が股から出て行きそうな感覚だけど出しちゃいけないのを堪えるのが、ウルトラスペシャルハイパーつらい。いきんでいいよ、と看護士さんに言われた時には、えっまだ全開じゃないのにいきんでいいの??と思いつつ、はい喜んで〜!!と必死でいきむ。陣痛の波が来たときに、吸って吐いてとめる、だったか、吐いて吸って止めるだったか、忘れたけどそういう呼吸をやれと指導されたが、苦しくてろくにできず。何度も「ちゃんと酸素を赤ちゃんに送ってあげて!赤ちゃん苦しいんだよ!」と怒られる。何かを出した感覚があり、自分的には頭が出たと思ったんだけど、その前段階だったらしい。破膜しましたという声を聞いて、頭じゃないのかい!とズッコける。

その繰り返しの地獄の中、あと1回いきめば終わるよーと言われた瞬間は本当に本当にうれしかったし、もう全力で股間に意識を注ぐ。しかし出す瞬間、こんなに痛かっただろうか。前はとにかく陣痛がつらくて、出すのは結構楽だったんだけどな…と思うけど、記憶が曖昧になってるだけかもしれない。

最後に全力でいきんだのち、「はぎゃーはぎゃー」と、小さな娘のこの世に出て初めての泣き声が響いた。16時9分。にせんよんひゃくどうたらこうたらグラムです、という声が聞こえた。2400g?小さめだなぁ。小さめなのに、こんなに痛いって……私3000以上の子を産んだら死ぬんじゃないだろうか……とボンヤリ考える。

夫は前回に引き続き、涙を流して「ありがとう」と言ってくれた。いきみの瞬間、私が手を握りしめすぎて指輪が食い込んだよ、と笑っていた。(ゴメン)

お産にはずっと看護士さんが付き合ってくれていたのだが、分娩室に入った途中から、いつの間にか医師が現れていた。すべてにケチをつける謎のおっさんで、私の会陰の傷を縫い止めながら、なぜか私の出身大学の話題になり、あそこはスポーツが全然ダメなんだよねぇ、理系の学部もダメだよねぇ、とダメ出しをしつづけて去って行った。なんなんだよ……。笑


家でずっとバアバと待っていた息子。何も言い残していけず、起きたら父も母もいなくてバアバがいて、さぞびっくりしたことであろう。息子とやっと会えたのは19時。今日1日をどんな気持ちで過ごしたんだろう。フラフラの身体で抱きしめ、たくさん話をした。いろいろなことをちゃんとわかっている気がした。彼は「お母さんいなくても大丈夫だよ」と強がってみせ、「入院中も毎日来るよ。毎日会いに来てねって言ってたじゃん」と言っていた。いつの間にか頼もしいことを言うようになったなあ…としみじみ。お産に立ち会えなかったことをとても残念がってもいた。結果的には長時間だったので、ほんとうに連れてこなくてよかったな…と思ったけど…。


みんなが帰って20時前から1人になり、うつらうつらと眠りにつく。しかし後陣痛は噂通り1人目よりつらく、会陰切開の傷も痛い…。小刻みに2時間おきくらいで目が覚めた。全身が負荷テストにかけられた商品サンプルみたいな筋肉痛もあり、ひと晩苦しんだのでした。ウェーン。


狭い陣痛室のベッドで耐えた15時間。家での陣痛開始から18時間。トータル16時間半だった1人目の時より時間がかかってしまった。でも途中途中での絶望感があまりなかったのは、2人目だという慣れと、痛み止めのおかげかな。


娘は小さめに産まれたからか、おっぱいもミルクもいまいちやる気がなく、ずっと寝ていたい模様。そんな姿も可愛くて仕方がない。入院中、看護婦のみなさまにも「眠り姫だねえ」なんて笑われていた。

広島カープが四半世紀ぶりに優勝して広島出身の父が涙を流した年、Radioheadが千葉で演奏する数時間前に産まれた彼女。どんな女の子になっていくのかな。そしてこれからどんな兄妹、家族になっていくのか、まだ探り探りだけど、ワクワクとちょっとの不安が胸を支配しております。

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マンガが好きでドラムを叩くライター・編集者。 2011年生まれ男児と2016年生まれ女児の母。 インタビューZINE「meine」を作っています。 https://meine.booth.pm/ https://www.instagram.com/kemonokeika/
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